第九十三話 移ろいゆくもの、移ろわぬもの
王都に滞在して、早2か月。最近少し気温が上がってきている。
僕がこの世界に来たのが入学式の日だったから4月。それから思えば前の世界ではそろそろ夏が来たぐらいだろうか。
この世界、というかこの地域でも季節はあり、それは大体日本とリンクしているっぽい。日本ほど寒暖差は激しくないみたいだけど。
この二か月間に王都観光はしっかりと楽しませてもらった。
市場にも何度も出かけたし、教会にお祈りもいった。
ネムリアさんに呼ばれてお城にも何度か行った。
王妃様とか上流階級の女性たちに『美の奇跡』を強請られたのだ。少し意外だったのは男性の希望者も割といたことだな。お城の貴族ともなると男性でも外見に気を遣うようだ。
そこで新たに判明したのだけど、僕、ハゲと日焼けも治せた。
日焼けは火傷の一種であるらしいから不思議はないけど、毛根まで再生できるとは思ってなかった。必要な人が周りにいなかったこともあって今まで気付かなかったよ。
皮膚病で毛が抜け落ちてしまった獣人さんを治したときの反応は凄かったなぁ。エルフ並みに祈られた。
その後、ハゲ治療は一部の男性から熱狂的に希望されたけど、病気とか火傷とかの特別な理由がない限り基本的にお断りさせて頂いた。肌を綺麗にするのと違ってなんか気が乗らなかったんだよね。
僕の中ではハンナさんのお胸治療に似た分類になるのかな。
なお、そんな理由は誰からも共感は得られなかった模様。
別に構わないんだけど、男性を断る言い訳みたいに思われてたらちょっと嫌だな。
女性相手の方が楽しそう、というのは既にバレている気がするし。
王様たちが上手いことやってくれているみたいで、みんな僕にお願いには来るけどお断りすればその場で素直に引き下がってくれるのは凄くありがたい。
そういえば、元王子様はどうしてるかな? もう会うことはないだろうけど、元気でやれてるといいね。
例の馬車については、最初の一か月くらいで試作品が出来上がっていた。
そこから強度とか、色々検証して改良を進めていくものらしい。
時々見学に行ったし、たまに意見を求められたりもしたけど、大勢の職人さんが魂を込めて開発しているものに口出しできるほどの知見は持ち合わせていない。
本当に勘弁してほしい。
ベータ会頭は忙しく飛び回っているらしく、殆ど会えていないけど、ユニコーンさんの加護を受けた馬は想像以上に素晴らしいものだったそうで、ピチータさんが『時々、何もないのに今まで見たことない気持ち悪い笑顔を浮かべている』と苦笑していた。頑張って稼いで王都一の馬問屋になってください。
ピチータさんとメアさん、マァルさんのビンス塾での勉強も順調だそうだ。メアさんは地頭も良さそうだったけど、特に計算とか算術方面に才能がありそうとのこと。ピチータさんとも仲が良いみたいだし将来はベータ会頭のところで働く美人秘書さんになるのかも。
マァルさんはまず元気に成長するのが第一ということで色々お手伝いをやってるらしい。
ミーナさんが二人と一緒にはしゃいでるのを見ていると三姉妹のようでとても微笑ましい。年の近いお姉さんと妹ができて大天使も大喜びである。
そんな賑やかで穏やかな日々を満喫していたある日の午後、僕はミリアさんと二人で街を歩いていた。
僕と一緒のことが多いいつもの二人、ミーナさんは近頃はメアさんと一緒にビンス塾で授業を受けたりもしだしていて、今日も算術のお勉強を一緒にすると張り切っていた。
もう一人のロロさんはシトリィさんハンナさんの3人娘トリオでギルドの依頼を受けて王都の外に出かけた。
『たまには身体を動かさねぇとなまっちまう』
『ロロも自分の金は自分で稼ぐ。ナオには負けてられない』
『大樹よ……』
とのことだ。まぁ、いつも通りですね。
ちなみにロロさんが言う通り、僕はこの王都滞在中にお金をかなり稼いだ。実感はないが、貴族の人とか相手の治療費やらでかなりのお金が集まったようだ。その辺はリンスさんが上手くやってくれているのでお任せしているが、生活費を自分で出せるようになったのはありがたい。お金はあって困るものじゃないし。僕、今までこの世界では無一文だったからなぁ。
とまぁ、そんな感じで皆それぞれに王都を満喫している結果、今日はたまたまミリアさんと僕の二人で完成間近のサスペンション馬車に試乗してきた帰り道なのだ。
「あの馬車は凄いな。本当に揺れが小さい」
「たった二か月であれだけの形に仕上げてくださったドワーフの皆さんにはお礼を言わないとですね。馬たちも可愛かったし」
ベータ会頭は馬も一緒に用意してくれている。ユニコーンさんの加護を受けた特別な馬たちということだが、それを差し引いても利口で澄んだ目をしたとても可愛い馬たちだ。
相性もあるから、と何度目かの馬車の見学の時に紹介されて、このまま今後の僕たちの馬車を曳いてくれることになった。正式に引き渡してもらったら名前も付けてあげないとな。
「ナオ君は相変わらず馬たちにも大人気だったね。あの様子なら旅の頼もしい仲間になってくれるだろう」
「動物にも『癒し』は発動しますから。馬たちも僕に触れると気持ちいいんですよ」
みんなでワイワイも楽しいけど、たわいない話をしながらミリアさんと二人で歩くのはなんだか特別な感じがして凄く嬉しい。
そんなことを考えていると、ミリアさんがふと切り出した。
「ナオ君、この際だから聞かせてくれ。ビンスやハンナだけじゃなく、いまではベトンの会頭も、恐らく王たちも君のことを『神の子』だと思っている。神の子が人間のふりをしているが慣れない嘘をついているのでバレバレなのだ、とね。君も、そう思われていることに気づいていないわけじゃないだろう?」
「……」
「そのことについて、君自身はどう思っているのだろう? 正直、もはや誤解を解く、なんて段階の話では無くなっているよ」
僕だって馬鹿じゃない。確かにそういう風に思われているのは感じていた。
「なんとなく気付いてはいました。だけど、もう気にしないことにしたんです」
ミリアさんは僕の言葉に少し驚いたように目を真ん丸にする。可愛い。
「それでいいのかい?」
「誰にどう思われていようと僕は僕ですし、今更性格や行動も変えられませんし。過度に崇められたいわけじゃないですけど、ビンスさんでだいぶ耐性もついてきましたしね。このままの僕でも気にせず仲良くして下さる方もいてくれますから。それで充分かなって」
こんな僕でもタバサさんはいつでも帰っておいでと言ってくれた。
ロロさんはいつだって遠慮なく我儘だし、ミーナさんは完璧な天使だ。
それになにより。
僕の本当の正体を知っていて、心配して声をかけてくださるミリアさんがいるのだ。
仲間や友達は多い方がいいんだろうけど、ずっと友達が少なかった僕にはもう十分すぎるくらいだ。
「そうか。君がそう思っているのならいいんだ。余計なお世話だったようだね」
静かに眉を下げて困ったような顔で笑うミリアさん。
「綺麗だ……」
「ん? 何か言ったかい? ナオ君」
「いえ、なんでもありません」
長いまつ毛が、ダークブロンドのキラキラした前髪が。
少し優しくなり始めた初夏の午後の日差しに照らされて。
とても綺麗だった。
この世界に来て、最初に出会えたのがミリアさんで本当に良かった。
ミリアさんがいる世界なら、僕はずっとこの世界を好きでいられる。僕は、その日ふと、そんなことを思ったんだ。
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今月中にあと一話更新したい。




