表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/80

第七十七話 選択

王都最大の馬問屋、ヘウメー商会の厩舎で、僕は恐るべき選択を迫られている。

そこで出会ったのは角が折れ、衰弱しきったユニコーン。

彼はユニコーンの存在意義とも言える『記憶の継承』が途絶える原因を作ったヘウメー商会会頭タイグウに対し、強い怒りを抱いており、もし力が戻ったのならタイグウが住むこの王都ごと国すら亡ぼすという。

癒さずに彼を見殺しにするか 癒して彼が王都を亡ぼすのを許容するか。

そのどちらかを僕に選べというのだ。


「王都には無辜の民も多くいます。無差別の破壊は抑えていただくわけにはまいりませんか?」


聖獣の怒りの大きさに震えながらも、気丈にもハンナさんが彼に問いかける。


「その汚物の持ち物は国中に広がっている。その全てを壊すならば国が亡ぶだろう。仕方あるまい」


彼の返答は取り付く島もない、そこに交渉の余地は感じられない冷たいものだった。


「仮に神の子が道行く浮浪者に弑されようとしたならば其の者の命を奪うだけでよい。だが国の王に弑されようとしたならば、その国を亡ぼすべきだ。それが神性を侵すということだ」


そこには怒りも何もなく、ただ当たり前のことを言っているだけに過ぎないという態度だった。


これが上位存在の価値観……

あの方だけをみて、 僕は思い違いをしてしまっていたのかもしれない。

神やそれに近しいものに触れるということは本来これだけのリスクを孕んでいるものなのだ。

一部がその全てだと思い込む。僕は何度も同じ勘違いを繰り返してしまっている。



「精霊や聖獣を怒らせて国が滅んだとか島が沈んだ、なんて伝説。あれ、マジなんだな……」

「お、おい、こぞ…… いや、御子様! ま、まさか王都を亡ぼすと言い放つ怪物を癒したりなさらないでしょうな!?」


…… 落ち着け。

何が最善かを全力で考えるんだ。諦めたらそこで終わりだぞ。

彼の中で王都ごと会頭を亡ぼすのは最早決定事項となっているんだ。

今、それをしていないのはそれだけの力が残っていないこと、僕との約束を守ってくれているというだけに過ぎない。

もし、命と引き換えにそれが成せるというのであれば躊躇わず実行する、それだけの覚悟を感じる。


今の彼を癒せば間違いなくそれを実行するだろう。

なら、彼を見殺しにするか?

自分の命は諦めていても、存在意義そのものを失うことを知ったうえでも、幼い女の子たちを守った優しい彼を? そんなことをすれば僕は絶対に一生後悔することになる。

一体何のために力を授かったんだ!



「一つだけ…… 提案があります」


心臓の鼓動さえ聞こえてきそうな静寂の中、考えに考え抜いた結果を口にする。


「さっき、少しだけ力を戻したときに、貴方の身体がどれだけ弱っているのか僕は感じ取りました。その中で内臓器官の一部…… つまり子種を生み出すための器官も動いていないこともわかりました」


僕の言葉に彼の蒼い瞳がスッと細くなった。

そこにどんな感情が籠められているのかはわからない。だけど、もう後には引けない。


「そのときは、命の維持に精一杯で、そういう力は一時的に弱まっているのだろうと思いました。だけど、そうではなかったんですね」


これは、賭けだ。しかも分の悪い賭け。


「僕ならそれを癒せます」


彼の瞳がさらに細く、刃のように僕を刺す。


「流石ナオだぜ! それなら!」


シトリィさんが喜びの声を上げる。

だけど


「子を授かることは出来るようになるでしょう。ですが…… 記憶の継承まで元に戻せるのかはわからない」

「その子には正しく継承が行われないかもしれない。例え引き継がれたとしても中途半端な継承となるかもしれない。だけど、全てが問題無く正しく受け継がれる可能性もある」


続く僕の説明にまた、言葉を失う。


「…… それが上手くいく可能性がどのくらいあるというのだ、神の子よ」


「まったくわかりません。まさに神のみぞ知る、です。ですが絶対にゼロではない」


「そんなことをしなくとも、汝はこの場を立ち去るだけで良い。それで全て終わるだろう」


「貴方にもう一度空を見せたい。王都の人たちを殺させたくもない」


「…… ただ、それだけか?」


「はい」


短いやりとりの後、僕を射抜いていた彼の瞳は静かに閉じられ、重い沈黙が訪れた。

これは今まで確定事項であった、「会頭とともに国を、王都を亡ぼす」ということに考慮の余地が生まれ、悩んでくれている時間なのだと信じたい。


絶望の底に居た彼に思いなおして貰えるとするならば。

必要なのは言葉じゃない。希望の筈だ。

ほんの僅かでも希望があれば。

優しい彼はきっと考えてくれると思ったんだ。この沈黙はきっとその証。




「神の子というのは…… 随分と残酷なものだな」


長いようで、短い沈黙のあと、彼が口を開いた。


「叶うかどうかも解らぬ僅かな希望だけを頼りに、この先も長い時を過ごせと?」


「……」


「我がやがて真の伴侶と巡り会ったとき、その伴侶にも継承が失敗するかも知れない重荷を背負わせろ、と?」


…… !!


確かにそうだ…… 彼の記憶の継承が失敗するということは、彼の伴侶となった相手の子に引き継がれないということ。僕は目の前の彼を生かすことと、王都を壊させないことだけしか見えていなかった。

彼の今後の苦しみや、彼の伴侶、その子どもへの影響なんて、全く考えられていなかった。


浅はかで、未熟な自分が、悔しくて悲しくて、下唇をギュッと噛む。


「未だ青いのだな、神の子よ。だが、その青さ、青さを自覚出来る真っ直ぐさが…… 好ましくも、ある」


その言葉に、改めて彼を見る。

今はもう、細められてはいないまん丸で大きな彼の瞳が僕を優しく見つめていた。


「汝のその善意を受けよう。そして、この街や国にも手出しをしないと約束しよう」


「だ、だけど! それだと!!」


「その先は我の問題だ。汝が気にすることではない」


そうだった…… 彼は度を超えて優しいから。

幼い女の子を庇ったように、僕を庇おうとしてくれるのだ。全てを、自分一人で抱え込むことで。

だからこそ、僕は彼を見殺しには出来なかったのだ。


「僕、考えます! 貴方を救う方法、絶対に、だから、いつか…… きっと……」


言葉が上手く出てこないけれど、溢れそうになる涙を必死で堪えて、伝えたいことを叫ぶ。


「あぁ、幾年月の彼方、世界樹の麓でまた会おう」


そんな僕の幼さを彼は微笑みさえしながら受け止め、『待つ』と言ってくれたのだ。

ユニコーンが聖獣と呼ばれている、その理由が、少しわかった気がした。





よし。

でかしたぞ! 小僧!

何やらごちゃごちゃと喚いておったが、結局ユニコーンは命惜しさに私への復讐は諦め、癒しを受け入れることにしたようだ。

ユニコーンの養殖が不可能なのは残念だが、あのユニコーンが生き続けるというのならばしばらくは角の粉末の在庫を気にしなくともよくなる。

その上、あの小僧の癒しの力とやらを上手く抱き込めればますます我が商会の繁栄は約束される。

やはり私は”もって”いる。

これから訪れる華々しい未来に興奮が抑えきれぬ。


「おい、オッサン。ニヤニヤしてねぇでさ。無駄だろうけど、一応頭下げるとか、逃げるとかしなくて良いのか?」


「私が謝る? 逃げる? 何故そんな必要がある?」


「気付いておられないのですか? 先ほどからのナオ様と聖獣様とのお話、聞こえておりましたでしょう?」

「ナオは最初からずっと『王都を巻き込まないで』としか言ってなかっただろ」


「!? な!? まさか、そんな馬鹿な!!」


「オッサンへの怒りと報復は正当なものだと思ってるぜ、ナオ。勿論、アタシ達もな」






治療は滞りなくすぐに終わった。

彼の額にはその象徴たる角が戻り、その美しさを取り戻した白い身体は神聖な光を宿していた。

黄金の鬣は暗い馬小屋の中ですら淡く輝き、青く澄んだ瞳の色は何処までも深い。

効果は勿論、体内にも及び、その全てを万全の状態に回復させた。


「凄いものだな、神の子よ」


「…… えぇ。貴方は自由です。僕はこれから先のことには口だししません」


「汝と交わした約束は決して忘れぬ。だが、この報いだけは、与えねばならぬ」


静かに、彼がタイグウ会頭を見る。

彼の受けた仕打ち、絶望を思えば、僕はそれを止める気にはならなかった。

自分の行いの結果は自分が受け止めるべきだ。


「ま、まて! 待ってくれ! 私は知らなかったし、そのユニコーンはちゃんと金を出して買ったんだぞ!? 恨むなら私にお前を売ったあの男だろう!? すぐに居場所を調べ上げて連れてこさせる!」


「俺様、クソと喋る趣味は無いんだよなぁ」


ぼそりと彼が素の口調で呟くのが聞こえ、タイグウの絶叫のような命乞いがそれをかき消す。

静かにタイグウに近づいていくその姿は穏やかですらあった。


「嬲る趣味もない。その心臓、刺し貫いて終わりにしてやる」


タイグウの身体は薄い膜のようなもので覆われている。彼が動きを封じているのだろう。

真っ直ぐに立ち、身動きすら出来ずにわめき続けているタイグウに果たして彼の言葉が届いただろうか。


僕は、僕自身の選択の結果をただ静かに見ていた。シトリィさん、ハンナさんも僕に合わせて手出しをしないでいてくれるようだ。


誰もが瞬きすらせず彼の動きを見つめていたその時、小さな影が二つ、彼とタイグウの間に入り込んだ。


「会頭様を殺すなら、私たちを先に」

「……」


ずっとタイグウの影にいた、彼の世話をしていたという子供たちだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ