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能島城の龍神様  作者: 木村友香里
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10.神様の力


 結局は言葉を交わすことが出来ないまま、玉は能島の島内にある居館へ帰っていったのだが、義弘は依然として浜に座って海を眺めていた。


 『——もしかしたら私も……龍になれるかもしれないと思うの』


 先ほどの玉が言っていた事を思い出した時、義弘はおもむろに胸に下がる角のカケラを握りしめる。


 「おい、青藍。ちょっと聞きたい事がある」


 落ち着いた声でそう呼びかけると、神妙な面持ちで返事を待つ。

 すると、思いのほかすぐに角のカケラがほのかに光り出したのだった。


 『なんだ? さっきの話の続きか?』


 聞こえてきた青藍の声に、違うと義弘は答えている。


 「あのさ、人が龍神の嫁とか婿とかになれたりするのか?」

 『……さあ、知らぬ』


 あっさりと返され、これはもう遠回しに言うのはやめようと考えた。


 「じゃあさ、人は龍になれたりするのか?」

 『……さあ、知らぬ』

 「ああもう! お前はそればっかりだな!」


 そう文句を言われた青藍は冷静な声で返している。


 『人が龍神の嫁とか婿とかになった事を見た事はない。人が龍になったところも見た事がない。だから知らぬ』


 「……あっそう」


 ぶふ〜っと気が抜けたように大きく息を吐くと、義弘はそのまま後ろ手にゴロンと砂浜に寝転んで大の字となった。


 今宵はよく晴れているようで、暗くなった空には満天の星が広がっていた。


 ぼんやりとその瞬きを眺めていると、玉が来る前に話していた青藍との会話が頭に浮かんできた。それにより、最初の問題を義弘は自身の中で蒸し返したのだった。


 (イライラする……ねぇ)


 顕長だけが何でもない所でつまづいたり蟹に手を挟まれたり、トビウオに襲撃されたり……。


 それでも青藍は知らないと言う。


 (もしや……青藍は海の神だから、何かしようとしなくともあいつの気分によって海の様子が変わったりなんて……しないよな?)


 そんな事を考えると、胸の奥で嫌な予感が疼いた。


 しかし、そうであれば問い詰めても知らぬといった言葉には合点がいく。

 青藍が意識していなくとも、その気分によって海が呼応し、異常気象を巻き起こしたのではないかと。


 (言うなれば、本人が知らぬ所で周りが勝手にやった、というところか……? だとしたら、なんかヤバくないか? まさかな……)


 むくりと上半身を起こした義弘は念のため、確認するように問いかけてみた。


 「なあ、青藍」

 『何だ?』

 「お前さあ。いっかい鯛崎島に封印された時のことを、覚えているか?」

 『あのクソ坊主のことか?』


 近頃はこの龍神にも、こっちの使っている言葉が移ってきているな、と義弘は思う。


 「まあそうだが……。あの時、封印される少し前にも、お前はいらいらしていたりしたか?」


 この質問に、考えているかのように少し間が置かれてから返事がきた。


 『……していたな』

 「マジかよおい……」


 ますます嫌な予感が膨らんでくるが、とりあえず冷静になって再度、質問を繰り返した。


 「あの時は何をそんなに怒っていたんだよ」


 するとまた、思い出しているかのような間が置かれた後に、答えが返ってきたのだった。


 『怒っていたわけではないが……酒が無かった』

 「はあ?」


 この突拍子もない言葉に、よくよく話を聞いてみると……。


 海中に酒を寝かせて熟成させる製法を持つ酒蔵があるのだが、そこの年老いた主人は子供の頃は龍神の姿が見えていたようであった。


 かと言って、義弘のように関わりを持ったわけでもなく、ただ遠くから龍が飛んでるな〜くらいの関心しかないようなもので、家業の酒づくりに没頭しているような男なのだと言う。


 「確かにな、あの酒吉じいさん。マジで酒を作る事しか頭にないんだよな」


 そんな男がある日、研究に研究を重ねて苦労して、当時としては新しい酒を開発した。


 よほど嬉しかったのか青年になってもまだ青藍が見えていたが為に、うまいから飲んでみろと言わんばかりに、その酒を海に浮かんでいた青藍に向かって投げて寄越してきたのだ。


 実際にそれを飲んでみたら、涙が出るほど美味かったと言う。


 「……それであの酒の銘は『龍泣かせ』なのか?」


 その酒は義弘も愛飲しているものだった。


 その日から、毎年のように新しくできた酒を酒吉はなんとなく能島まできて適当に供えていくようになった。


 いつしか青藍の姿を認識する事が出来なくなっていたが、その頃には酒を供える事がルーティーン化していたので、やはりなんとなくそれが今でも続いているのである。


 ところが、あの時だけその酒が来なかったという話であったのだった。


 「おまえ! 酒が飲めなかっただけでそんなに怒るなよ!」

 『……しかし、美味いのだ。それに、怒ったわけではない。ただ、残念に思っただけだ』


 そう言われて思い返してみれば、封印される直前の海の荒れ方はなんとかなるようなものだったが、坊主が鯛崎島に青藍を封じてからの海の荒れ方はとんでもないものだったのだ。


 寄った眉間の皺に指を置いて、義弘は唸った。


 (なんてこった。これではあの時に島の年寄り連中が言っていた事が、あながち外れてはいなかったってものじゃないか)


 知ってか知らずか、龍神が何かしら怒っていると騒いでいたのを笑い飛ばしていた少年時代の自分を、はたいてやりたい気分になった。


 とはいえ、そのせいで悪徳坊主につけ入られたものでもあり、青藍を助けることもできたのだが。


 ここまで思い返してため息をついた義弘だが、ふいに忘れがちになっているある事がついでのように頭に浮かんできて、あっと小さく声をあげた。


 (そうだ。また忘れていたが、あれを使えば玉が龍になれてしまったりするのだろうか? う〜む……まあ、さすがにそんなご大層なものはできぬだろうよ)


 何考えているのだと、自問自答で締めくくろうとしたが、どうにも気になってきたので聞くだけでも聞いてみようと試みる。


 「まさかとは思うが……。なあ、おい」

 『今度は何だ』

 「俺のお前との約束、まだ忘れてないよな」

 『……ああ、ようやく決まったのか?』


 そうなのだ。実はまだ義弘は青藍の封印を解いた時に交わした、願いを叶えるという約束をいまだに実行してはいなかったのだ。


 義弘は、とにかく強くてたくましかった。ついでに超絶負けず嫌いでもある。


 腕っぷしが良いだけではない。行動力も精神力もとにかく人の何倍も強いがために、こうしたいと思った事はなんやかんや自分の力で叶えてきた。


 食い物が欲しけりゃ自分で獲ってくるし、銭がほしけりゃとんでもなく働いてくるし、好きな女ができれば猛烈にアタックしにいくし、戦さでも堂々と生き残ってくる……。


 つまりは、約束を使う時が来ることなく今に至っているのである。


 「まだ決まったわけではないのだが……」


 両手を浜につけて夜空を見上げながら、義弘は何の気なしに続けた。


 「もしかしてだな、俺がこの約束を使って玉を龍にしてくれって願ったら……できたりするのか?」


 すると、すぐに答えが返ってきた。


 『できると思う』

 「そうそう、できないよな〜……って、できるんか!?」


 意外すぎて思わず顔を海へ向けた義弘は、目を吹っ飛ばす勢いで驚いてしまった。


 「はああ! いくら何でも、人を神様にするとかできるわけねぇだろ! あっ、もしや、人身御供みたいに命と引き換えとか? ダメだダメだ! ぜってーに願わねぇ!」


 人が龍になれるわけがないと、玉の願いは絵空事でしかないと内心ではたかを括っていたが為に、聞かなきゃよかったと義弘は大いに取り乱している。


 『そうではない。あのクソ坊主の力が、それほどに強いものだというだけだ』

 「え? あのクソ坊主の力? どう言う事だ?」


 さっぱり話が見えないと説明を求められ、青藍は恐らくは、と付け加えてから話してやる。


 『もとは神を封じる力など、よほど大きな神力であるものなのだ。人がそうそう持てる力などではない、私とてこれまでに初めて見たものなのだ』


 そして今回の青藍を封じた方法は、術者のその力を道具に移し込め、そこへ神体を引き寄せて捕らえ続ける、といったものであった。


 ちなみに、あの坊主はこの封印術を見よう見まねで知っていただけであり、そこまで詳しくは知らなかった。まさか自身の全ての神力と引き換えて龍神を封じてしまっていたという事実にずいぶん先で気がついたのだが……。後の祭りであったのだった。


 『その大いなる力が入った木の棒を、義弘が壊しただろう』


 本来ならば、道具から解放された力はどこぞへ四散するようなものであった。


 ところが、どういうわけかその力は、義弘がゴリラのごとく杖を破壊した時にその身体へ宿ってしまい、眠っているのではないかと言う。


 「へ? ではなにか? 俺もお前をどうこうできるくらいすげー力を持っているって事か?」

 『お前の中でそのクソ坊主の力を感じはするが、お前がその力を使うことはできない』

 「おい、もう全然分からねぇよ!」


 どうやら、義弘自身にも龍神と関われるほどの力の才はあるのだが、坊主の力は大きすぎて扱える器ではないという事だそうだ。また、坊主自身も生まれながらに大きな力を持ってはいても、それを使いこなす修行がキツすぎて途中で放棄したくらいなのである。


 「なんだよ! 貰い損かよ!」


 なんとなくお得を感じていた義弘が、肩すかしをくらった気分になって舌打ちをしたのだが、


 『だから私が、その力でお前の願いを叶えられるようにするつもりでいるのだ』


 「うん?」


 その言葉に首をかしげた。


 「お前がクソ坊主の力を使う?」


 『お前が願うのならば、私がお前に代わってその力を使える。見合うだけの願いが叶うだろう』


 「……あ、そう言う事か。お前がなんか奇跡みたいなので、俺の願いを叶えるとかではなかったのだな」


 あれだけの説明でよく理解できたものだと、義弘は自分を褒めながら息をついた。


 「しかし、そんなにあのクソ坊主の力が凄いとはな。人を神に変えちまえるなんて」


 『そこは……』


 ふいに青藍が言いかけて口ごもるので、


 「ん? なんだよ、他にまだ何かあるのか?」


 問い詰めてみたところ、何やら意を決したような雰囲気で、次にはすらすらと答えが返ってきたのだった。


 『その力だけではとても人を龍になどはできない。だが、本当に義弘が玉を龍にと願うならば、お前からその力を玉に移してみる。玉にもお前と同じように神力の才があるからできるであろう。そして私の神気も一緒に玉へ送ればそれが叶えられる——』


 「そうなのか?」


 『——かもしれない』

 「おい!」


 確定じゃないのかよ、と義弘は呆れたのだが、


 『そのような事をやったことがない。人が龍になるのも見た事がないから分からないのだ』


 そう言われると、まあそうだろうよとも思い直したのである。


 (まさか、玉を龍にできるかもしれない方法があったとは……)


 話が大きすぎて頭が疲れてきた義弘は、あ〜と気の抜けた声を出して天をあおいだ。


 「だからなのか。龍になれるかもしれないから、玉はあのような事を言ってきたのだな」

 『玉が? 何を?』

 「いやだから、お前が教えたのだろう。玉にそうやって、龍になれるかもしれない方法を」

 『教えてないぞ、私は』


 そう返されると、思わずまた海の方を見る。


 「本当か? でもお前は玉が龍になったら嬉しいのだろう」


 いつぞやにこっそり聞いてしまった青藍と玉の会話を思い出し、半信半疑となって言ってやった。


 すると、


 『……私は言わない、そのような事は』


 小さく……、呟くような声が響くなり、胸元に下がる角のカケラがフッと光を無くしたのであった。


 「青藍? おい、どうした? え? まさか怒ったのか?」


 義弘が少し焦りながら角のカケラをぺしぺしと叩いていると、地面からわずかな振動が尻に伝わってくる。


 その慣れている感覚に、思わず立ち上がって海をみまわしてみると、海岸から少し離れた海面が大きく渦を巻き始めているのを見つけた。


 それが何なのかが分かっているので、そのまま海辺まで歩いていく。こちらが呼び出した訳ではないので、おそらくは気まぐれの散歩にでも出てくるのだろうか。


 やはり、その渦の中からはゆったりと龍の顔が出てきたのである。


 そこから少し神体まで出すと、青藍は横を向いて浜にいる義弘と目を合わせた。



 「私は——」



 静かで、海の音と同じように穏やかな声が響いてくる。



 「玉が好きだ」



 そんなの分かっている、と言いかけたが……。



 「そして、義弘もだ」



 続いた言葉に口をつぐんだ。


 それだけを伝えた青藍は顔をまっすぐに戻すと、神体を揺らしながらゆっくりと天に向かって昇ってゆく。


 月が放つ白銀の光に透き通るような藍色の鱗が輝いており、息をのむほどに美しい。


 その姿を無言で眺めている義弘の脳裏には、思い出されてきた言葉があった。


 『——玉が龍になると、義弘から玉を奪う事になるのだろう——それはしたくない——』


 龍の尾の先が、海を離れてきらきらと雫を落としていく。


 「しおらしいこと言うなよ……」


 ため息と共に見つめる夜空の先では、いっぱいに散らばる星々の波を静かに泳いでいくその優美な姿が、遠ざかっていくのであった。

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