表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/48

第20話 小さな大賢者は、ぐいぐい来られる

 ゴーレム暴走事件から、まだ数日。

 学園の空気は、私にとっていよいよ歩きにくくなった。


 廊下を歩けば知らない上級生に声をかけられ、食堂に行けば他クラスの生徒が席を空けてくれる。「あの時の」「君が」「すごかった」の三点セット。おまけに男子生徒からは、お茶や勉強会の誘いがちらほら――。


「ごめんなさい、今日は予定があるので」

 やんわり断ると、彼らはたいてい笑って引く。帝国の礼儀作法は、断られた側の体面も守るよう出来ている。ありがたい。


 でも、そういう誘いより、ずっと厄介なものがある。


 フィオナ・レオニード。


 彼女の天真爛漫な距離の詰め方は、ターゲット(=任務対象)という肩書きを一瞬で忘れさせる。真正面から、にこにこと、迷いなく踏み込んでくる。

 私は少し――正直に言えば、だいぶ――引いてしまう。


《主》

 影の底で、ノワールがため息をつく。

《あの子は洪水だ。堤防を高くするか、舟を出すか、早く決めろ》

「どちらも準備中」

《準備中は大抵、流される》


 言い返せないのが悔しい。


 ミナ・シュタールとサム・レーン――机の近い二人は、事件のあとも変わらず接してくれる。

 ミナは相変わらず理知的に観察を続け、サムは相変わらず調子よくおしゃべりだ。

「それにしても、エル。お前、ほんとに小さいのにな」

「その前置きは不要って何度言えば」

「ごめん、口が滑った」

 ミナが肩をすくめる。「でも“すごい”は事実よ」

「“小さい”抜きで言ってくれると、もっと嬉しいのだけど」


 そんな取り留めのないやり取りを挟みつつ、私は今日も気配を薄くする努力を続ける。――が、努力と成果は必ずしも比例しない。


 角を曲がった先から、金の髪が勢いよく揺れて飛び込んできた。


「エル!」

 距離ゼロ。笑顔百点。

 フィオナは躊躇なく私の手を握る。「今日の実技、ペア空いてる? ね、空いてるよね?」

「……まだ聞いてないけど」

「じゃあ決まり!」

 決まってない。


 ノワールが無言でため息を重ねた。《洪水だと言ったろう》

「知ってる」


     ◇


(――フィオナ視点)


 気になる子がいる。

 飛び級で帝国に留学してきた、エルフィーナ・ノクターン。


 最初は噂で知った。十歳、王国から、成績上位。

 でも実際に見たら、噂よりずっと――可愛い。可愛いのに、強い。

 入学してすぐの授業で、先生の質問に短く答えて、黒板の難しい式を一息で解いちゃう。

 実技だって、すべての動きがきれい。“きれい”って、力があるだけじゃ出せない。無駄がなくて、流れがある。見とれる。


 そして――先日のゴーレム暴走。

 あれは、正直に言えば怖かった。氷壁を粉砕された時、私、ほんの一瞬だけ足が止まった。

 その一瞬に割り込むみたいに、熱が視界を横切った。

 爆炎。

 気づいたら、私の手は誰かに引かれていた。

 エルフィーナ。

 小さな身体からは想像がつかない速さで、あっという間にゴーレムを倒してしまった。


 ――友達になりたい、と思った。


 だから、事件の後から、私はグイグイ近づいている。教室でも、廊下でも、休み時間でも。

 でも、彼女はいつも少し距離をとる。嫌いじゃない、むしろ話してくれるけど、どこかでブレーキがかかる感じ。

 (どうすれば、仲良くなれる?)


 お菓子をあげてみようか。王都で人気だって聞いた蜂蜜クッキー。

 それとも、お茶に誘う? 学園の中庭に小さなティースタンドが出来たって聞いた。

 あるいは、魔法の話。私、水属性だから、火は未知で面白い。相性は悪いはずなのに、合わせられるのかな。……彼女なら、きっと合わせられる。


 廊下の窓に映る自分の顔は、たぶん浮ついてる。

 父の前では決して見せない顔。

 ――ここでは、見せてもいい、よね。


     ◇


(――エル視点)


 ノワールが能天気な声で言う。

《向こうから来てくれるなんて、楽でいい。マクシミリアンの情報は、あの子を通すのが早い》

「“楽”ではない。物理的にも、心理的にも」

《楽しいの“楽”だ》

「なおさら違う」


 グイグイ来る子は、アンナ以来だ。

 あの町の、あの元気な子。

 今回だって、もし目の前で誰かが怪我をするなら、私は迷わず動く。任務がどう、余計な注目がどう、そんなのは後から調整すればいい。


 ……問題は、フィオナが“いつも”近くにいることだ。


 今のところ、マクシミリアンの情報を得る最短の道は、彼女からだ。

 性格も環境も、“鍵穴”がきれいに見えている。

 鍵は――私の“距離の詰め方”が握っている。


     ◇


 放課後。

 寮へ向かう石畳の道に、二つの影が並んだ。


「ねえ、エル。好きな食べ物は?」

「唐突」

「大事でしょ、友達になるなら」

「……甘いもの。とくに固いクッキーが好き。瓶に入ってるやつ」

「へえ! 蜂蜜のやつ?」

「そう。王国のほうが種類が多いけど、帝国のも悪くない」


「じゃあ、好きな魔法は?」

「火」

「それは知ってる! えっと、火の中でも?」

「速くて、短くて、狭いの」

「わかるような、わからないような……」

 フィオナはけらけら笑う。

 私は肩の力を少し抜く。

 彼女は、政治の匂いがしない話題を選ぶのがうまい。いや、うまいというより、本当にそれが話したいのだろう。

 父の話も帝国師団の噂も、彼女の口からは出てこない。こちらから聞けば出てくるのだろうけど――今は、まだ。


「エルは、毎日どれくらい練習するの?」

「一時間、正確にやる。長くはやらない」

「集中型なんだ。私、つい二時間とかやっちゃう」

「二時間は長い。甘いものが必要」

「だから最初に食べ物聞いたの、当たり!」


 会話は軽い。

 でも、軽い会話にも“手触り”はある。

 彼女の歩幅、息の速さ、笑う前にほんの少しだけ目を伏せる癖。

 そういうものを、私は手帳にメモするみたいに覚えてしまう。


《主》

「なに」

《心拍が、五つ前より半拍だけ速い》

「……測らないで」

《測るのが私の役目だ》

 黒い鼻先が影のなかで揺れる気配がした。


 寮の前で、フィオナがくるりと振り向く。

「ねえ、突然だけど、今度――火と水、合わせてみない?」

「危険」

「そうなんだけどさ、私、見たいんだ。エルの火と、私の水。ちゃんと“喧嘩しない”形を」

 真っ直ぐ。迷いがない。

 私は少しだけ考えて、頷いた。

「条件を決めるなら、いいよ。場所と出力と、停止の合図」

「やった! じゃあ先生に場所を借りて――」

 嬉しそうに跳ねる金の髪。

 私は横目で空を見上げる。夕暮れの青が、帝都の硬い輪郭を柔らかくしていた。


     ◇


 部屋に戻り、手帳を開く。


 ――注目は避けられない。注目の“質”を選ぶ。

 ――友人枠の形成:情報を求めない会話→信頼の基礎。

 ――フィオナ接触:主導権は向こう。こちらは“枠”を作る(条件・場所・合図)。

 ――男子の誘い:礼儀的に断る。上級生は距離を取る。

 ――ミナ、サム:アンカー役。雑談の“逃げ場”。


 最後に一行、黒で太く書く。

 ――ノワールのため息は無視する。


《無視するな》

「読んでたの」

《読むのが私の役目だ》

「測るのと読むの、どっちが役目?」

《両方だ。主の影は忙しい》


 笑って、灯りを落とす。

 窓の外、帝都の夜は相変わらず硬い。

 けれど、硬いものほど、踏み方を覚えれば音が小さくなる。


《さて、小さな――》

「ここでは内緒」

《……了解》


 フィオナ・レオニード。

 ターゲットで、同級生で、たぶん友達候補。

 私は目を閉じ、明日の言葉の順番と、火と水を“喧嘩させない”条件を、静かに並べ直した。

 戦場ではない場所の、戦い方。ここが、私のいまの前線だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ