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第九十一話 夢に向かって

ベトン商会の会頭さんが用意してくれるというオーダーメイドの最高級馬車。その製作現場を見学に工房を訪れた僕はそこでお会いしたドワーフの職人さんに『サスペンション』のごく簡単なイメージをポロッとお話してしまった。


それがどうやらドワーフさん達の職人魂を強く揺さぶってしまったらしく、会頭さんまで巻き込んでの熱狂の嵐が吹き荒れ、そして、今。

僕の前には土下座ドワーフ軍団がいる。

どうしてこうなった。




「つまり、ナオッチのアイデアで作った馬車なんだから、最初に使うのはナオッチじゃないと駄目」

「だけど実用できる状態まで完成させるには時間が必要」

「それまで馬車は完成しないのを認めて欲しい、と」


それがお願いごとだったわけだ。

まぁ、集団土下座の理由はわかった。


「サスペンションの開発は皆さんで進めて頂いて、それとは別にサスペンションを使ってない普通の最高級馬車を作っていただくわけにはいかないんですか?」


普通の最高級ってなんだよ。


「あぁん!? バカなこというんじゃねぇ、小僧!!!!」

「俺たちゃ、おめぇに『最高の馬車』を渡す契約で集まってんだぞ!!!」

「それを妥協しろってか!? ふざけやがって!! 小僧じゃなきゃぶん殴ってるとこだぜ!!」


とても怒られた。どうやら僕の不用意な発言は皆さんの誇りを傷つけることになるらしい。


「失礼しました」

「わかってくれりゃいいんだ!!」


迂闊な発言を謝罪するとカラッと笑って許して下さった。


「で、どのくらい時間が必要なんですか?」

「一…… いや、二か月だ! 二か月くれ!!」


聞いてはみたけど、新技術の開発に掛かる時間が二か月というのが長いのか短いのかすらわからん。


「ビンスさん、どう思われますか?」


こういうときには頼れる男、ビンスさんに聞くのが一番!


「…… ランス。どう思う?」

「えーっと、元々各地に通達を出すのと、馬車の製作でひと月は掛かるみてたよな。それを思えば新しい技術の開発で追加でひと月なら早い方じゃないか?」

「ベトン商会さんの馬の都合もあるもんね。私も妥当だと思うわ、パパ」


…… ビンスさん。そっか。


「うむ。しかし、いかにナオ様の助言があるとはいえ、二か月というのはむしろ短すぎるようにも思える。ないとは思うが、中途半端な仕上がりのものをナオ様にお渡しするようなことは絶対に許さんぞ」

「馬鹿な事いわんでくだせぇよ、ビンス様。半端なもん渡すくらいなら、おらぁ、この腕を切り落とす! ふた月! それで完璧に仕上げてみせる!! どうだ、小僧!?」


どうやら二か月はかなり短い期間って感覚のようだ。

僕もそれぐらいなら構わないと思うけど、ミリアさんはどうだろう?

チラリとミリアさんの顔を伺いみる。


「私も二か月は短いくらいだと思うよ。急ぐ旅路でもない。ナオ君さえ良ければお願いしてもいいんじゃないか」


元々この旅はミリアさんの里帰りなんだ。そのミリアさんが良いと言ってくれるのなら、問題はないか。


「それに、揺れない馬車は私も欲しいよ。本当にお尻が痛くならないというのならありがたい。…… ナオ君に癒してもらうのは少し気恥しいからね」


そう言って少し恥ずかしそうに、悪戯っぽく笑うミリアさん。可愛らし過ぎるだろ。好き。




「僕も楽しみです! それじゃ皆さん、よろしくお願いします」

「「「「おぉよ!!!!」」」」


大きな返事と共に走り出すドワーフ軍団。

早く色々試したくてウズウズしてたんだろうなぁ。




蜘蛛の子を散らすようにドワーフ軍団が去って行ったあと。


「あ、会頭さんだ」


一方的に拉致されてきたあと、事情を理解してからは一緒に盛り上がっていたはずの会頭さんだけ、その場に取り残されていた。

まぁ、会頭さんは製作には直接関わらないだろうから今すぐに駆けだすような用事はないか。


「」


会頭さんは、なんとも言い難い表情をしている。

ニヤニヤして、キリっとなって、眉間にしわを寄せて考え込んで…… どういう感情?


「なんだあれ、ちょっと気持ちわりぃな」

「刺す?」

「失礼ですよ、シトリィ。ロロもすぐに刺そうとしないで」


「あれは揺れない馬車が完成したあとの各地に及ぼす影響を考えておるのだな。利益は計り知れんが、儲けすぎても恨みを買うことになる」

「そんなに儲かるのか? …… いや、本当に揺れない馬車だってんなら誰でも欲しがるな。それを独占できりゃあ儲かるな、アタシでもわかる」

「揺れない馬車にユニコーン様の加護による早く丈夫な最高の馬。大陸の流通を左右するくらいの話になるんだろうなぁ」



あ、会頭さんがこっち来る。


「ナオ様、お授け頂きました知識は職人と協力して必ず完成させてみせます!」

「あ、はい。宜しくお願いします」

「その暁には、最高の馬と最高の馬車を献上させて頂きます!」

「ありがとうございます」

「それから…… その後のお話なのですが」


あ、これからが本題だな。


「開発した技術は、広く公開させて頂きたく」

「え?」


せっかく開発するのに公開しちゃうの?


「すげぇ新技術なんだから独り占めした方が儲かるんじゃないのか? 会頭さん」


シトリィさんも僕と同じ疑問を持ったようだ。


「私たちだけでは生産が追い付かんよ。おそらくは今ある馬車をすべて過去のものとし、今後の馬車の基本となっていく技術だ。一商会が抱え込めるものではないし、すべきでもない」



「伊達にナオッチに選ばれてないなぁ、ベトンさん」

「流石の慧眼ですわ、ナオ様」

「もちろん、最大限の利益を確保するために公開のタイミングは見計らうし、充分に恩にきせますが」



そう言って爽やかに笑う会頭さん。

商人が利益を上げることに後ろ暗いことは何もない、そういう笑顔だ。

理系で頭が切れて、娘には愛情を注いで。

孤児院に出資もするし、自分の仕事に誇りを持っている。

面白い人だな。


「それで結構ですよ、ベータ会頭」

「…… ハッ! 感謝いたします!」

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