第八十八話 かごのそと
今後、旅を続けていくにあたり、僕の力を目当てに面倒な貴族とかが寄ってくるのはほぼ確実だと皆さんに言われたので、ビンスさんのコネを使って貴族の親玉である王様に便宜を諮ってもらえるようお願いしにきた僕。
王子様を元王子様に変えるなど、多少のトラブルはあったものの、僕の能力のお披露目は無事終わり、ビンスさんと王様のお話し合いが始まった。
得意の丸投げを発動し、ちょっと手持ち無沙汰になっていた僕は勝手についてきていたユニコーンさんと、マイペースでのほほんとした印象の王女様とのお喋りを楽しんでいた。
「ナオ様、お疲れ様でございました。あとはこのビンス、責任を持って細部まで詰めさせて頂きますので、本日はもうお戻りになってお休みください」
そうこうしているうちにビンスさんが『後は任せろ!』と言ってくれた。偉い人たちの前にいるのはそれだけでちょっと緊張するので非常に嬉しいお申し出である。
けど、いくら丸投げしているとはいえ、僕だけ先に帰ってしまうのは流石に気が引ける。
とはいえ、此処に居ても手持ち無沙汰なのも事実。
うーむ、どうするか……
あ、そうだ!
「さっきの話だと、僕の力の確認のために治癒が必要な方が他にもお城に集められているんですよね? そちらに伺って治療させて頂いてもいいですか?」
「おぉ、なんと慈悲深い…… 集めた者たちの中に、ナオ様の条件に反しているものはおるまいな?」
「勿論である、ビンス殿」
ビンスさんが改めて王様に確認を取ってくれたので、僕は安心して集められた人たちを癒しにいくことに。
何故か、王女様も侍女さん達と一緒についてきたけど。
「ナオ、他の人も治したあとでピーちゃんも診てあげて」
ピーちゃんは王女様のお友達の小鳥さん。最近元気がないらしい。
そうだね、心配だもん、少しでも早い方がいいよね。
「勿論、構いませんよ」
ナオが去った大広間にて
「なぜ、あんな危険なヤツを王城に入れたのだ、ビンス殿!」
元王子・タギネスがビンスに食ってかかる。
「ナオ様は普段は非常に温厚なお方なのだ…… タギネス殿はそのナオ様の恐らく唯一の逆鱗に触れられた」
殿下、ではなく名前で呼ばれたことに気色ばむタギネス。
王族であり、第一王子である自分を呼び捨てにするとは何たる不敬か。
「タギッ……!? ビンス、貴様!!」
「控えよ、タギネス。今はお主に構っている余裕はない」
「なっ…… 父上!?」
「お人よしだが優しくない。心も広くない。怒らないのは逆鱗に触れてないだけ…… あの娘の言っていたことは悉く的を得ていたわけだ」
軍務卿が独り呟くのに反応するように宰相も口を開く。
「しかし、本当なのでしょうか? 国を亡ぼす程の病や飢饉を起こせるなど」
「虚言であればもう少し現実味のあることを言うだろう。聖獣を伴い、聖剣を砕く相手だ。恐らくできるのであろうな。実際にやりたいわけではない、というところも含め、嘘はついていなかったと思われる」
「では、一種の脅しだったと?」
「恐らく脅しではあった。ただし、理由があれば仕方ないと考え、実行するというのも確かだろうな」
「それだけの覚悟を持っていた……」
「いや、覚悟の色などなかった。それが当たり前だからやる、そういう態度だ。…… 何の覚悟も、気負いもなく、国を亡ぼす気だったのだ」
「アレは…… 人ではない」
軍務卿が零した言葉を王が引き継ぐ。
「聖獣たるユニコーンがあの方を最初何と呼んでいたか…… 気づいたものはおるか」
『神の子』
初め、聖獣はナオをそう呼んだ。途中、ナオからの目配せを受けて以降、呼び名を改めていた。
混乱のさなか、ごく一部の者だけはそのことに気付いていたが、タギネスをはじめ多くの者は気付いていなかった。
静寂が広がる。誰も、言葉を発することが出来なくなっていた。
「父上は…… 最初からご存じだったのですか」
絞り出すようにタギネスが問う。
「ビンス殿から聞かされてはいた。だが、あまりにも信じがたいことであったので、それも含めて此度の会合で確認するつもりであった」
認識が甘かった。『父なる大樹』の狂信者とも言えるビンスが根拠もなく『神の御子』などと口にするはずがなかった。
信仰が絡むと熱意が高くなりすぎるビンスのことだ、大げさに言っているのだろうと読み誤った、その結果。
我が子を、失うことになった。
「ビンス殿、改めてお聞かせ願いたい。あの方は…… 本当に神の御子であらせられるのか」
「ご本人は『与えられしもの』ではあるがそれ以前は普通の人間であったと仰られている。が、ともに過ごすうち、そうではないと確信するに至ったのです。本来、嘘や虚飾と無縁な方なので、誤魔化すのが…… 御下手なのです」
隠すならもっと上手に隠してほしい、と嘆いていたシトリィの顔が脳裏に浮かぶ。
改めてビンスの話を聞く一同の顔に、もはや疑いの色はなかった。
「我らはどうすればいいのです!?」
「普通にしておればよい」
たまりかねた様に叫ぶ声を軍務卿が静かに窘める。
「し、しかし! 放置するのはあまりに危険では!?」
「放置ではない。普通にすべきなのだ。恐らくナオ様は本来は人を癒すこと自体がお好きで、傷つけることはお嫌いなのだ。下手に欲をかかず、普通に接してさえいればあの奇跡を享受できる筈だ。ビンス殿の本意もそこにあったはず」
「…… ナオ様のお力を見れば暴走する愚か者は必ず出る。そう思ったからこそ根回しを願った」
「愚かだと!? この俺に向かって愚かだとほざくか!? 貴様が最初からそう説明しておけばよかったのだろうが!」
「説明されて、納得したか?」
なおも喚くタギネスをビンスは歯牙にもかけない。
ナオに「あまり好きではない」と言われた男など、視界にも入れたくない、会話する価値などない。
「先ほど王女殿下がなさったように、普通にお願いすれば快く応じて下さるのです。少なくとも神罰が下るようなことは無い。だが、ただそれだけのことが、難しい。欲望とは誠に御しがたいものです」
あるいはナオの存在こそが、ヒトに与えられた『神の試練』なのかも知れない。ふと、そんなことを思ったビンスであった。
「陛下、タギネスの今後の処遇は…… どうなさるおつもりでありますか」
沈黙を守っていた王妃が重い口を開く。
本当はわかっている。
彼女の夫は、父であり夫である前に、王である。
自分が泣いて縋ろうと、王の結論は変わらないであろう。
ただ、息子のこれからの苦難を思う。
幼い妹ですら察していた。
それなのに、自分の置かれた境遇にまだ気づけていない。
そんな愚かで可愛い息子が、哀れでならなかった。
「母上、何を言われるのだ。確かに見た目は大きく変えられてしまったが、あの怪物はこれが罰の全てだと言っていたではないか。廃嫡も不要と。髪は鬘かフードで誤魔化すしかなかろうが、顔はいずれ見慣れるであろう。神の逆鱗に触れたというのであれば口惜しいがこの程度は受け入れるほかあるまい」
タギネスも決して愚かだという訳でもない。ただ、直情的で、思慮が浅く、思い上がりが甚だしかっただけだ。
生意気な平民が神の子であったというのならそれを怒らせた自分に多少の非があったのだということを認めることは出来た。
理性的に考えれば神の子に斬りかかった自分にまだ命があるだけ相当に慈悲深い扱いではある筈なのだ。今は感情が先に立ってしまい決して認められないが。
「母上ではない。王妃殿下と呼ばぬか」
「何を馬鹿なことを言っているのだ、父上?」
「お主が『王子でなくなる』ことでこの国は許されたのだ。この国にもはや第一王子・タギネスはおらんのだ」
悲痛な、しかし、よく通る、腹から絞り出した王の言葉であった。
「貴方を王にすればこの国には近寄らない。貴方がいずれかの領地を治めるのならその地には近寄らない。貴方の家族・友人にも関わらない。あの少年はそう言っていた」
軍務卿が言葉を繋ぐ。
「気まぐれだとしても、頼めば落とした手すら生やし、光を失った目に輝きを取り戻す、美と健康を与えてくれる存在が、貴方と貴方の周りにだけは関わらない、と宣言したのだ。もはやこの国のどこにも貴方を守るものは…… いない」
「一人の父であったなら、その重荷を分かち、苦難の道をともに歩くことも出来たであろう。だが、この国を背負う王として、お主に今後関わるわけにはいかぬ。当面の…… いや、平民としてなら一生食うに困らぬだけの金は用意しよう。近日中に、城を出るのだ」
「う…… あぁ…… え……?」
「タギネス殿。神が創りたもうた世界に、神に避けられた者が安らげる場所は、無いのだ」
自分の置かれた状況がまだ信じられず、言葉にならない声を漏らすだけのタギネスにはビンスの言葉の意味がわからない。
誰も言葉を発せない重苦しい空気の中、タギネスの声なき悲鳴だけが続いていた。
「ピーちゃんは狭い鳥籠にずっと閉じ込められていたので心が疲れて元気がなくなってしまっていたようですね」
「…… そっか、ピーちゃんもずっと広い空を自由に飛んでいたかったんだね」
「だが、人に飼われた鳥はもう野生には戻れぬ。籠の外では長くは生きられまい」
「籠から出たいけど、籠の外じゃ生きていけない。ピーちゃんも……」
王女様…… ネムリアさんの小さな呟きがやけに耳に残った。




