第七十九話 続く、世界
「さ、それじゃ、ここを出ましょうか」
「手間を掛けさせたな、神の子」
彼は解放され、タイグウにも触れ、目的を果たしたのでもうここに用は無い。
まずはミーナさん達と合流して、彼を自由にし、女の子たちのこれからを決めないと。
「おい、私に何をした!? 私をこれからどうしようというのだ!?」
拘束されたままのタイグウが騒いでいる。動けるようにしたらしたでめんどくさそうだからこのままでいいかな。
あ、そうそう。
「あなた、太りすぎですよ。身体のあちこちに悪い影響が出てました。軽く整えておきましたけど、これからは暴飲暴食は控えてくださいね。命を縮めますよ」
タイグウ、あの体形で健康な筈はなかった。いわゆる生活習慣病のてんこ盛り状態で、ほっておいたらそのうちポックリ逝きかねない感じがあった。
「し、死ぬというのか……? 私が……? 話が違うではないか!!」
「いや、オッサン、顔色はむしろ良くなってるぞ。ナオが癒したっていうんだから、元々なんか病気だったんじゃねぇの?」
「な…… な……?」
ロロさんの件と、曲がりなりにも子供たちの面倒を見ていた分はこれで差し引き0ってことにしよう。
僕とユニコーンは連れ立って厩舎の外に出る。
子供たちもしっかりとシトリィさん達と一緒について来ている。
薄暗い小屋から外に出ると太陽が眩しい。
涼やかな風と遠くを走る馬たちの姿が牧歌的でいい風景だ。
拘束が解けてもまだポカンとしたままその場を去る僕らを見送っていたタイグウが慌てて後を追いかけてくる。
「ひっ!? ヒィィィィィ!!」
そして、外に出た途端に青褪め、悲鳴を上げて座り込む。
「なんだ、どうした、あのオッサン」
「ふむ、これほどか」
「これが神罰……」
ガクガクと震え、舌の根も噛み合わない様子のタイグウが叫ぶ。
「私に一体、何をしたのだ! お、恐ろしくてたまらぬ。だが、なにが恐ろしいのかも分からん……」
恐れているのは姿か、匂いか。蹄の音か?
「ナオ、あのオッサン、何に怯えてるんだ? 幻でも見せてるのか?」
腰が抜けたように這いつくばるタイグウを見やり、不思議そうにするシトリィさん。
「この恐ろしい匂いはなんだ!? この気配はなんなのだ!? ここは、地獄か!? だ、誰か、誰か助けてくれ……」
眼を閉じても、息を止めても、気配が怖い、存在そのものが怖い。
理屈ではなく、本能が恐れている。
地獄なんてないよ。死んだら終わり。終わらなかったあなたには『続き』がある。
「かいとうさま、おうまさん、こわい?」
「どうしてそう思うの? マァ」
「おうまさんのこえがきこえるとビクッてなってる。きょろきょろしてるけど、おうまさんのいるほうはみないようにしてるみたい」
「言われてみれば、そう見えるな。でも、あいつ馬問屋の会頭だろ? なんで馬が怖いんだよ、今まで商売はどうしてたんだ?」
「馬の鳴き声も、姿を見ることすらも恐ろしいということであれば、馬車が行きかう王都では碌に外出もできないでしょう。けれど当然馬車にも乗れないので他の土地に逃げることも難しい」
「商売も人の営み、全てを否定はせぬが、命と道具の区別が付かぬ汚物には似合いの姿だ」
「死が、終わることが救いとなることもある。アレをみれば得心がいく」
冷たい言葉、あの馬小屋に囚われていた彼は何を見てきたのか。
それを改めて問うほど、僕は愚かじゃない。
「しかし、あれほど馬は恐れるのに、我のことは恐れた様子はなかった。しっかり区分させているのは見事だ、神の子」
命だけは助けて。そう言ったのはあなたですよ、会頭さん。
そのまま、僕とユニコーンはさっさと歩き出した。
背後からは、タイグウの悲鳴と、シトリィさんたちの足音が追いかけてくる。
「ナオ、あれはあのままほっていくのか?」
「これでいいと思います。もう僕がやることは全部終わりましたから。あとのことはあの人とその周辺の人にお任せしましょう」
狐耳を追いかけた時に別行動になったミーナさん達と合流すべく、馬屋さんを目指して移動中。
改めて子供たちの名前を聞く。
「私はメア、妹はマァル。幼いころから王都の路地裏に住んでいたのですが、ある日会頭様に拾われ聖獣様のお世話を申し付かってました」
「僕はナオ。君たちのことはビンスさんっていう王都に住んでいるエルフの方に相談しようと思ってる。絶対に悪いようにはしないからね」
「ビンス様…… お名前は知ってます。お会いしたことはありませんが、教会の方やビンス様の教え子様という方たちが時折炊き出しや衣服を施して下さってました」
「あったかいすーぷくれるひとたち。おにいちゃん、すーぷのひとのおともだち?」
ビンスさんのところで学んだ人たちが炊き出しを……
やっぱりあのエルフは尊敬できる凄い人だ。どうにか拝むのだけやめてもらえないだろうか。素直に尊敬させてほしい。
「あの方たちのお友達なら、安心ね。マァ」
「うん。せいじゅうさまもいるし、すーぷのひともいるならだいじょぶだね、おねぇちゃん」
…… そういえば。
横をすまし顔で歩く彼の顔をそっと見る。
流石聖獣、輝きを取り戻した白い肌と黄金の鬣が日の光を反射してまるで自ら輝いているような神々しさだ。
じゃなくて、
「あの、貴方はどこまで一緒に行くんですか? もう用はすみましたよね?」
シレっと僕に同行しているユニコーン。もう角も治ったしお別れのシーンが来る頃合いじゃない? 遠慮なく地平線の彼方とかに走り去ってもろて。
「随分と連れないことを言う、神の子よ。汝の俗世での連れの顔を覚えていくくらい良いではないか」
「あ、その神の子って止めて下さい。僕は神の子なんかじゃなくてナオという名前がありますので」
そういう空気じゃなかったから今まで訂正せずにいたけど、もういいよね。
それこそビンスさんに聞かれたら誤解が取り返しのつかないところまで行っちゃうよ。
「ふむ、そう名乗っておるというのであれば今後はそう呼ばせてもらおう、ナオ」
(いまさら否定しても無理があるぜ、ナオ)
(…… 流石に擁護できかねます…… 手遅れでございます、ナオ様)
そのまま軽く雑談もしつつ、ミーナさん達と別れた馬屋さんに戻り無事合流。
「ナオさん! 仔馬可愛かった! でもおっきかった! お目々がクリクリなの!」
生まれたての仔馬がいるという名目で荒事から避難していただいたミーナさんだが、仔馬は本当にいたらしい。
「仔馬はちっちゃくて可愛いって言ったけど、生まれてすぐであのくらいなんだぜ、ミーナちゃん」
「馬としては小さいのは確かだけどね。ミーナちゃんと同じくらいの大きさだったもんね」
ミーナさんサイズの仔馬だと!? 僕も見たいぞ。あとで見せて貰おう。
「おかえり、ナオッチ。色々聞きたいところだけど、とりあえずその白馬と女の子たちはどうしたのか聞いていいかな?」
「ナオ様は幼い女の子を愛でるご趣味が……!? 是非ご一緒させてください!」
可愛いもの大好きなリンスさんが目ざとくメアさんマァルさん姉妹に目を付ける。
けど、その言い方は大きな誤解を招きそうなので止めて下さい。切実に、マジで。
あれ? 白馬?
「騒がれては面倒なので、擬態しておった。が、ここにはナオの連れしかおらんようであるから、もうよかろう」
え?
「「ゆ、ユニコーン!?」」
「普通にユニコーンが歩いてるのに騒ぎにならなかった時点でナオかご本人がなんかやってるんだろうと思ってたけど。疑問にすら思ってなかったのかよ! ナオ!」
(ナオ様は俗世の些事からは縁遠いお方…… 私たちがお守りせねば!)
シトリィさんのごもっともなツッコミにぐうの音も出ない。
驚きで固まっているランスリンス兄妹と、綺麗! カッコいい! と大はしゃぎのミーナさん。可愛いが過ぎるな、ウチの天使様は。
別行動だったお三方にヘウメー商会であったことを簡単に説明する。
「パパの教え子で炊き出しをしてるっていうと…… あの子たちかしら? これは、うんと褒めてあげなくちゃね」
リンスさんは炊き出しの人たちに心当たりがあるらしい。しっかり労ってあげて欲しい。
「あ、あのさ、ナオッチ。ま、まさかとは思うんだけど……」
「なんですか?」
「あの、ユニコーン様に馬車を曳かせるつもりじゃ、ない、よね?」
ブッ! とんでもないこと言い出したぞ、ランスさん。
「いやいや、そんな失礼なこと考えてもいませんよ!」
「だ、だよな! だよな!? いや、俺っちもまさかと思ったけど、旅に使う馬車とか馬とか買おうかって話した直後に連れてくるからさ! 流石にそんなことないよなぁ! 焦ったぜぇ!!」
あー、確かにタイミングがピッタリだったかも。でもいくら僕でもそんな常識外れで不敬なことしませんよ。
「む? ナオの馬車か。我は別に構わんぞ」
「「「「「えぇ!?」」」」」
「遥か昔、我らユニコーンの神祖が、受肉され地に降りられた大いなる光の乗馬を務められたのだ。記憶を受け継いだだけの我であっても思い返すだけで誇らしい記憶である」
…… それ、つまり、あの方の乗馬ってこと? …… 大変そう。
「それを思えばナオの乗る馬車の曳き手など、望んでなれるものでない。むしろ名誉と言えよう」
「あぁ…… 大樹よ……!」
「ユニコーン様にはそんな神話の時代からの記憶があるのぉ? うわぁ~、色々お話ききたぁーい!」
「考えてみればナオッチの専属従者みたいな立場ってことになるのか。そりゃ確かに名誉だわ」
「なぁなぁナオ。ユニコーン様との話の中に大いなる光とか世界樹とか出てくるけどさ、世界樹ってのがハンナたちが言う父なる大樹なのか?」
「娘、大いなる光とは世界を創造された存在だ。エルフが言う父なる大樹、人間たちが言う創造神などと同一である」
種族や信仰によって呼び方が違うんだな。
そういえばあの方、お名前をお聞きしたときにも最初「ボクに名前にあたるものはもうない」って言ってたっけ。
「対して世界樹とは世界に一本だけ存在するという本物の樹だ。どこにあるのかは世界のすべてを駆け巡った我でも知らぬがな」
へぇ、この世界ではそんな感じなんだ、世界樹。
事象の地平線の先にあるとかそんな感じかな? 浪漫あるなぁ。
「ユニコーン様も知らない場所にある樹か…… ナオは知ってるのか?」
「いえ、僕もこの世界の世界樹の場所は知りません。世界によって結構色々違うんですよね、世界樹って」
いろんなファンタジー作品で出てくるもんね、あの樹。
一番有名なのはアレかな、某RPGで出てくるやつ。
「世界によってはその雫を飲めばあらゆる怪我が治るとか、その葉を煎じて飲めば死者も甦るとか…… ここのはどうなんでしょう。ワクワクしますね!」
(あらゆる怪我が治る……)
(死者さえ甦らせる……)
(『世界』によって違う……)
ジー……
ん? なんか注目されてる? 変なこと言ったかな?
「ふむ、ナオでも在所は知らぬか。我ら聖獣と呼ばれる力ある獣はその袂にこの世のすべてを届けるという使命を大いなる光にお与えいただいた存在であるのだ」
へぇ、ということは他に『記憶』以外を届ける聖獣もいるのかな。逢ってみたいなぁ。
「ナオ、そろそろ勘弁してくれ。気付かないふりするのにも限界ってもんがさ……」
「「「大樹よ……!!」」」
気付かないふりってなんの話し? ま、いいや。
「そういえば、その角ってそもそもなんで折れてたんですか? なんか自分のミスで折ったって言ってましたけど」
「む…… 角か……」
これ、気になってたんだよね。
よくわからないことは気にしないで、聞きたいこと聞いとこ。
「…… 我は人には想像も出来ぬほど、速く駆けることが出来る」
「まぁ、そうでしょうね」
「その速さは、音をも置き去りにする」
「へぇ~、それは凄いですね!」
この大きな躰で音速を超えるってことでしょ? 流石だなぁ。
「おい、音を置き去りってなんだ?」
「親父殿の本気の太刀筋の切っ先は斬ったあとに音が鳴る。アレと同じような理屈じゃないか」
「マジか…… ビンスの斬撃と同じくらいの速さで動けるのかよ……」
「その我ならば、出来ると思ったのだ」
「何をです?」
「…… 雷光を追い越すことが」
「えぇ!?」
「あの嵐の夜、雷光に挑み全力で駆けていた我は、突然何かにぶつかったような衝撃を受け、倒れた。角はその時に折れた……」
ちょっと恥ずかしそうにしてる、けど。
えぇ~、まさかそんな理由!?
「そんな眼で見るでない。雲の上で競っていたのだぞ。躓くものもぶつかるものもなかった筈なのだ! だのに、あの時、我は何も無い筈の空で確かに何かにぶつかった…… なんだったのかは今でもわからぬ」
むぅ、ドジな話かと思ったら不思議な話だったか。
でも
「それはともかく、雷光に勝つのは流石に無理ですよ」
光速を超えようってことでしょ? 物理的に無理なはずだ。
「何故そう言い切れる! 我は音より速いのだぞ!」
「音と光じゃ速さが違いすぎますよ」
音速と光速の差を説明するのは難しいな……
そうだ! 叔父さんから聞いたあの話ならこの世界でも通用するかも。
「例えばですけど、夜空の月まで音と同じ速さで進むと一日半くらいかかります」
「ほう、そうなのか。興味深い話だな」
「なぁ、月っていけるもんなの?」
「ナオ様ですから……」
「神話の世界の話だ……」
「光…… つまり雷光と同じ速度だと月まで行くのに …… これぐらいです」
「?」
「今、僕が黙った少しの時間。あれぐらいで届きます」
地球から月まで光速で一秒半くらいらしいからこんなもんでしょ。
この世界でもそうとは限らないけど、比較するだけの例え話としてなら問題無い筈だ。
「なんだと!? それほど違うのか!?」
「えぇ、そもそも世界の法則として光より速くは動けない筈なんですよね。僕も詳しくはないんですけど」
「なぁ、これってアタシ達が聞いててもいい話?」
「禁忌であればナオ様がこの場でお話されるようなことはないかと」
「御子様と聖獣様の会話ですものね。神話で当然だったわ……」
「ねぇねぇナオさん、ミーナお腹すいた!」
ユニコーンさんと話し込んでいたら響く無邪気なミーナさんの声。
ミーナさんは僕たちが話をしているときはいつも大人しく待っていてくださるのに、こんな風に声をかけてくるのは珍しいな? あ。
ミーナさんの後ろでメアさんがちょっと慌てた様子でマァルさんと話してる。
なるほど、お腹がすいたのはマァルさんか。
これはあの子たちをほったらかしにして話をしていた僕が悪いね。
「わかりました。それじゃ、ビンスさんのお家に戻ってご飯をいただきましょうか」
「わーい!」
天使過ぎる。




