その日から戦争が始まるまでの時間は1年も掛からなかった。
〇
最近上の人間がおかしい…。
「まぁ…」
もともとおかしかったが…なにやら妄言、たわごとや戯言のような話を真剣な顔で皆に説いている。
「もしも…」
いつもその言葉は「もしも」から始まり「だったらば」「になったら」「になる可能性がある」という言葉で締めくくられる。
「もしそうなったら国民は…」
妄想をよくもまあそんな熱心に語ることができる。実際それに近しい人物が今の現状いるわけでもないのに。
「…」
病の流行で皆がマスクをする中、一人妄想にとらわれ過ぎた人間がガスマスクをしていた光景が目に浮かぶ。それと一緒だ。
「だが…」
決定的に違うのが、周りの反応だ。
ガスマスクをしている人間は、少し嘲笑され気味悪がられた。
だが目の前で妄言を吐くバカには「たしかに…」「そうですね…」「よくそこまでお考えで」などというツッコミ不在の漫才のような光景が広がっている。皆は眉毛をくねらせ神妙な面持ちを作り、上の人間が喜ぶ言葉しか与えない。
そうするとバカは(ほらやっぱり!)という顔になり「だったらどうするべきか!」と、脳が未熟な赤子のような顔で聞いてくる。
そうすると周りは「隣国を我が物に!」と赤子にミルクを与えるように、欲しがっていた言葉をそのまま述べた。
「ば…」
その言葉は…軽々しく言っていい言葉ではなくて、その言葉の裏、その言葉の奥に何人の死体が出るか…何万という人間が逃げ惑うのか…我々以外の全ての人間が苦しむことになるであろう言葉を…
「どぅしてそんなに、無下にぁつぇるのか…」
上に立ちたいが為、相手に嫌われたくないが為、印象を悪くさせない為、腐った相手を更に腐らせる。
「……・……・……・……」
涙が出てきた。大人になるって、こういうことではないと思っていた。学生だからと、子供だからと、思いながら、間違った怖い上級生に媚びへつらう同級生を見て思っていた。
「………」
目の前で何の疑いもない瞳で「だとしたらどうするべきでしょう?」と問う老人を見て、殺してしまいたくなった。
「ぁ」
頭が、脳みそが、考える力が、自分で何かを考え、発する力がないのかと思った。言われた言葉に従い、上の人間を持ち上げ、下の人間を見下し、人の話ばかりをし偉人はこう言っていたなどと述べ、下の人間の成果を自分のものにし語り大きく見せ、妻を裏切り子供を裏切り仕事仕事などと述べ、今ここで起きているまちがえを真に受け止め間違いを疑わず、「だとしたらどうするべきでしょう?」などという言葉を述べている。
「死んでしまえ…自殺しろ…もしくは殺されてしまえ…」
そう発しても誰もこっちを向かない。こちらを驚いた顔で見るのは同僚と近しい人間達のみだ。
「ごめん…ぼくはもう仕事を辞めるよ」
仕事を辞めてこの国から出ていき、貯金が尽きるまで働かず好きな事でもやってるよ。
「ぼくはもぅ…うんざりだ」
●
ずっと悩んでいた。
それを口にすることでの批判を恐れた。
だが言ってみると意外と皆が同感した。
それを見て私は間違っていなかったのだと安堵することができた。
その日から戦争が始まるまでの時間は1年も掛からなかった。




