第九十四話 木漏れ日
「これは凄い!」
「全然揺れねぇぞ!? どうなってやがる!?」
「全て言い値で買おう。今後の生産予定はどうなっている? それも全て買い取ろう」
遂に完成を迎えたサスペンション馬車。
今日はそのお披露目会ということで、商人さんや、貴族の人、馬車の製作に関わっていなかったドワーフの職人さんなど、多くの人が王都東の放牧地区に押しかけてきている。
試乗した人たちの反応は大好評のようだ。
僕も開発に少しだけ協力させて頂いた身としてちょっと鼻が高い。
「なあ、完成してすぐなのに、もう公表しちまっていいのか? すぐに真似されちゃうんじゃ?」
「シトリっちの言うこともわかるけど、ベトン商会は元々、革細工の取り扱いが本業で、馬や馬車は副業みたいなものだからな。ユニコーン様の馬だけで充分利益は増えているし、ここからさらに馬車の製作販売にまで力を入れるのは流石に手が回らないって。なら、無理して独占するより恩を売りたい相手に先行して公開する方がいいってことらしいぜ」
「王都で試作馬車の実験してた時から噂にはなってたし無理に隠すと色々危ないかもね。それに、いい馬車が手に入れば一緒にいい馬も欲しくなる、そこにお洒落なデザインの革加工を加える。相乗効果でウハウハ、ってことみたいよ。儲けすぎて恨みを買っちゃうことだってあるんだし」
「馬車を一台売るのではなく、馬車の作り方を売る。そうすれば馬も革も売れ続けますし、ナオ様との約束も果たし続けられるというもの。流石の慧眼ですね、会頭様は」
ランスさんたちの解説を横で聞いて、僕も思わず感心してしまう。
ベータ会頭ほどの一流商人さんともなると常に何歩も先のことまで考えてるんだなぁ。流石。
「サスペンション馬車にこれだけの注目が集まれば、ユニコーン様の加護を受けた馬たちへの余計な詮索も減ることでしょうな。ここまで想定済みとは、流石ナオ様でございます」
…… ん? なんか今ビンスさんからの信仰値が上がった気配を感じたな。
まぁ、もう今更か。
大盛況のまま無事お披露目会は終わり、ベータ会頭はそのまま招待した人たちと商談に入り、ドワーフの職人さん達は祝い酒だ! と叫んで夕暮れの街に消えていった。
僕たちもワイワイとお喋りを楽しみながら帰宅し、お披露目会の成功を祝い、いつもよりちょっと豪華なお食事を頂くこととなった。
「いや、ホント、あの馬車は凄いよな。流石ナオの地元の技術だけのことはあるぜ。今までのとは別物だよ」
「あの馬車ならナオに引っ付いてなくてもゆっくり眠れそう。ロロには必要ないけど、他の奴らは大喜びする」
「旅を望まれるナオ様は旅人すべての助けとなる知恵を我らに…… その慈愛は遍く世界に渡るのですね…… おぉ…… おぉ……」
三人娘は相変わらず。
「私はあの新しい馬車しか乗ったことがないのですが、普通の馬車とはそんなに揺れるものなのですか?」
「メアちゃん、普通の馬車はスッゴイんだから! ガッタン! ゴットン! って。ずっと乗ってると揺れ過ぎて気持ち悪くなっちゃうんだよ」
「マァ、揺れる馬車も乗ってみたい」
「お尻も痛くなっちゃうから止めた方がいいよぉ。あ、でもナオさんのお膝に乗せてもらうと大丈夫なの。揺れるのもちょっと楽しくなるくらい」
「そんな…… 恐れ多いです」
「いいなぁ、ミーナおねぇちゃんは」
大天使with仲良し姉妹は今日も癒しをまき散らしている。
「貴女の父にわたし用の新しい馬車頼んでおいてね。一番最初に作って出来たらすぐにお城に納めて」
「王女様御用達の馬車を納められるなんて父も光栄だと思いますわ。わたくしでは一番最初にとお約束をすることは出来かねますが、父にはしかと伝えます」
ネムリアさんとピチータさんも楽しそうだ。
「って、なんでいるんですか? ネムリアさん!?」
「ビンスに招待された。お忍びだから昼間は目立たないようにしてたけどずっと居たよ? わたし抜きで楽しいことしようなんてズルい」
2か月の王都滞在で分かってきたけど、この王女様はちょっと変わっている。いわゆる不思議ちゃんというやつなのだろうか、マイペースでフワフワしてて、そしてどこか憎めない。
そういえば僕の『美の奇跡』を初めて受けた時、ミーナさんと同じポカポカが発生したことをなぜかとても怒っていた。
よくわからない女の子でもある。
「「「ナオが言うな」」」
なんか聞こえたな?
「ナオ君、馬車の方はもういつでも出立できるそうだ」
「この二か月で俺っちとリンスはみっちり馬車の扱いを勉強したからな。御者は任せてくれていいし、馬車自体のちょっとした故障くらいなら直せるぜ」
「ドワーフのおじさまたちからメンテナンス用の替え部品もしっかりもらっておいたわ。各地の職人さんを紹介してくれる職人組合の紹介状ももらってるから万一の時も安心よ」
ミリアさんたちからそう、告げられる。
僕が王都でのんびり遊んでいた間も、皆さんはちゃんとこれからのことを考えて準備をしていてくださったのだなぁ。
…… そして、その準備が整ったということは、王都を発つ日がいよいよやって来た、ということなのだ。
「ナオ様」
「ビンスさん…… 2か月間、お世話になりました」
「なんの。ナオ様の長き旅の、記憶の一片に留め置いて頂ければ、これ以上の誉れはございません」
ビンスさんには本当にお世話になった。
強くて、優しくて、気配りも完璧で、ダンディな紳士。
ある意味、『理想の大人の男性』みたいな素敵な人だと思う。
「おぉ、大樹よ…… 我らが父よ……」
…… 本当に、僕のことを神様の使いだと思い込んでるところさえなければ……
「実はナオ様にお願いしたいことがございます」
「え? もちろん、僕にできることならやらせてもらいますよ」
ビンスさんが僕にお願いなんてめちゃくちゃ珍しい、っていうかビンスさんから言い出してきたことなんて初めてじゃないだろうか。
「あ、その代わりと言っては何ですけど、僕からもビンスさんに是非受け取ってもらいたいものがあるんです」
僕のその言葉を聞いたビンスさんは一瞬だけ目を見開き、それから静かに微笑んだ。
「それで、お願いというのは?」
「ええ、実を言いますと、私が拓いたこの学び舎、世間では訓練所とか王都学校など、様々な名前で呼ばれているのですが、正式な名というのは決めておらぬのです」
そうだったのか。
僕も勝手に『ビンス塾』って呼んでたけど正式名称がそもそも無かったんだ。
「私が、半ば趣味のような形ではじめたことでございますが、それでも王都に根付き、後進も健やかに育ち、メア嬢やマァル嬢といった若き蕾を護ることも叶うようになってまいりました。この場所はいわば私がこの地に根付き、生きた証。恐れ多いことでございますが、どうかナオ様に『名』を付けて頂きたく」
思ったより重いお願い事が来てしまった。
僕、ネーミングセンスには自信がないんだよなぁ。
…… でも、ビンスさんが創ったこの場所。多くの人が身分を問わず集い、学び、巣立っていく。
この暖かい場所に相応しい名前。
それは考えるよりも早く、僕の口から零れ出た。
「木漏れ日」
木の葉や枝の隙間から漏れて地面に差し込む優しい陽の光。
キラキラと輝き、けれど決して派手ではなく、ただ穏やかに温かい。
この場所にはきっとこの名前が相応しい。
「……」
ビンスさんは何も言わない。
ただ、静かに僕を見つめ、ゆっくりと眼を閉じた。
その姿は、今まで見てきたどんな祈りの姿よりも美しく僕の眼に映った。
「ありがとうございました、ビンスさん。僕はこの世界で貴方に逢えてよかった」
心から、そう思った。
「木漏れ日とは、大きな樹に寄り添い感じるもの。エルフにはこれ以上無い賛辞であろう」
ユニコーンさん。最近めっきり姿を見せなくなってたから飽きてどっかに行ったのかと。
「我がナオに告げもせず離れるものか。我は『ナオとヒトの交流』を観察したいのだ。我がそこに関わっては台無しになりかねんと反省してな。よっぽどのことが無い限り出てこぬようにしようと思っただけである」
「へぇ、思ったよりちゃんと色々考えてるんですね」
「ナオ、お主、我にだけ態度が少し失礼ではないか?」
そりゃ、あの本性を知ってますからね。
僕とユニコーンさんが掛け合い話をしていると周りの皆さんの注目を集めてしまっていた。
こんなに注目されているとちょっと恥ずかしいけど、渡すなら今が一番のチャンスだ。
予め用意していたものをビンスさんに差し出す。
「ビンスさん、これを受け取って下さい」
それは、タバサさんに渡した物と同じもの。
僕が創った『離れてても繋がっている』証の神器。
僕の願いの結晶。
ビンスさん専用のスマホとお守りである。
「これは…… タバサ殿と同じ……」
あるとき、ナオは言った。
この神器はナオが『離れがたい絆を感じている相手』専用のものだ、と。
それを聞いた時、ナオにそれ程に思われているタバサが妬ましい、との思いが心に浮かばなかったと言えば嘘になる。
そんな浅はかで愚かな自分にこれを受け取る資格があるのか……
ほんの僅か、躊躇した。だが、
「ありがとうございます、ナオ様。私も、ナオ様と離れるのは辛い。ですが、私は私の成すべきことのため。ナオ様はナオ様のなすべきことのため。居場所は異なれど、思いと進む道は同じでございます。どうか、旅をお楽しみください」
笑顔で受け取る。それがナオの望みでもあろうし、自分の偽りない心である。
「やったな、ビンス。これでまだまだナオに直接祈れるぞ!」
「おめでとうございます、ビンス様。ランスも、リンスも。これで旅の途中でもお互いの顔が見られますね」
「…… にゃ~?」
三人の娘たちも我が事のように喜んでくれている。我が子らはこれがどれほどの物かまだ実感がないようだ。ふふ、父は今、神器を授けられたのだぞ。そう思うと、少し心が軽く弾む。
「これ、タバサのとちょっと違うにゃ?」
ロロさんがスマホと一緒に渡したお守りを指差して言う。
「ここの模様が違う」
お。気付きましたか。
「そうなのか? おかみさんのもこんな感じじゃなかったっけ?」
「ここ、この模様!」
ロロさんが指差す先には『家内安全』の文字。
タバサさんのお守りは『無病息災』だったから、確かに違う。漢字を知らないロロさん達にはただの刺繍された模様にしか見えない筈なのによく覚えてて区別できたなぁ。
「そこにはこのアミュレットの効果というか、込められた願いが書かれているんです。タバサさんにお渡ししたのには『病に冒されること無く健康でありますように』と言った意味が。このビンスさんのものには『家庭円満、家族の安全』といった意味があるんですよ」
僕がそう言った瞬間、ビンスさんの手の中にあったお守りが輝きだし、淡い光の輪が周囲に広がっていった。
「な、なにごと!?」
光の輪はすぐに消え、辺りに異常はなさそうに見える。
「アミュレットに込められた祈りは家庭の安全なのだろう。そしてあのエルフにとっての家庭とはこの学び舎を含むのだろう。ナオに名を授けられた地がナオの祈りを受け止めたのだ。祝福を受け、加護を授かるのは当然であろう」
え、また僕、エライコトしでかしました……?
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