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第九十七話 風よりも早いもの

「親父殿~! 行ってくるぜぇ!!」

「パパ~ あんまり無理しないでね~!」

「メアちゃん~ マァルちゃん~ またね~!!」


少しずつ小さくなっていく見送りの皆さんに

大きく手を振り、精一杯の声を上げる。


皆さん、きっとまた、会いましょうね。




サスペンションを導入した新型馬車は、いつまでも名残の尽きない僕らを余所に流れるように走っていく。

大きかった王都の城壁も彼方に消え、辺りは見渡す限りの草原となった。


『♪~』


少しの寂しさと新しい土地へ向かうワクワクが同居した馬車の中、僕のスマホが場違いな電子音を響かせる。


え、このタイミングで神託?


「はい」

「ナオ様、新しい馬車の乗り心地は如何ですか?」


慌てて出ると、相手はまさかのビンスさんだった。


「ビンスさん!? まさか、何か問題でも!?」

「いえいえ、ブキシトンを発った時、ナオ様がすぐにタバサ殿に馬車の乗り心地をお伝えされていたのを思い出しまして。真似てみようと思っただけでございます」


…… え?


「なんだよ、親父殿! 畏れ多いとかなんとか散々騒いでた癖にさぁ!」

「いくらナオ様考案の新型だからって、馬車の乗り心地を神器を使って聞くぅ!?」


フフ…… アハハ!

確かにそんなことした覚えがある。

で、タバサさんに『余韻も何もあったもんじゃないね!』って怒られたんだ。


フフフ、確かに余韻も何もあったもんじゃないね!

たとえ旅に出ても僕たちはちゃんと繋がっているんだ。

ありがとう、ビンスさん!


すっかり和やかになった空気の中、みんなで思い思いにサスペンション馬車の乗り心地を話し合う。

全く揺れないってわけじゃないけど、王都までの道のりで乗っていた馬車に比べると全然揺れない。凄く快適。


「やっぱりすごいね、ナオさん!」


僕の膝の上の大天使もニコニコである。


…… 揺れないことと、天使が僕の膝の上に鎮座することは別問題であるのだ。


良かった、「今度の馬車は揺れないから大丈夫!」と天使がお膝に乗らなくなってしまっていたら、僕はきっと涙が堪えきれなかった。


あ、ロロさんはいつも通りです。何も問題はない。



王都を東に出ると、放牧地区の草原がそのまま広がっていて、しばらくは穏やかな丘陵が続くのだそうだ。

羊や牛なんかを飼っている牧場がある村もこの道中にはあるらしい。

異世界ならではの面白い動物とかいないかな?

とても楽しみだ。是非寄り道しよう。






「よーし、着いたぞぉ! 降りろー!」


ロロさんと冗談を言い合ったり、ミーナさんと一緒にタバサさんにメッセージを送ったりと楽しく過ごしていると御者をして下さっていたシトリィさんが到着を告げる。


それを受けてそそくさと馬車から出る僕たち。

ミーナさんが下りるときには手を差し伸べるのも忘れない。

お手をどうぞ、フロエライン。


「王都を出てまだそんなに経ってない気がしますけど、もう着いたんですか?」

「ユニコーン様の馬が良いのも勿論だけど、この馬車、揺れない分だけ馬たちも走りやすいみたいでさ。油断するとめちゃくちゃ速度出ちまうんだよ」


シトリィさんは馬車を軽く叩いて笑う。


「俺っちも驚きだぜ。ユニコーン様は音よりも早く走られるそうだけど、この馬車は『風よりも早い』と名乗っちゃえるんじゃね?」

「今日は最初からここで野営する予定だったから泊まるけど、この先はちょっと予定を組み直すわ。姉さん、ランス来てくれ。ロロとリンスはナオとミーナと一緒に野営の準備頼む」


シトリィさんが今日の御者を担当して下さっていたミリアさん、ランスさんと連れ立って打ち合わせに向かう。

残された僕らは指示に従い野営の準備を始める。


あ、ちなみに僕らはブキシトンを出た時と同じ馬車3台編成である。全員合わせても8人だから詰めれば1台で全員乗れるらしいんだけど、


「ナオ様専用は絶対に必要!」


と譲らなかったビンスさんと


「ミリアさんとミーナさんが母娘で過ごせる空間もあった方がいいですよね?」


という僕の一言が原因でそうなった。

ま、まぁ、僕とミーナさん以外は皆さん御者が出来るし、万が一故障したときにも乗り換えが出来るという保険にもなってるし。

わ、悪くはないんじゃないかな?






野営の準備と今後の打ち合わせが終わって、みんなでのんびりとお喋りをしていると、王都とは反対側からもう一組馬車がやってきた。


馬車から出てきたのは御者さんも合わせて男性が3人、女性が1人。


「ありゃ行商だな。牧場で仕入れたものを王都に持ち込んで売る、まっとうな商売人だよ」


そういうの、見ただけでわかるものなんだ。

この手の知識はシトリィさんが詳しい。

僕は論外として、ランスさんたちも王都から出ることはあまりなかったらしいからね。


野営スポットが被ること自体も普通のことなので、目が合ったときにはお互い軽く会釈をしてあとは不干渉、というのが通例なのだ。これは前回の旅で学んだ。




おや?

そう思っていたけど、明らかに向こうの人たち、こっちを意識してるね。ちらちらこっちを見ながらなんか揉めてる?

あ、男の人たちが端から順に女の人に拳骨されてる。痛そう。


で、女の人がこっちに来るね、何か御用かな?



「すまない、アタイらはこの先の村と王都の間で行商をしてるシーマ商会ってもんだ。アンタら、王都から来たんだろう? 良かったら情報交換といかないかい?」


両手をあげ、掌をこちらに向けながらゆっくりと近づいてくる女の人。『敵意は無いですよ』というジェスチャーらしい。


「何か面白い話があるのか? それとも知りたいことが?」

「両方さ。金にはならないが面白い話はある」


シトリィさんが応じると相手の女性が軽やかに返してきた。

うーん、なんか慣れた感じがカッコいい。

僕もああいうのやりたい。



近づいてきた女性を改めて観察。

すごく大きい。180cmくらいあるんじゃなかろうか。

腰まである赤い髪は思い思いに跳ねて自己主張している。

吊り目がちの鋭い眼は睨まれたら怖そう。

そして、さっきまでの行動、口調。


わかったこの人、姐御だ!!

シトリィさんやミリアさんもちょっとそれっぽいところあるけど、この人はもっとずっと、そのものズバリの姐御だ!


そして大きい。うん、すごく。





「で、王都の何が知りたいんだ?」

「アタイらは色々あってしばらく王都に戻ってないんだが、最近、王都について信じられないような噂ばかり聞こえてきてね。何か知っていたら教えて欲しいんだ」


赤毛の女性が語りだす。


「まず、王都一と言われていた馬問屋のヘウメー商会が謎の失速。代わりに革問屋だったはずのビトン商会がめちゃくちゃ上等な馬を取り扱いだして急成長」


お、ベータ会頭さんの手腕はもう周辺で噂になり始めているんだ。凄いなぁ。


「王都に凄い腕利きの治癒師がいるらしい。千切れた腕さえ再び生やす、なんて与太話もあったが、とにかくそのぐらい凄い奴だそうだ」

「…… へ、へぇ」

「しかも、金持ちからは大金を取るが貧乏人からはほんの気持ちぐらいの金しか取らねぇってんだ。すっげぇよな!?」


なんか…… 聞き覚えが無くもない話が出てきましたね。

何と言っていいのかわからず黙り込んでしまったシトリィさんと目が合う。


「わかるぜ! ちょっと信じられねぇよな!? でも、どうやらこれが本当らしいんだよ。信用できる筋からの情報なのさ。アンタら、何か知らないかい?」

「あ、いや、僕、病気や怪我とは無縁なもので……」


「なら聞いたことないかもな。まぁ、その治癒師本人は騒がれるのが嫌いなタチらしい。大ぴらに噂して気を悪くさせたくもないし、下手に話題になりゃ競争率も上がるだろうし、王都の外に出た連中の方が口が軽くなってたのかもな。アタイは病気がちなオフクロが王都にいてさ。噂が本当なら是非頼みたいと思ってんだよ」


お、おぉう。それはちょっと申し訳ないな。


「で、最後にさ……」


まだあるの!? もうお腹いっぱいだよ。


「貴族連中を中心に女がスゲェ美人になっていってる、らしい」


女性の眼がキラリと光る。


「アンタら、絶対知ってるだろ!? 教えてくれよ!!」

「な、なぜ僕らが『絶対』知ってると思うんですか?」


思わず口を挟むと、


「王都の貴族たちは……」




「獣人種の毛皮は輝き」


鋭い視線がロロさんを睨むように突き刺さる。


「女の髪は艶やかになり」


次いで、ミリアさんが捉えられた。


「肌は陶器のように滑らかになってるそうだ」


視線の圧力に、シトリィさんは身震いすらしている。



「アンタら全員、噂通りすぎんだよ!! 噂は本当なんだろ!? 詳しく教えろ!!」

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