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第九十二話 対価の行く先

ちょっと短いですが。

ベトン商会のベータ会頭に用意していただくことになっている僕たち用の馬車。

その製作現場の見学に行ったところ、僕のうろ覚え知識から馬車職人さん達の夢が走り出すことになった。

その結晶を受け取るため、王都に二か月滞在することが決まった日の翌朝。


「「……」」


僕の前には二つの土下座が並んでいた。

なんでこの世界の人たちはみんな、すぐに土下座したがるんだ。爽やかな朝を返して。


「で、今度は何事ですか?」

「「サスペンションの知識に対する対価をお支払いしたく!」」


あ~、そうなるのかぁ。

土下座の正体はベータ会頭と昨日のドワーフ職人さん。

新しい技術の可能性に熱狂しすぎて、それを提供した僕に対価を払い忘れてしまった、というのが彼らの言い分である。


僕としてはうろ覚えの雑談をしただけだから、そこから何かを生み出せるのならそれは職人さん達の情熱によるものなので対価を頂くようなことではないと思うけれど。


「「……」」


全力で頭を下げている『本気』の方々にそれを言うのは彼らの夢を軽んじているように伝わらないだろうか。

何か相応しいものを提供してもらう方が、胸を張って開発に突き進んでいただける気はする。


「うーん……」


どうしたものかと悩んで頭を捻るとベータ会頭がビクリと反応した。なんかすげぇビビられてる気がする。

うかつに独り言も言えないこんな世の中。


「とりあえず、土下座している人と会話をする心の強さは持ち合わせていないので、普通に座っていただけませんか」


そういうとベータ会頭はおずおずと、ドワーフさんはササッと、椅子に座りなおしてくれた。


「いやぁ、すまなかったな、坊主! 昨日ははしゃぎすぎちまって肝心のお前さんに礼をしわすれちまった!! 本当にすまん!!」


悪びれた様子はなく、豪快に笑い飛ばすドワーフさん。実際、何も悪いことしてないんだから悪びれる必要はないんだけどね。


「いえ、構いませんよ。それだけ真剣に僕らの馬車のことを考えていただいたということですし」

「そりゃあ真剣にもなるぜ! あんなモンおしえられちゃあなぁ!!」

「正直、僕はただの雑談のつもりだったのでそれ程の価値があるとは思えないんですが。聞きかじった程度なので詳しいことは何もご説明できませんでしたし」

「それが良いんだよ。坊主の話は確かに細かいことはわからなかったが、理屈はちゃんと通ってやがった。試行錯誤して細部を詰めりゃあ実現出来る可能性は充分ある。まずは素材だな、金属か、植物か魔物素材か。粘液は樹液がいいのか、スライム系の体液をつかうか!? くぅー、想像しただけでワクワクしてきやがるぜ!!」


テンションが上がって来たのか早口でまくし立てるとソワソワしだし、今にも飛び出していきそう。今すぐにでも試してみたいことがあって仕方無いといった様子だ。


「発想と技術はそれぞれに別の価値をもつものでございます。ナオ様のご教授が無ければ我らはサスペンションというものを思いつくことすらなかったでしょう。そして彼らの技術がなければそれが形になることも無い。その価値に相応しい対価をご相談させて頂きたく、参上仕りました」


か、堅い。堅いよ、会頭さん。前はもうちょっとフランクじゃなかったですっけ?


「僕、別に欲しいものってないから対価って言われても困るんですよねぇ。…… うーん、それじゃあ職人さんはこれから新しいもの発明したら、僕に見せて下さい。で、また何か面白いもの思い出したらお話ししますから、その時は聞いてください。会頭さんは新しい馬車で利益が上がったらその利益の一部を使って王都や他の街にある孤児院の支援をお願いします。ブキシトンのミタお婆さんのところと同じく、無理のない範囲で細く長く続けていただけると嬉しいです」


何も要求しないのもアレだし、このくらいがいい落としどころじゃない?


「そんなんでいいのか、坊主? ってかおめぇさん、他にもなんか知ってやがんのか!?」

「ナオ様のお望みのままに」


うん、良かったみたいだね。ドワーフさんに食いつかれたけど、そんなすぐにいいアイデアは出ないので落ち着いてください。




「これからの技術の進歩を直接確認していきたいってことなんでしょうね、ナオ様」

「富の再分配…… 自分が介入した影響をヒトの世をより良くする方向へ導いている、ってことか、ナオッチから見れば」


そして、ごく自然に誤解を深めていくエルフが二人。

なお、あとの二人は既に手遅れなのでこの程度では何も変わらない模様。




僕の平穏な朝を破壊した元凶たちは目的を達して満足げに去って行った。


「国中から職人どもを集めてるんだ! 期日までにすっげぇのを作ってやるから楽しみに待ってろよ!!」


という不穏な言葉を残して。

嫌な予感がする。

何かのフラグな気がしてしょうがない。

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