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第19話 小さな大賢者は、クラスで無双する

 帝国魔法学校の石造りの校舎は、日ごとに朝の光を吸い込み、鮮やかにその姿を際立たせていく。入学式の緊張感も徐々に薄れ、授業の流れや教師の癖、クラスメイトの顔ぶれも見慣れたものになってきた頃――エルフィーナ・ノクターンにとって、この一週間は予想外の連続だった。


 本来なら「目立たない」を信条に、最低限の発言と控えめな実技で過ごすつもりだった。

 潜入任務において重要なのは、注目を集めすぎないこと。これはセレスティアにも口を酸っぱくして言われてきたし、自分でも痛いほどわかっている。

 ――の、はずだった。


 座学初日。帝国式の魔法理論の授業で、教師が黒板に書き出した複雑な式を眺めた瞬間、エルの中で王国式との対応関係がすでに整理されてしまっていた。気づけば手が勝手に動き、答案用紙には模範解答が整然と並んでいた。

 その日の午後には、同じことが二度、三度と繰り返される。発表を求められれば、核心だけを短く答え、結果的に教師を唸らせる。

 クラスの視線が自分に集まる感覚――これは潜入作戦の大敵であるはずなのに、どうしても止められなかった。


《主は……手加減という概念を知らんのか》

 教室の隅で黒い影のように佇むノワールの声が、心の奥底で響く。

(知ってるけど……計算違いだっただけ)

《計算が狂うのは、計算が甘いからだ》

(……返す言葉もないわね)


 エルの席は教室の中央寄り。右隣には、白金色の髪を三つ編みにした少女、ミナ・シュタールが座っている。

 シュタール公爵家――帝国でも屈指の名門だ。知識欲が強く、授業中は常に前を向き、必要以上の無駄話をしない。

 左隣には、栗色の髪を後ろでひとつに束ねた少年、サム・レーンがいる。レーン侯爵家の三男で、兄たちと違って軽い性格らしく、よくエルに話しかけてくる。


「なあ、エル。お前、どうしてそんなに答えが早いんだ?」

「……考えているだけです」

「うわー、そういうところがまた“天才少女”って感じなんだよな」

「“小さいのに”って言われるよりはマシですけど」

「おっと、それは口に出さなかったぞ?」

「表情でわかります」

 サムは大笑いし、ミナは小さくくすりと笑った。


 クラス内での評価は、入学から一週間で「小さいのにすごい」に定着していた。

 エルにとっては、その“前半部分”こそが余計だったが、否定すればするほどからかわれるため、最近は流す術も覚えつつあった。



 入学して初めての実技テストがやってきた。

 内容は、教師が作り出したゴーレムをチームで撃破する、というものだ。防御力と耐久性に優れ、魔法への耐性もあるため、力任せでは倒せない。

 チームは三人一組。エルは、名前も顔もあまり覚えていない二人のクラスメイトと組むことになった。

(……まあ、全力は出さない。少し抑えめに――)


 開戦の合図と同時に、相手の動きを分析し、弱点を突く。

 火属性の魔法を得意とするエルは、熱で関節部分を一瞬だけ脆くし、その隙に圧縮した衝撃で粉砕。

 気づけば、わずか三十秒足らずでゴーレムは膝をつき、砂のように崩れ落ちていた。


《……これのどこが“抑えめ”なんだ》

(今のは、かなり控えめにしたつもりよ)

《……主の基準はやはりおかしい》

 遠くから、教師が半ば呆れたような目でこちらを見ていた。


 エルのチームの試験はあっけなく終了し、他のチームの様子を観戦席から眺めていた。

 次に呼ばれたのは、金色の髪を高く結い上げた少女――フィオナ・レオニードが率いるチームだった。


 レオニード公爵家。帝国軍の総司令マクシミリアン・レオニードの娘であり、学内でもその名は広く知られている。

 彼女の背中から放たれる自信と誇りは、舞台に立つ役者のように堂々としていた。


 しかし――。


「……あれは?」

 ゴーレムが生成される際、魔法陣の輝きに一瞬の揺らぎが走った。

 直後、出現したゴーレムの瞳が濁った赤に染まり、低く唸り声を上げる。

 教師たちの表情が険しくなる。

 暴走だ。


 通常のゴーレムは制御された動きしかしないが、暴走個体は攻撃性が異常に高く、出力も制限を超える。

 フィオナは即座に仲間へ指示を飛ばすが、ゴーレムの拳が空気を裂き、足場の石床が粉々に砕けた。



ピンチ


「くっ……!」

 フィオナは水属性魔法で巨大な氷壁を展開し、進路を塞ぐ。しかし、ゴーレムは腕を振るい、その壁を粉砕。破片が弾丸のように飛び散り、周囲の生徒たちが悲鳴を上げた。

 仲間の一人が吹き飛ばされ、もう一人も恐怖で足がすくんでいる。

 それでもフィオナは一歩も退かず、再び詠唱に入った――が、暴走ゴーレムの拳が迫る。


《……主、出番だな》

(あれ以上は、持たない)


 エルは観戦席から飛び出す。足元の魔法陣が輝き、瞬間的に空気が熱を帯びる。

「――爆炎衝破!」

 圧縮した火炎が矢のように放たれ、ゴーレムの腕を弾き飛ばす。爆風が会場全体を揺らし、一瞬、時間が止まったかのような静寂が訪れる。


 フィオナが驚いたように振り返り、その瞳がエルを捉えた。

 エルは片手を上げて、短く言う。

「退いて」


 次の瞬間、地面から立ち上る火柱がゴーレムを包み込み、その巨体を焼き崩した。制御を失った魔法核が爆ぜ、砂煙が舞い上がる。

 煙の中で、エルは無傷のフィオナの手を取り、ゆっくりと引き寄せた。


「……助けてくれて、ありがとう!」

 フィオナは頬を赤らめ、真っ直ぐに笑みを向けた。

 その笑顔は天真爛漫で、まるで太陽の光をそのまま形にしたようだ。

 エルは少し戸惑いながらも頷く。

「あなたが無事でよかった。それだけ」


 だが、この出会い方は予定外だった。本来は偶然を装って接触するつもりが、派手な救出劇になってしまった。

 任務としては最悪に近い展開――だが、フィオナとの距離は一気に縮まった。



天真爛漫と慎重派


 授業後、フィオナは当然のようにエルの隣に腰を下ろした。

「ねえ、エルって火属性だよね? すごく綺麗だった!」

「……ありがとう」

「今度、訓練で一緒に魔法合わせてみない?」

「……気が向いたら」


 フィオナの性格は、事前に聞いていた以上に真っ直ぐだった。社交的で、壁を作らず、初対面でもためらわず距離を詰めてくる。

 エルの慎重な性格とは真逆――だからこそ、油断すれば任務の境界線があやふやになりかねない。


(……この子と、友達になれって? セレスティア、本気で言ったのよね)

《主よ、戦場の敵よりも、こういう相手のほうが手強いぞ》

(……否定できない)



クラスメイトたちの視線


 事件後、エルはますます注目を集めることになった。

 模範解答を連発する頭脳に加え、暴走ゴーレムを瞬殺した実力。


「……小さいのに、すごい」

「その“前置き”はいらないってば」

 そんなやり取りも、もはや日常になっていく。


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