僕らは下の人間で…彼は上の人間なのだから…
●
今後私はどうするべきか…
謙遜をとるのか傲慢をとるのか。
人に優しくあるべきか…自分の意見を貫くべきか…
「…」
今までいや最初の頃は人の気持ちを汲み取った。
だが人間というものは優しさの上ではあぐらをかきろくな目に合わなかった。
もしも今後国を広げることがあったならもしも今後あの国が攻めてきたなら
全ての決断は、私に委ねられる。
「…」
このとき…とうちょうぶからうしろがふたつにわれ…脳みそはそれとともにズルズルとろしゅつし…さいしゅうてきにビチャ…と…じめんにおちた。
●
「ぇ?」
私が人間でなかったら…
宇宙人…
ぃやサイコパスな人間であったなら…
「よくわからない文字をそのまま口頭で読み上げるのではなく要約して伝えろ!」
「は、はい!」
人の気持ちがわからないサイコパスな人間であったなら…
今の言動も腑に落ちるだろう…
人の気持ちなどわかりません。
怒鳴られた人間が鼻をすすりながら説明している。
私のせいなのか?
私には関係ない。
「あぁ…」
そうだ。
おそらくそれでよい。
これなら今後全ての事が簡単に進むだろう。
●
小さな声では威厳が出ないことに気が付いた。
常日頃から通常の1.5倍の大きさで言葉を発した。
すると私の言葉を聞いた部下達は驚ききょどきょどと辺りを見た。
そして自分のミスを疑い頭をフル回転させもう一度私を見た。
私の声は変わらない。
するとその人間は口角をぎこちなく上げながらそういうものかと納得した。
一週間もするとそれが普通になり一か月もするとずっとそうだっただろうと言うものすら現れた。
人間の記憶というものは本当に都合よくできている。
私の声量や言動の変化に眉間にしわを寄せる者もいた。
そういった人間は食い気味で返事をしたり言われた後に曇った表情で微妙に顔を縦に揺らすのでこちらとしてはわかりやすかった。
そういった人間は早い者で1か月…3か月でまた数人…そして半年後には全ていなくなった。
いなくなったからといってその分人が減るわけではない。
空いた穴はすぐに埋まる。
そうしてそこに残ったのはぎこちない笑みを浮かべた反論という言葉とかけ離れた首を縦にしか振らない人間たちだけだった。
〇
ある日いきなり上の人間の声が大きくなった。
驚いて見上げると怒っているわけではなかった。
だが威圧的であり、軽い嫌悪感のようなものを感じた。
なんだこいつ急に?腹が立つ。死ね。と心の中で思い、この嫌悪感を消化した。
上の人間はその日ずっと大きな声だった。本人がいなくなった瞬間に皆が大きな声で笑った。バカかアイツ!なんなん大きな声!うるせえよ!皆は今日溜まった鬱憤を晴らすようにしゃべりだした。結果いつもより帰るのが遅くなった。
〇
次の日上の人間はまたも大きな声であった。
またやってるよ…と思って辺りを見ると皆も同じような目でこちらを見た。
「おい!」「お前!」「早くしろ早く!」
上の人間の口調がいつもより少し悪い。態度もなんだか横柄で、声につられて気持ちがでかくなっているような気がした。
何やってんだあのバカは…と心の中で思うが、昨日のように上手く消化できなかった。
怒られた人間を皆で慰めたが、やはり皆昨日のように鬱憤が完全に晴れることなく帰っていった。
〇
一週間もすると大きな声も大きな態度も普通なことになっていった。
もう大きな声をバカにする者はいない。上の人間が大きな声で話す事が普通なこととして認識されるようになった。
今日も誰か怒られている。理不尽に怒られている。
でももうその人間を皆で慰めることはなくなっていた。
この一週間皆が皆、理不尽に怒られ横柄な態度を取られ、訳もわからず咎められた。皆怒りに怒ったが、それが毎日続くと余裕がなくなり、怒りは他の人間にも伝染して場の雰囲気はとても悪くなった。
上の人間に大きな声で命令されると皆声が小さくなる。
「声が小さいぞ!きちんとわかっているのか?」
「は、はい!」
「おい!うるさいぞ!なめてるのか!」
まるで見下した人間を小馬鹿にしているような会話を、笑うことなく真顔でやってくる。僕らはそこで笑ってはいけない悲しんでもいけない、下に出過ぎてもいけないしもちろん上に出てもいけない…上の人間が好むであろう返答を瞬時に考え実行する。
僕らは他人を慰める余裕も、帰りに愚痴を言い合う余裕もなくなるほどに、擦り切れた。僕らはこれから毎日擦り切れたまま、擦り切れた心を、疲れた体を回復することなく仕事をし、上の人間の顔色を窺いそれ以外をおろそかにしながら、うつろな目と溜息と共に眠りに就くのだろう。
僕らは下の人間で…彼は上の人間なのだから…。




