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手の届く感情の良く見える目の前の人間の方が攻撃をすると達成感があった

      〇

 マスクをすることが義務化された。


 マスクをしない人間はスーパーに入って買い物が出来ないルールになり、電車に乗れないルールになり、外出ができないルールに変わった。


 藁にも縋るとはこのことだと思った。


 皆がマスクを防護マスクか何かだと勘違いしていた。


 マスクをすることで感染から免れる。マスクをしているから大丈夫。


 そう言って皆が口元にある紙切れ一枚に全てを託した。


 皆が顔の下半分が覆われていることに安心感を抱き、逆に顔を全てさらけ出して歩いている人間を軽蔑した。


 誰が罪を犯していて、誰が罪を犯していないのか、それが小さな子供でも分かる形になった。


 マスクをしない人間はスーパーに入れなくなり、電車に乗っても暴言を吐かれ、外出しても誰も近づくことはなかった。マスクをしていないから悪い人、という構図ができあがった。


「…」


 このウィルスを創った人間達は今、マスクをしてのうのうと生活しているのだろうか?このウィルスを故意的にばらまいた人間たちは今、マスクをして街を歩きスーパーで買い物をし、今日を生きる食料を買っているのだろうか?


 世界を大混乱にした張本人たちは今、誰にも咎められることも、ばれることもなく、ばれても嘘をつき、証拠など残っているわけもなく、追い詰めてもひるまず嘘をつき続け、皆が皆で忙しくなり、追い詰められることもしなくなり、僕らの攻撃対象は身近な人間のルール違反へと変わっていった。彼らは暴言を吐かれると、傷付いたり言い返してきたりして感情が露出した。その感情は概ね怒りであり、僕らはその怒りに多勢に無勢で覆いかぶさり、誰の心にも芽吹いた新たなモヤモヤを発散した。


 手の届かない感情の見えない張本人よりも、手の届く感情の良く見える目の前の人間の方が攻撃をすると達成感があった。


        ●


 皆が働かず皆が外に出ず家に引きこもった。


 私はその間訳が分からない会議に何十と出席した。それらの会議は何も進むことがなく時間のみが進んだ。「どうするんだ?」「どうすればいいんだ?」何が正解で何が不正解かが明確ではない今の世の中では皆が容易に発言をしたがらず頭の悪い人間が先に進める事だけを考えて「まぁ…」「もぅ…」「これでいいのではないのでしょうか…」と出した答えが正解か不正解かもわからずにふわりふわりとした状態で先へと進んだ。


 毎日人が死んでいった。


 病に侵され死んでいった。


 感染者の数は減ることもなく毎日増え続けた。そしてそれと比例するように死者の数も増えていった。今まで見たことのないような人数を見ると毎回心を痛めた。嫌な気分になりまた無益な会議を開き…どうすることもできない自分に腹が立った。


 私には…やはり病や自然の現象をどうすることもできなくて…生きている国民のあれやこれや…国の発展のあれやこれや…他国につぶされないためのあれやこれやを考え実行する力をようやく持てたけれど…病を消すことは…私の言葉ではどうすることもできはしない…。


       〇


 人間というものは、一番最初にできた傷に一番、目を向ける。消毒をし絆創膏を貼り、絆創膏が血でにじむのを痛みと共に見ていたりする。


 傷だらけの人間は、一番大きな傷だけを気にかける。そこの痛みが強すぎて周りの傷の痛みをあまり感じることなく、傷付き血だらけの体を露出させる。


       〇


 あのウィルスが流行してから少し時間が経った。


 感染者が百人から千人になった頃が一番緊迫していた。


 外はどこも閑散として、お店はスーパーと薬局以外全て閉まっていた。


 皆どうしたらいいかわからず、マスクがあれば奪い合うようにして買った。


 何の根拠もない誤った情報もたくさん流れて、ぼくらは口を覆い鼻を覆い目をも覆って外出した。


 すれ違う人間一人一人と距離を取り、皆が皆同じ極同士の磁石のようだった。


 皆が皆慣れぬ状況に気が滅入り、気の滅入りを押さえるように皆が皆、無意識のうちに努力した。惰眠をむさぼったり、滅多にやらない料理をしてみたり、ゲームを始めてみたり、新たなアプリでご飯を注文してみたり…


 そうして時は過ぎ、その時間と共に様々なお店が潰れていった。


 何もせずにいたら家賃を払わなくてもいいわけではなかった…。国から援助があったとて、その援助では全く足りないお店がたくさんあり、町から姿を消した。


 それらは大きな町に行けば行くほど多く、それに比例するように、ぼくらが知らないところでたくさんの会社がつぶれていった。


       ●


 人一人一人の方向性…


 仕事がなくなった!どうにかしろ!


 国が!国がいけない!


 どうするんだ!どうにかしろ!


「外で砂を袋に入れる時少しこぼれてしまった。その砂がそれからどうなったかを気にかける人間はいないだろう。この病で皆が皆窮地に立った。窮地に立ったのだからそこから零れ落ちる者もいる。そこからどうすればその零れ落ちる人間を最小限にとどめるか…それらを決める為に会議を開く…」


「この大きな船にはたくさんの人間が乗っている。この船には燃料があまりない。他の船に助けを求めたいが他の船も大変な目にあっていて助け合うことができない。人々はぎゅうぎゅう詰めで船が揺れると数名が落ちた…」


「私はそれを助けなぃ…私はそれを助けなぃ…」


 少ない犠牲で済んだらば…少ない犠牲で済んだらば…

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