第九十六話 『王女・ネムリア』
いよいよ王都を発つ日が来た。
なんだかんだと二か月以上も滞在することになって、
いろんなイベントがあり、出会いもあったこの街とも
今日でお別れとなる。
「またいつでもお越しください」
「ありがとうございます。機会があれば是非また」
「ナオ様、機会は作るものといいますわ。絶対にまた来てくださいまし」
見送りに来てくださったベータ会頭さんと、ピチータさんが笑顔でそう言ってくださったので、僕も笑顔で応える。
「なんか、色々お仕事を増やしてしまってすみません。僕が言えたことじゃないですが、お身体には気を付けて、無理はしないでくださいね」
「何を仰います! ナオ様のお陰様を持ちまして我が商会の業績はどこまで伸びるのか予想できない程の右肩上がりでございます。今が商機なのです! 行けるところまで行きますとも!」
「ハハ…… まぁ、その辺りはお任せします。ほ、程々に……」
仕事増やしてごめんね、無理して働きすぎないでね、と何気なく言ったらすげぇ熱量の返事が返ってきた。まぁ、その辺は自己責任ということで……
「申し訳ございません、ナオ様。父はこうなったらもう止まれないのです。ナオ様から頂いた健康を損なうことのないように母と皆でしっかり見張っておきます」
すっかり頼もしくなったピチータさんにテンションの振り切れた会頭さんの相手をお願いして、他の皆さんの様子を伺う。
お別れの挨拶はもう散々にやってあるけど、名残は尽きない。
ミーナさんはメアさんと抱き合って別れを惜しんでいる。事態をまだあまりわかっていなさそうにキョトンとしているマァルさんも含めてとても尊い。スクショとっとこ。
ビンスさんたちエルフチームはなにか神妙な顔で話し合っている。ランスさんたちが僕について来てくれることになったのは素直に嬉しいけど、そのせいで家族が離れ離れになってしまうと思うとちょっと複雑。
シトリィさんとミリアさんはドワーフの職人さんたちと馬車についての最終確認をして下さっている。
ロロさん? いつも通り僕にくっついているよ。
二か月、結構長くいた割に見送りは少ないな。
『僕の出立を大げさに騒ぎ立てるな』という厳命が王様から出ているらしいから仕方ないか。王家の密命を受けて旅に出る治癒師って設定だもんね、僕。
ちぐはぐさん達や木漏れ日の生徒さんたちとのお別れ会は別で済ませているし。
「なんか来るにゃ、ナオ」
「え?」
ロロさんが指差す先には…… とても豪華でキラキラな馬車があった。
真っ直ぐにこちらに向かってきているようだ。
「凄いですね、あの馬車」
「あのキラキラっぷりは多分、王族専用とかそういうのにゃ」
うーん、目的は僕、だろうなぁ。
静かに僕たちの前で停まったキラキラ馬車から降りてきたのは
まさしくお姫様、といった服装のネムリアさんとお付きの侍女さん、
文官らしき、ちょっと強面の男性だった。
侍女さんは美の奇跡の時に見たことあるけど、強面さんは初めましてだな、多分。
「見送りに来て下さったんですか?」
「陛下は駄目って言ったけど、どうしてもナオに会いたくて来た。…… 迷惑だった?」
「迷惑だなんて! ちゃんとお別れのご挨拶が出来るのは嬉しいです」
王様に逆らってまで来てくれたのか。嬉しいけど、後で怒られないかな?
「ん」
「はい、姫様」
「…… 確かに」
そんな心配をしているとネムリアさんが他の二人に何か合図をし、一緒に来た二人も頷いていた。なんだろう、今のやり取り?
「ネムリアは今、ナオから『迷惑じゃ無い』『嬉しい』という言質をとった。あの男は多分その証人」
疑問に思っていたところにロロ解説が入った。いつも助かってます。
なるほど? 僕が嫌がってないならOK判定なのか。
割と緩いな、王様の厳命。まぁ、可愛い娘には王様も甘くなっちゃうんだろうね。
そこから少しお喋りを楽しんだあと。
「もう一回だけ、最後に聞くね。王都に、お城に残る気はない?」
ネムリアさんがいつものトロンとした瞳で僕を見つめて、そう言った。
「お誘いは嬉しくもありますけど、旅をしたいんです。僕の目的のために」
二ヶ月の間に、僕とネムリアさんの間で何度か繰り返された会話。
「富も名声も女も思いのままだよ?」
「女の子がそんなこと言っちゃ駄目です!」
いつものお約束のやりとり。
多分彼女はちゃんと意味は分かっていない。
「だったら、いつかまた王都に帰ってきてくれる?」
「えぇ、王都にはビンスさんや木漏れ日の人たちもいますから。きっと会いに来ますよ」
「その時には私も『太陽』じゃなくて『生命』がいい」
「「姫さま!!!」」
ブッ! 突然の発言に思わず吹き出してしまった。お付きの二人は血相を変えて注意しているがネムリアさん本人は素知らぬ顔。
ちなみに『太陽』と『生命』というのは僕が女性に触れたときの反応のこと。
王都での治療を重ねるうちにミーナさんやネムリアさんに触れたときの『ポカポカする心地よさ』が『太陽』、大人の女性に触れたときの『快感』が『生命』と呼ばれるようになったのだ。
『美の奇跡』とか『太陽』とか、流石貴族の皆さんは言葉を飾るのが上手い。
あの方の悪ふざけのセクハラ奇跡がなんかすごくちゃんとした神の奇跡みたいに聞こえる。
名前はやはり大事である。
「ナオに、二つ、お願いがあるの」
会話が途切れた、小さな沈黙の隙間。
ネムリアさんがそう切り出した。
「なんでしょう?」
「…… あの人、死んだの」
静かな、いつもと変わらないトーンで語られたその言葉に驚きを隠せない。
「…… ご存じだったんですか」
「やけになって、馬鹿なことしでかさないように、って父様が見張りを付けてたから」
……
「見てただけ。騙されてたときも、上手く利用されてたときも。…… 刺されるときも」
「誰も助けなかった。あの人に関わってナオに嫌われるのが怖かったから」
僕の…… せいか?
「最後まで馬鹿な人だった。我が儘で、自信家で。…… でもね、たまに、ちょっとだけ、優しかったの」
「あの人が誰にも助けてもらえなかったのは、あの人自身の行いのせい。どんなことがあっても付いてきてくれる臣を作れなかった器のせい」
語られるその声色から、ネムリアさんの感情は読み取れない。
ただ、静かに。あるいは、祈るように。
「あの人は、もう、王族じゃ、ないけど。だけど、せめて。亡骸を私たちの父祖の墓に弔ってあげたいの」
「それが、お願い?」
コクリ、と小さく頷く。
「僕はある方に『死んだら終わり』だと教えて頂きました。亡くなった方がどこで眠っていても気にしませんよ」
ただの人として終わった彼が、最後は家族の傍で眠れるのなら。それはきっと悪くない。
出来れば、終わらないように生きて欲しかったけどね。
「プッハッ、ハァー……」
後ろで僕とネムリアさんのやり取りを見ていた強面文官さんが大きな溜息を吐いた。
僕とネムリアさんの視線が集まる。それを感じ取った文官さんが背筋をビシッと伸ばして直角に頭を下げる。
「失礼致しました!」
いや、別に気にしてないけど、すっごい大きな溜息だったよ、何かあったの?
「バカ男の話をしてナオが怒り出さないか心配すぎて息吸うの忘れてた」
ロロ解説助かる。
なるほどね、最悪ネムリアさんがあの人の二の舞になるかも、ぐらい思ったのかな?
「大丈夫。まだ一回目だから」
「?」
一回目? 何の話だ?
「約束。覚えてるよね? ナオ」
「…… あ。『怒る前に一回は注意で済ませる』ってやつですね。勿論覚えてますよ」
そうそう、ネムリアさんと初めてお城で会ったときそんな約束をして下さったんだ。
僕はきちんとしたマナーとかさっぱりだから知らずに間違えても一度は注意して教えてもらえることにして頂いたんだよね。
その後の王都生活でも精神的にかなり助かった約束だ。
「二つ目のお願い。約束を忘れないで」
「この先、もしもヒトがナオを怒らせるようなことをしても。一度だけは改める機会をあげて。お願いします」
そうか、そうだよなぁ。あんなこと、もう無い方が良いに決まってるよね。
「えぇ、忘れてませんよ。約束は守りましょうね、お互いに。 …… あ」
僕だって約束は守って欲しいし、守りたい。だけど……
一つだけ、今まで気付いていなかった問題がある。
「どしたにゃ? ナオ」
「……うん。ちゃんと言っておいた方がいいね」
「僕も約束は守りたいと思っていますけど、それは『取り返しがつく』『未遂だった』場合に限らせて下さい」
もしも万が一、僕のせいでミリアさんに取り返しのつかないことが起こったら。
想像するだけでも恐ろしい。
頭に血が上るような熱と、背筋が凍り付くような冷気が同時に湧き上がってくる。
多分僕は。
「その時は抑えきれないと思いますので」
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