第九十話 価値のある
「ナオ君、少しいいか」
「あ、はい」
「キミは城で私たちに手を出すなら国を亡ぼすと言ったそうだね」
「え…… まぁ、僕のせいでご迷惑をお掛けするわけには……」
「ビンスや大勢の前でそんなことを言えば、周りがどう思うか。考えなかったのかい?」
「ミリアさんを守る為なら、僕はどう思われようと構いませんよ」
「私やミーナの日常は、キミや、誰かの犠牲の上には無いよ」
「……」
「私たちの幸せを守ってくれると言うなら、その中にはキミの幸せも含まれている」
「……」
「キミ自身の幸せは何処にある? もう一度、考えてみてくれないか」
ビンスが王都残留をナオに報告したその日の深夜、ビンスによって3人のエルフが集められていた。
「で、話ってなんだよ、親父殿」
「みんなには…… いえ、ナオ様には聞かせたくないこと?」
「ビンス様……」
ランス、リンス、そしてハンナ。
「私は王都に残る。その真意を諸君らには伝えておきたい」
「親父殿……?」
諸君ら。
この場にはハンナもいるとは言え、父にそんな呼ばれ方をしたことは今まで無かった。
その言葉に少し違和感を覚えた。
「夕食の折にも話したが、此度の城で、ナオ様は『国を亡ぼす』と口にされた」
「ナオ様がそんなこと本当にするなんて、思えないわ」
「そうだよ。頭でっかちどもにわからせる為の脅しだったんだろ」
「ハンナ嬢はどう思われる」
「脅し…… であったとは思います。ですが、ナオ様が口にされたのであれば、実際に出来るのでしょうし、いざとなれば…… 実行もされるでしょう」
二人の兄妹は自分たちとは違う、恐ろしい意見に息を呑む。
ハンナの言葉を受けて静かにビンスが続ける。
「ナオ様は必要だと思われたなら躊躇わずそれを成されるだろう。それは怒りなどと言った感情では無く、目的を達する為の手段の一つとして世界を亡ぼすという選択があり得るお方なのだ」
神罰とは、神とは、本来そういう存在である。
「ロロが言っていた、『ギリギリでみんな死んでたかも、危なかった』ってアレ。マジで的を得ていたってのかよ」
「「……」」
「此度は免れ得た。だが、『次』がこう収まるとは限らぬ」
『次』。そう、愚か者が万が一ナオの逆鱗に再度触れたら。今度こそ最悪の結末を迎えるかもしれない。
「それを防ぐために我らはあらゆる手を打たねばならん」
「やはり…… ビンス様は自らを盾とされるおつもりなのですね」
「どういうことよ!? パパ」
「私が王都に残っておれば、万一の時にナオ様が王都を巻き込む神罰を下すのを躊躇って下さるかもしれぬ」
永く暮らした愛する街が亡ぶのなら、自分も共に。
そんな思いもあった。
「親父殿…… 俺たちはナオ様のお側で何をすればいい」
「諸君らはナオ様と旅をし、共に楽しめばよい。媚びる必要はない、見張る必要もない。ただ、共に旅を楽しみ、この国が、この世界がナオ様にとって価値あるものだと思っていただくのだ。それは若い諸君らにしか出来んことだ」
ランスは同性の友人として、リンスはムードメーカーとして、ナオに認められている。
そしてハンナは、恐らくナオが選んだ当代の大樹の巫女なのだろう。
「私たちがナオ様と仲良くなることが、パパと王都を守ることに繋がる…… ってことだよね。フフン、楽勝よ! なんなら口説き落としちゃうわよ!」
「…… あぁ、任せてくれよ。ナオッチは面白くて優しい、良い奴さ。そいつと一緒に馬鹿やって笑い合えば良いんだろ? 俺っちの得意分野だぜ」
「アンタはそれでいっかい怒らせてるけどね」
「…… ああ、それで良い。私やハンナ嬢では信仰心が先走ってナオ様にそのような態度はとてもとれんからな。ナオ様のこと、それから二人を頼む、ハンナ嬢」
「父なる大樹に誓って」
人間の街に住み、人間の妻を娶り、子まで授かった老エルフ。
人間を母に持ち、街で産まれ育った森を知らない双子のエルフ。
最も醜いとまで言われ森を離れ、最も美しく生まれ変わった若きエルフ。
エルフという種の中でも、とびっきりの変わり者ばかりが集まり、密かに交わされた静かな誓いであった。
ほんの少し気怠い気がする朝。
いつもより少し遅い時間に目が覚めた。
「…… 今日は、どうしようか、な」
特に予定の無い日って、いつもどうすごしていたっけ。
ぼんやりとそんなことを考えていたら元気な声が聞こえてきた。
「ナオさーん、起きてる~? お母さんたちが馬車作ってるの見に行くんだって! ナオさんも行こ!!」
「今、行きます!」
気怠い朝に天使が舞い降りた。呆けている場合じゃない!
昨夜、話題に出ていた会頭さんが僕たちのためにオーダーメイドしてくれるという馬車。
シトリィさんが張り切ってそれを作っている工房を見学に行くと言い出したのでみんなで行こうということになったのだそうだ。
今後、旅を共にすることになるのだから、どんなものかも気になるし、希望があるなら今のうちに伝えておく必要もあるとのこと。なるほどね。
ワイワイとお喋りを楽しみながら工房までの道を歩く。
「最高級の馬車を用意してくれるらしいけど、良い馬車ってどんなのなんだろうな」
「ロロはフカフカのベッド付きが欲しいにゃ」
「ミーナは可愛いのがいい! お花とか付いてるの!」
「ナオッチはどんな馬車がいい? 地元ではどんな馬車を使ってた?」
「地元では馬車って殆ど使われてなかったんですよね。しいて言えばもう少し揺れない馬車が欲しいですねぇ」
僕自身は揺れようがどうしようが、酔うこともお尻が痛くなることもないんだけど、それはそれとしてあんまり揺れが激しいと落ち着かないんだよね。
「わかります、長く乗ってるとどうしてもお尻が痛くなっちゃいますよね」
「ナオさんのお膝に乗ってれば大丈夫だよ。今度からかわりばんこしてあげる!」
「ロロは絶対譲らんにゃ」
ハンナさんをお膝の上に…… だと……
うむ、くるしうないぞよ? ウエルカムである。
残念ながらミーナさんとロロさん以外の女性陣は僕に長く触れていると問題があるため、魅力的な提案は即却下されてしまった。
もう一度言うけど、僕はウエルカムですよ? オールウェイズ。
そんなこんなでたどり着いた馬車工房。
大きな身体をした人間の職人さんと小柄だけどずっしりとした身体のドワーフの職人さんが入り混じってトンテンカンテンと作業をしている。
「おぉ! 坊主!!」
遠巻きにそれを眺めていると一人のドワーフさんが僕を見て駆け寄ってきた。
「あんときゃありがとよ! 全く助かったぜ!」
ゴツゴツとした硬い掌で僕の肩をバシバシと叩き、豪快に笑うドワーフさん。
…… 誰?
荷崩れ事故のときのドワーフさんだった。
あの時は王都では知らない人の方が少ないランスさんリンスさんと一緒にいたのでビンスさんの関係者だとは思っていたらしい。珍しい魔道具も持ってたし。
そこに、ベトンの会頭さんがビンスさん関係の馬車製作の依頼を出しているとの話を耳にし、どうやら僕が使う馬車を作るらしい、との情報も得た。
そこで張り切って知り合いの馬車職人のドワーフを片っ端から引き連れて製作に当たってくださることになったのだそうだ。
「坊主はどんな馬車が欲しいんだ!? ベトンさんからは金に糸目は付けねぇからとにかく最高の馬車をって言われたんだが、使う奴の希望もきかねぇと『最高』にはならねぇからな!!」
とても圧が強くて声がでかい。いい意味で暑苦しい。
「ナオッチは揺れない馬車が欲しいってさ」
「揺れねぇ馬車かぁ! 馬車職人ならみんな一度はその夢を見るんだ!! だが、まぁ、これが難しい!!!!」
声がでかい。
「サスペンションとか使うとだいぶ揺れはマシになると聞いたことはあるんですけどねぇ」
「サスペンション? なんでぇそれは?」
ちょっと呟いたらめっちゃ食いつかれた。だけど、僕、全然詳しくないんだよね、その手の知識。
バネと、オイルが入った筒みたいなのを組み合わせて揺れを吸収するとか、そんな感じのイメージだけ知ってる。
そして、そんなイメージだけを伝えたらドワーフさんがブツブツと呟きながら考え込んでしまった。
「粘性の高い液体で、バネの伸縮を抑える…… それが揺れを吸収する……?」
「こうしちゃいられねぇ!!!!!」
そしてすぐに大声をあげて走り去っていった。
なに、僕、うろ覚えで知識チートしちゃった?
「職人が慌てて走って行ったようだけど、何かあったのかい? ナオ君」
「よくわかりませんけど、問題は無いと思います。多分」
驚いてやって来たミリアさんとお話していたら、走り去ったドワーフさんがまた戻ってきた…… けど
「増えた!!」
なぜかお仲間のドワーフさんをたくさん引き連れ、ドワーフ軍団と化してすごい勢いで駆け寄ってくる。
「襲撃か!?」
「こんな街中でいい度胸」
違います、落ち着いてください。
「坊主、さっきの話、もう一度詳しく聞かせてくれ!」
「ここはどうなってる!?」
「じゃあ、こっちは!?」
根掘り葉掘り、というのも生易しい質問の波が怒涛のように押し寄せて来た。
いや、だから僕本当に詳しくないんですってば!
「連れてきたぞ!!!」
今度は何?
「は、放せ! 落ち着け!!」
あ、会頭さんだ。
ドワーフさんに担ぎ上げられて強制的に運ばれてきた。
「ベトンの! やべぇぞこりゃあ!!」
「革命だ! 革命が起きやがる!!」
「わかった、わかったから! まずは、落ち着いて説明してくれ!」
「馬鹿野郎!! これが落ち着いていられるか!! なめんじゃねぇぞ!!!」
「す、すまん」
そして、なぜか会頭さんが怒られてる。なんて理不尽なんだ。
その後もしばらく狂乱は続き、やっと落ち着いてきた。
「なるほど、確かにこれは……」
「坊主の地元で実際に使われていた技術ってだけあって、理屈は完全に通ってやがる。あとは全体の強度とか、肝心の粘っこい液体とかを詰めていけば……」
「「「「揺れない馬車が出来る!!!!」」」」
うーむ、大変盛り上がっている。
元々理系っぽかった会頭さんは説明を聞いただけでなんと大体理解出来てしまったらしい。
説明した僕は正直あんまりわかってませんよ?
「なあ、あれ、ナオっちの地元の技術なんだよな……?」
「まぁ、そうですね」
「あの人たち、勝手に真似しようとしちゃってるけど…… 許される?」
「ドワーフがああなったら、もう止まらないぜ。それこそ命尽きても、酒が切れても仕上げるまで突っ走るだろうな」
「僕はうろ覚えの話をしただけですから、そこから再現されるのであれば、それはもうあの方たちの技術ですよ」
「坊主!! 頼みがある!!」
「なんでしょう?」
「坊主の話で理屈はわかった! あとは試行錯誤を繰り返していきゃあ絶対に『揺れない馬車』は出来る!! 作ってみせる!!!」
「はい」
「その完成品の第一号を使うのは! 絶対に坊主じゃなきゃいけねぇ!!!」
「はい。 ……? ん?」
そうなるの?
「だから! 頼む!!」
「「「「俺たちに時間をくれ!!!!」」」」
ドワーフ軍団がそろって僕の前で土下座している。
どうやら土下座はエルフの専売特許ではなかったようだ。
うん。
えっと、つまり…… どういうこと?
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