第七十八話 等価の報い
「会頭様を殺すなら、私たちを先に」
角が戻り、輝きを取り戻した聖獣ユニコーンが、ヘウメー商会会頭タイグウへ、その怒り・報いを与えようとしたその時、今まで一言も言葉を発せず、ただタイグウの側にいただけの、彼の世話役を任されていたという二人の女の子が割って入った。
会頭より先に自分たちを、と言ったのはミーナさんよりやや年上に見える、10歳ぐらいの、肩まで伸びた茶色いくせっ毛でちょっとつり目がちな女の子。もう一人は怯えたような目で彼を見ながら、つり目の子の腕を縋るよう掴んでいる小柄な幼い女の子。4,5歳くらいだろうか。『エルフの眼』が二人を姉妹だと教えてくれる。
「何故、庇う。そなたらもその汚物には散々に殴られ、恨みもあろう」
「庇う? そんなんじゃありません。ただ、会頭様も聖獣様もいなくなれば私たちはきっとここにいられなくなります。そうなるくらいなら、先に私たちをここから解放して下さい」
「解放、とは?」
二人の少女は語り出す。
「私たち姉妹は会頭様に拾って頂いた孤児です」
「…… ほかのおとなはみんな、とりあげるか、たたくだけ」
「会頭様だけが日に一度の食事と聖獣様のお世話のお仕事を下さいました」
「あめにぬれないねどこもくれた」
「大人に殴られるのも、蹴られるのも、どこにいても同じ」
「かいとうさまがいなくなったらまたあのろじうらにかえされる」
「もう、私たちはあの暮らしには戻りたくない。戻れない。だから一緒に終わらせて下さい」
幼い少女たちのあまりにも悲痛な訴えに、一瞬、言葉を失ってしまった。
タイグウを殺さないで欲しいとか、自分たちを助けて、では無い。
以前の暮らしに戻るくらいなら、もう、生きていたくない。
だから解放して、と。
僕には想像もできない暮らしだったのだろう。
そこに帰るくらいなら死んだ方がマシだと思ってしまう程の。
「アタシも孤児だったけど、アタシにはミタ婆がいてくれた。孤児院を出てから、よくわかったよ。アタシは孤児の中じゃとびっきりに幸せだったんだって」
「王都は人が集まる分、貧民も多く、裏通りにはスラムもあると聞きます。彼女たちはそこで拾われたのでしょう」
「人は、相変わらず胸クソわりぃことを続けてやがるな」
「ふ、ふはは、ふはははは! そうだ! この私を殺すというのなら、先にそのガキ共から殺れ!」
「幼い子を盾にするような真似を…… 恥を知りなさい!」
「私が命じたわけでは無い! そのガキ共が勝手に望んだのだ! さぁ、やってみろ、出来るものならな!」
「どうなってんだ、チクショウ。あの子達はどうしてこんな奴のために……?」
「どうだ、出来まい! 心優しい聖獣様にはな! ……さぁ、わかったら早くこの拘束を解くのだ!」
なんか勝手に盛り上がりだした。
ハンナさんがあんなに怒ってるの初めて見るよ。
タイグウ会頭、狐耳をちゃんと怒ったときはもっと話の通じる人かと思ったけど、勘違いだったのかな。
いや、色んな側面を持つのが人間か。
「…… 神の子よ、この汚物は何を言っているのだ?」
「よく分かりませんね。何故、その女の子達の言うことを聞くと思ったのでしょう?」
「「「え!?」」」
いや、別にその子達の言うとおりにする必要って無いよね? タイグウだけやっちゃってから、あとで考えれば良いだけの話で。
「僕の友人たちにお願いすれば、スラムよりずっといい環境は準備してくださるでしょう。その子達が望むのであればそこに連れて行ってあげれば良いと思います」
彼女たちはスラムかタイグウの所しか知らないから、スラムに戻りたくなくてこう言ってるだけなんだから、別の場所を用意して選ばせてあげれば充分だよね。
「ふむ、その辺りは任せて良いか、神の子よ」
「ええ。と言っても僕も頼りになる友人にお願いするだけなんですけどね」
「友人…… なるほど。手間を掛ける」
「お、おい! おい! 奴等は何を言っている!? 正気か!?」
「あー、言われてみればその通りかもな。ナオは口にしたことは守るから、本気だと思うぜ。諦めろ」
「あぁ…… 大樹よ……! 我らの罪を許し給え……」
「聞いての通りだ。そなたらの今後は神の子が取り計らってくれよう。それでもなお、死にたいか」
「あそこに戻らなくていいの?」
「ごはんたべられる?」
「ここにいるよりは、幾分かはマシな暮らしが出来るであろう」
彼の言葉に女の子たちはひそひそと相談を始める。
「おうまさん、うそついてない?」
「聖獣様が私たちを騙しても、何の得もないもの」
「うそつくよりたたくほうがかんたんだもんね」
「そうね、だから信じても大丈夫かもね。どうする?」
「ごはんたべられるならそっちでもいい」
「そうね、そうしましょうか」
話はあっけなくまとまり、二人はタイグウの前から離れる。すかさず、ハンナさんが駆け寄りしっかりと保護する。
「ば、馬鹿な! 私が何をしたというのだ!? 私は商会の長として商売に努めただけだ! ふざけるな! 貴様ら、全員頭がおかしいのではないか!?」
「汚物に潔さなど求めてはおらぬが…… 黙れ」
彼が最後を決めようとタイグウに一歩近づく。
僕はそれを静かに見ていた。その時を忘れず、覚えておくために。
その時、ハンナさんとシトリィさんは庇うように抱いていた子供たちの話し声が聞こえてくる。
「かいとうさま、いまからしぬの?」
「そうね、聖獣様に怒られて、死んじゃうわね」
「そっか…… おめでと、かいとうさま。さよなら」
その言葉にピクリ、と彼が反応した。
「娘、なぜおめでとうなのだ?」
「いきてても、いたくてつめたくてくるしくておなかがすくだけだから。しんだらなんにもなくなるんでしょ。だからおめでと」
「お主は生きるのが嫌なのか、死が怖くは無いのか」
「マァがしんだらおねぇちゃんがないちゃう。だから、おねぇちゃんがいっしょならどっちでもいい」
ただ姉を悲しませないためだけに痛くて苦しい現実から逃げない。
幼い子が当たり前のように言ったその言葉に胸の奥が僅かに軋む。
「神の子よ、人にとって死とはなんだ、救いでもあるのか」
「わかりません。ただ、人は死んだら消えてそれで終わり。僕はそう教わりました」
その意味ではあの方のお力とは言え一度死んだのに消えていない僕は一体何なんだろう……
「我にとって死とは受け継ぐこと。だからこそ受け継がれぬ死を我にもたらしたこの汚物を許せぬ。同じ絶望を与えねばならぬ」
「汚物の持つ全ての財を燃やし、全ての縁を絶ち、あとには何も残らぬまでに焼き尽くさねばならぬのだ」
「だが、人の死がそも受け継がれぬ終わりだというのならば、果たしてそれは報い足りえるのか」
そうか…… 報いは等価であるべき。それが彼の価値観なのか。
「僕にはわかりません。昔、僕の祖父が言っていました。人は生きる上で8つの苦しみを背負う、と。死はその中の一つです」
「8つとは?」
「生まれて、死んで。歳を取って、病に倒れる」
四苦。
「別れは辛く、望んだものは得られない。避けられない障害が立ち塞がり、理想と現実はいつも全然違うもの」
八苦。
「死はそのうちの一つに過ぎぬか」
「それが生きるということだと教わりました。人には死と同じ、いえ、より苦しいと思うこともあります」
彼の青い瞳が再びタイグウを捉える。
その視線にはいままでには感じなかった迷いの色が見え隠れしていた。
「ヒッ! ヒィィ! 許してくれ! 命だけは!!」
「我は絶望の底にいた。だが、今は神の子により僅かな希望も残しておる。こやつに与えるべき相応しい報いとは、一体なんだ」
「人はよく、死んだらそれまでだから、生きて償うことが真の贖罪だ、と言います。だけど、この人は恐らく反省したり償うタイプではないでしょう」
「ならば、やはり殺すが一番か」
「苦しい生を与えて無理やり償わせますか?」
そういう贖罪の形もある。
「嬲る趣味は無いが、同じ絶望を覚えさせ、僅かに希望を残すという意味では悪くはないな。四肢を奪うか、目でも潰すか」
「やめろ! 何故私がそんな目にあわねばならんのだ! 助けてくれ!」
「僕、そういうのはあんまり好きじゃないですね。例えば、こういうのはどうですか?」
思いついたことを彼にだけ耳打ちする。
「マジかよ!? お前そんなこともできんの? それでいこうぜ!」
思いのほか、反応がいい。
素の口調が出ちゃってるけど、大丈夫?
「おい、やばいぞ。ナオの怖いところがモロに出てる。すげぇことしでかすぞ、絶対」
「神罰とは本来恐ろしいものですから。あぁ、大樹よ……」
「汚物よ、ここで死ぬか、神の子より罰を賜るか、どちらかを選ぶのだ」
「し、死んでたまるか! 命だけは!」
「罰が望みか。ならば、頼む、神の子よ」
まぁ、この流れならそっちを選ぶよね。
それじゃあ、与えられた役をやりますか。
静かに近寄る僕。
身動きのできないまま、怯えた目で叫ぶタイグウ。
「ま、まて。な、何を? よせ、やめろ、待って下され、御子様! お慈悲を! お情けを!! 祈りますから!」
「ロロさんを侮辱したあの狐耳の女性を怒ってくれたこと、僕、けっこう嬉しかったんですよ。良かったですね、命だけは助かって」
そっと、タイグウの額に触れる。




