表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
能島城の龍神様  作者: 木村友香里
PR
13/15

13.母の想い


 その日の夜は、まだ空には薄く雲がかかっていた為がに、星はほとんど隠れてしまっている朧月夜であった。


 もうずいぶんと遅いのに義弘が居館になかなか帰ってこない事で、妻の豊はお竹を寝かしつけた後に外へ出た。


 昼には止んだ雨の匂いがまだわずかに残っているのを感じながら、使用人と一緒になって島の中を探してみた所、


 「まあ、あそこね」


 海岸に繋いである小舟の上で、大きな背中を丸めて膝を抱え、こじんまりと座っている夫の影を見つけたのであった。


 「あらあら。日の本一、お山座りが似合わないおひとだこと」


 そう笑いながら使用人たちへ戻ってよいと声をかけてから、豊はゆっくりとその小舟に向かってゆく。

 そして近くなると着物の裾を少したくし上げて器用に乗り込み、義弘の隣にぴたりとくっついて座ったのであった。


 妻に気がついた義弘は、お山座りを解いて反対側の片膝を上げ、いつものようにふんぞりかえって座り直している。


 豊は何も聞かず、口を開かない。


 ゆえにしばらくの間、二人でぼんやりと暗い海を眺めていたのだった。


 やがて義弘の口から、ぽつりと言葉がまろび出てきたのである。


 「……俺は、玉に己の幸せというものを押しつけているのだろうか」


 豊は前を見たまま柔らかに笑った。


 「あなた様は本当に、子供たちが大好きなのですね」


 そう言われてぽりぽりと人差し指で顎を掻くと、義弘は目線を空へ向けた。


 「お前は知っているか? 玉の望みを」

 「あら? あの子はあなた様にも言ったのですか? 能島に龍神のためのお社を建てたいって事を」

 「知っていたか」

 「ええ。小さな時から言っていましたから。それと、龍になって青藍と一緒にいたいとも」

 「そうか……」


 もはや小さい頃から手遅れだったのかと、義弘はため息をついた。


 「お前は……どう思う?」


 娘の事となると、自分ひとりの問題ではない。そのうちに聞こうと思っていた事をこの機会に妻へ尋ねてみた。


 すると、豊もまた空を見上げて少し間を置いてから答えたのである。


 「それが本当に、あの子の幸せとなるのであれば……仕方のない事ですね」


 悲観するような声音ではなかった。


 ただ、淡々とその考えを口にしているようである。

 昔から玉より聞かされた事だったからであろう、きっとずっと悩んできて出した答えであるように思えた。


 「玉が、龍になっても良いと?」

 「それであの龍神様が、玉を幸せにしてくださるのであれば……」

 「二度と、会えなくなるかもしれぬのにか?」

 「……どちらにしろ、遠くの土地へお嫁にゆけば、会えなくなるのは同じかと」


 よほど深く考え抜いてきたのだと感じていると、豊がこちらを向いてきたのでつられて義弘も横を向いて互いに目を合わせている。


 「それに、私は知っているのです」


 豊はそう言うと、そっと夫の片手を取った。


 そして、


 「心からお慕いしているお方のお嫁になれた喜びや、家族としてずっと一緒にいられる幸せを」


 その大きな手のひらを両手で包み込み、微笑んで見せたのである。


 そんな事を言われて義弘は顔をじわりと赤く染めると、握られた手はそのままにプイッとそっぽを向き、ぼそぼそと言っている。


 「それはまあ、俺も同じだが」


 若い頃に初めて会った豊に一目惚れをした自分を思い出す。


 この女と一緒になれないのであれば死んでもいいと、本気で思った恋だった。豊さえいれば他に何もいらない。全てを捨てていいものだと。


 そんな大恋愛の末に、一緒になれたものであったのだ。


 このような経験のある義弘だったので、玉の青藍への気持ちもよく分かるのである。

 なぜならば、そんな激しく恋心を燃やした事のある自分と、同じ血が流れている娘なのだ。

 そして、長い年月が過ぎた今でも、義弘の妻へのその想いは微塵も変わっていないのである。


 それでもやはり、分かっていてもなお、玉を龍にと願う事はしたくないと思うのであった。


 包まれている手のひらをクッと拳にして豊の手を握る。

 顔を戻して再び目を合わせると、義弘は静かに問いかけた。


 「人が人でないものになっても……幸せになれると思うか?」


 わずかに俯いて、豊は目線を外した。


 「……分かりません。私は、神さまのお姿を見たことがないのです」


 しまったなと、義弘は思う。


 龍神が見えて関わっている自身でさえ、このように不安であるのだ。


 (見られぬ豊の方が、もっと不安であろうに……)


 義弘は握っていた手を離すと、豊の肩にその手を置いて細い身体を引き寄せている。


 広い胸元が目の前にきた事で、豊は首を傾けるとそっと頭を寄り添わせた。


 そのまま二人はずいぶんと長い間、闇に広がる凪いだ海を静かに見つめていたのであった。

 

 

 

 ーー ーー

 

 その次の日の朝だった。


 「ちちさま〜おはよ〜」

 「ぬお? なんだ〜?」


 ぐーすか寝ていた所をぶんぶん揺さぶられ、べしべしに身体を叩かれた義弘が、眠い目をこすりながら上半身を起こして見ると……。


 その可愛らしい頭には義弘愛用の鉢巻が締められ、額の金具プレートで目が半分隠れており、腰には太刀のようにやたらと長い棒を差している。

 両腕を三角にして腰に当て、凛々しく仁王立ちをするお竹がいたのであった。


 「何が起こった?」


 目をぱちぱちさせた義弘へ、


 「お竹もね、お船に乗って若さまをお見送りするんだ〜」


 にししと笑ってお竹はふんぞり返っている。


 「あ〜、駄目だぞ〜。お竹はまだちっこいからな。商船は危ないんだぞ〜、鬼がいっぱい襲いかかってくるんだぞ〜」

 「お竹も海賊だよ! おっとを守るのもつまのつとめ!」

 「なぬ⁉︎ お、夫……?」


 今度は目を見開いた義弘に、お竹はむふふ〜と頬を赤く染めている。


 「若さまがね、おっきくなったらお竹がお嫁さんになってもいいっていったもん!」


 娘には申し訳ないが、守られる気がしない約束だと父は思う。

 だが義弘は、そこを逆手に取ってやんわりと説得した。


 「そうか〜。なれば尚更、お竹はお家で待っていなければいけないな」

 「なんで? 若さまと一緒にいたいよ!」


 お竹はムスッとした顔となってその場に地団駄を踏む。


 「考えてもみろ。せっかく若様のお嫁さんになれるかもしれないのに、お竹が鬼にやられちゃったらそれが出来なくなるんだぞ」

 「え?」

 「それにな、夫の留守に家をし〜っかり守るのも立派な妻のつとめなんだ。ほれ、今日は若様がくるだろう。おめかししなくてもいいのか〜?」


 そう言われてしばしぽけ〜っとしたお竹であったが、ハッとなると元気に笑うのであった。


 「うん! お竹はお留守ばんする! たいへんだ〜!」


 いそいそと鉢巻を脱ぎ捨て、木の棒を放り投げて部屋を飛び出していった小さな背中に、義弘は危なかったと胸を撫で下ろしているのである。


 その日の夕方には、散々別れを惜しんだお竹が新居大島の自邸へ母の豊と帰る舟の上で、顕長へ目いっぱい両手をふる様子を見ている北畠卿が微笑ましそうな表情で義弘に言うのであった。


 「可愛いお竹殿を北畠家うちに頂けるので?」

 「まだ早い」

 

 

 

 ーー ーー

 

 その次の日は、緩やかな潮風に美しく青い空が一面に広がっている待望の好天となっていた。


 早朝の能島にある居館では、門の所で顕長から世話になった礼と挨拶を受けている玉が礼儀正しく返している。

 やがて、北畠親子が五郎たちに連れられて屋敷を後にするのを、頭を下げて見送ったのだった。


 「ご苦労だった。よくよくもてなしてくれてありがとな」


 無事に仕事を終えた玉の隣に大きな影が立つと、肩にポンポンと手を置いて労ってきた。


 「どういたしまして。父上、私はちゃんとできたかしら?」


 見上げて笑う玉の頭を、義弘は大きくなった事で久しぶりに撫でている。


 「もちろんだ。上手く島の良い所を案内していたし、受け答えもしっかりしていた。いつの間にこ〜んなにも立派になったのだ?」


 「ふふっ」


 褒められて嬉しそうに笑う玉が、なんとも愛らしい。


 「では俺も行くから、屋敷の片付けが終わったら(新居大島の)すぐに家へ帰るのだぞ」


 すると、これを聞いた玉の視線が自身の胸元にある角のカケラへ注がれたのを、義弘は見逃さなかった。


 片手を腰に当ててフッと息をつくと、


 「見送りが終わったらその足で俺もそっちに帰る。そうしたら青藍を呼び出して遊ぶなりすればいい」


 そう言ってやったので、玉がパッと笑顔となって目を輝かせた。


 「いいの?」

 「ああ、だからちゃんと帰って待っていろよ」

 「うん! ありがとう!」


 喜んだ玉が飛びついてきたので、義弘はしっかりと受け止めてやる。


 「おっ、珍しいじゃないか〜」

 「父上、大好きよ」

 「可愛いこと言うじゃないか〜。今日はどうしたよ」

 「ふふ、分かんない」


 そっと身体を離して笑うと、玉は静かに角のカケラに触れた。


 「気をつけて帰ってきてね。青藍、父上を守ってね」


 その言葉に反応するように、角は一度だけポッと光った。


 「お前も気をつけて帰るんだぞ」


 高くなっていた娘の身長に気づきながら最後にまた頭を撫でてやり、後ろにいる配下へ頼むぞと声をかけて義弘は歩き出した。


 少し離れた下り坂に差し掛かると、何となく義弘は振り向いてみた。


 まだ見送りに立っている玉が、片手を軽く振ってくる。


 その姿が、なぜだかいつも以上に愛おしく感じていた。


 前へ向き直って背中越しに片手を振り返した義弘は、ゆっくりと坂を下りていく。


 この時ふと……、思ったのだ。


 (帰ったらもう、この角のカケラを玉にやろう。龍にしてはやれぬが、せめて一緒にとの方なら……いいだろうか……)


 少し感傷的になりつつ地を踏みしめながら歩いてゆく先で、大きく景色が広がってくる。


 何となく立ち止まって深呼吸をひとつしてから、義弘は再び歩き出して海へ向かっていったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ