君の言うことなら。
戦争、流血表現、注意です。
俺には子分がいた。
彼女はいつも端で本を読んでいるから思わず声をかけた。
「おまえ、今日からオレの子分な。」
そう言うと、彼女は突然話しかけられたからか、目を丸くして優しい声で「うん」とうなづいた。
その時見た笑顔がどんなものよりも綺麗に見えて、どうしたら彼女を笑わせられるかをいつも考えていた。
月日が経って俺と彼女は「こんやくしゃ」になった。
彼女と会える機会が増える、それだけで俺は舞い上がっていた。
「こんやくしゃ」になってから彼女はよく笑うようになった。
それが嬉しくて、ずっとこの時間が続けばいいと思っていた。
彼女への恋心を実感したのは婚約者になってから三年が経った頃だった。
婚約者という言葉の意味を理解したときには胸が高鳴ったのを覚えている。
彼女を幸せにしたい、そんな思いで花を贈ったこともあった。
彼女に好きだと伝えるのは彼女の前で「子分だ」と言っているようなガキの俺には到底無理な話だった。それでも彼女は俺の言葉に何でもうなづいてくれた。
このまま想いを伝えなくても彼女は一生隣にいてくれる。
そんな甘ったれた思いで過ごしていたからだろうか。そんな日々が続くことはなかった。
お互いに十一歳になった頃、彼女は自宅で、俺は学園で、将来の為に勉強しなければならなかった。寮で生活している為、彼女に会いに行くことはできなかった。
その事は俺にとって相当こたえた。
彼女からの手紙は鍵付きの箱に閉じ込めて、先生から怒られた日にはそれを抱きしめて寝ることさえあった。
手紙に染み付く彼女の家の庭にある金木犀の香りが鼻をくすぐる。
その度に彼女の笑顔が思い出される。
彼女に早く会いたい。その一心で過ごしていた。
彼女に会ってない日々が続いて五年が経ち、あと二年したら彼女に会えるというような中、俺に陛下から『命令』が下った。
隣国の王女と婚姻を結べという話だった。
意味がわからなかった。
彼女との婚約は?という俺の想いもすべて踏みつぶされて俺は国の為に知らない王女と婚姻を結ぶことになった。
彼女に何て送れば良いのかわからなかった。
何度も彼女に「駆け落ちしよう」と送ろうとしたか。
優しい彼女なら承諾してくれるだろう。
でも、彼女は追われる日々になれば俺へのあるかもわからない想いさえかき消されてしまったら?幻滅されたら?
国を見捨てることよりも彼女に嫌われることを憂う俺は自分のことが心底嫌いになった。
結局俺は彼女に想いを伝えれなかった。伝えたとしても検閲されて処罰を食らうのはきっと国の為に利用できる俺ではなく、彼女だろう。
優柔不断な俺は彼女に何を言えば良いのかわからなくて婚姻が近づくにつれて手紙をためらうようになっていた。
そして、臆病な俺は彼女にこんな手紙を出した。手が震えて悔しさで胸がいっぱいだった。
「好きな人ができた。婚約破棄してくれ。」
彼女はこれを見て何と思うだろうか。そんな気持ちで夜も眠れない日々が続いた。
彼女から返事はこなかった。
婚姻が結ばれたときにパレードで彼女の家の前を通った。
彼女の顔を見たい。けれど、同時に国の為に彼女を捨てた醜い俺をその綺麗な瞳に映し出さないでほしいと願った。
そんな俺の願いからか、彼女の屋敷の窓は締め切られていた。
婚姻から二週間たった頃、他国への密偵から「戦争を準備している」との報告が耳に入ってきた。
王女に事情聴取したところ、この国で生きていくために国璽を偽造したらしい。
俺は何のために彼女と無理やり婚約破棄させられたのか、と王女に怒鳴った。それでも俺の心は国の為に彼女以外の者と一緒になることはないという邪悪な思いがあふれていた。
しかし、戦争となれば俺は先頭の軍隊で危険は多い。
だからこそ、彼女に一種の遺書のようなものを送った。
「ごめん。俺のことは忘れてくれていい。」
と。
彼女のことだから承諾してくれるに違いない。彼女は俺のことを幼馴染としては見てくれているだろうが、俺と同じ感情ではないはずだ。
好きな人に忘れられたくはないが、彼女の笑顔が見たい。
ただそれだけだから。
軍隊が出兵する日、手紙を受け取った。
彼女だった。
俺は見る勇気がなくてそっと腰袋にしまった。
パレードで民衆が軍隊を送り出す。
彼女の屋敷の前を通ると窓から透き通った髪が出ていた。
彼女だ。
少し金木犀の香りが漂う。
無性に彼女の元へと行きたかった。ほんとは忘れないでほしい、と。
彼女から自分を隠すように俺は甲冑をくいっと下げた。
出兵すると、隣国は我先に、と一斉に攻撃をしてきた。国には彼女がいる。行かせるもんか、と一心で戦った。
しかし、戦争準備が出遅れたわが国は不利な状態だった。
剣を持って攻撃をしかけようとすると、後ろから弓矢が飛んできた。
やばい、と思った。振り向いた瞬間、腰袋をかすめた。
彼女の手紙はあっという間に踏みつぶされていった。それを取ろうとしたときに後ろから斧を振り下ろされた。
夢を見た。俺は彼女の膝で眠っていた。幼い頃の走馬灯?だが、俺も彼女も今の年齢の姿をしていた。金木犀の香りがした。
彼女の元に帰らねば。その瞬間、ぱっと目が覚めた。体が痛い。鎧の隙間から赤い液体が流れていく。
それでも何とか這いずって彼女の手紙に手が届く。そこには「貴方の言うことでも聞けないことはあるんですよ」と書かれていた。
彼女が待っている。
体を無理やり起こして剣を振り回す。
彼女が聞けないって言うのなら俺は君に伝えなきゃいけないんだ。
「君の言うことなら」と。




