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第七十六話 断絶

王都にある放牧地区を観光に訪れた僕たちは嬉しい再会と嬉しくない再会を経て、王都一の馬問屋、ヘウメー商会で聖獣ユニコーンと対面することになった。角が折れ、弱り切った様子のそのユニコーンを会頭である成金オークっぽいヒト族であるタイグウさんは至宝と呼び、その角の治療を僕にさせたかったようなんだけど。



「言うに事欠いて、私を殺すだと!? 調子に乗るなよ、小僧!」

「いえ、僕じゃなくてこちらのユニコーンさんが……」

「馬が喋るか、馬鹿め! 治療が出来ないことを誤魔化そうと口から出まかせを言っているのだろう。もういい、分かった。さっさと消えろ」



ユニコーンは会頭さんをひどく憎んでおり、力が戻れば会頭さんを殺し、それだけでは足りないので王都を壊滅させ、国を亡ぼすと言い出したのだ。

ユニコーンの言葉は僕にしかわからないらしく、それを通訳した結果が先の発言である。

今にも死んでしまいそうに弱っているユニコーンを見殺しにするのは後味が悪いから、治療してあげたいんだけど、元気になれば国を亡ぼそうと暴れるつもりらしい。それは流石に許容出来ない。

でも、ユニコーンが会頭さんを憎む理由もわかるんだよなぁ。とてもひどいことをされたみたいだし。


「会頭さん一人だけでは納得できませんか? あなたにひどいことをしたのはこの人なわけですし」


街や国はぶっちゃけ八つ当たりですよね? 本人にだけ仕返しして満足してもらえないか説得できないかな。


『そのクソだけならいいってのか? ただのお人よしでもねぇんだな、オスガキ』

「おい、つまらん芝居はもういい。早く立ち去れ。まったく期待外れもいいところだ」


あぁ、もう。うるさいな。今なにかいい案がないか考えてるんだから少し黙っててよ。


『おい、オスガキ。頼みがある。ほんの少しでいいから力を分けてくれ。お前の持つ神気なら僅かでもヒトにわかる言葉で話すぐらいの力は戻るはずだ』

「あ、人の言葉も喋れるんですか。…… その力で暴れたりしないですよね?」

『人間どもと一緒にするな。そこのクソも、いやお前も。どれほどの罪を犯したのか全然わかっちゃいねぇ。俺様が死ぬのはもういい。だが、そのクソが自分の罪深さも! 俺様のこの憎しみも! 知ることすらなくこの先も、のうのうと生きていやがるのは許せねぇ! せめて、せめてこの恨みだけでも、俺様の口からクソに伝えてやりてぇ」


生気の無かった青い瞳の奥に強い光が戻る。

その光は、怒り・憎しみ・恨みの炎。

自身の死を受け入れていても、なお衰えないその炎に、僕は不謹慎かもしれないけれど興味を持ってしまった。

ユニコーンにとって、純潔とはそれ程の意味を持つものなのか。

それが彼の口から語られるというのであれば、聞いてみたいと、いや聞くべきだと思ってしまったのだ。



「わかりました」


静かにユニコーンに近づきほんの少しだけ癒し(奇跡)を流す。

彼が危険かも、なんて一欠片も思わなかった。彼は口は悪いが、決して嘘をつくような存在ではないと、今の僕には何故だか確信できる。

その身体に触れたことで、僕の能力(チート)は彼がどれだけ衰弱していたのかを伝えてくる。それは一部の臓器の機能にまで及んでおり、まさにその命は今にも消えてしまいそうな儚い灯のようだった。

こんな状態の彼からなお、己の欲望のために角を削り、奪っていったのか……

醜悪だとさえ思えるヒトの欲深さに、心がざわめくのを抑えきれない。


僕の力を受け、彼の全身が淡い光に包まれていく。

その光の中、静かに眼を閉じていた彼は、光が収まると同時に瞳を開き、まっすぐに僕を見つめた。


「感謝しよう、神の子よ。汝のお陰で私はこの怒りをあの汚物に伝えるすべを得た」


静かに語るその声は確かにさっきまで『俺様口調』だった彼のものだけど…… え?


「しゃ、喋った!? まさか、本当だったのか!?」

(神の子…… やっぱり……)

「おぉ、大樹よ! あぁ! あぁぁ!!」


ギャップの大きさに僕が唖然としていると


「弱っていたとはいえ、神の子には随分と情けない愚痴をきかせてしまったな。だが、我にも面子というものはある。先の言動は我と神の子の間の秘事としておいてくれ」


ほんの少し自嘲を込めた、穏やかな苦笑。

それはまさに聖獣と呼ぶに相応しい雰囲気だった。

けど、


(要するに素の喋り方はイメージ壊しちゃうから内緒にしててね、ってことだよね)


「わ、わかりました。僕の胸の内だけに納めておきますね」

「聡い子は好ましい。さて……」


どうやら正解だったらしい。

僕の答えに満足したユニコーンは会頭さんに向き直る。


「ヒトよ、随分と世話になったな」


穏やかな口調、穏やかな言葉。

だが、隠しきれない負の感情が籠められていた。


「貴様に己の犯した罪の詳細を聞かせてやりたくてな。神の子に願い、少しだけ力を戻してもらったのだ」

「神の子…… だと…… まさかあの小僧のことか!? 力を取り戻させた!? さっきまでの小僧の言葉は全部本当だったのか!?」


真っ青になって取り乱す会頭さん。

あ、こっち見た。あの眼で睨まれているのに余所見する余裕があるなんて凄いね。


「貴様! 私を殺すと! 国を亡ぼすと言っている危険な化け物に力を与えたというのか!? 何を考えている! 馬鹿なのか!?」


え? ここで僕に怒るんだ。それこそ八つ当たりじゃないですか?


「ベヒャ!?」


あ、ハンナさんが会頭さんを地面に組み伏した。

動きを封じられたその首筋にシトリィさんが剣を突きつける。

一瞬過ぎて目で追えない動きって本当にあるんだな。


「先ほどからのナオ様への不敬の数々…… 聞くに堪えません」

「聖獣に神の子、って呼ばれてるナオ相手に平気で暴言吐くとか、すげぇよ。お前」


目にもとまらぬ早業&抜群のコンビネーションだな。

って違う違う!


「やめてください、お二人とも。ユニコーンさんがその人に話したいことがあるそうなので、まずはお話させてあげてください」


僕がそういうと渋々ながらも二人とも会頭さんを放してくれた。

拘束から解放された会頭さんはゲホゲホと咳き込みながらゆっくりと立ち上がる。

その様子にはさっきまでの尊大な態度は微塵も残っていなかった。


「感謝する、神の子よ。ヒトよ、この与えられた力があれば、貴様一人八つ裂きにすることなど造作もないが……

約定によりそれはせぬ。ただ、我の話を聞くのだ」


そう前置きをして、ユニコーンは静かに語りはじめた。

誰もが口を開くことすらできない静寂の中、

会頭が連れ歩いている二人の子供たちの喉が、こくりと小さく鳴る音だけが僕の耳に届く。




我が純潔を好む、と言うのは貴様らでも知っているだろう。

だが、それは正確ではない。

我は純潔を尊ぶのでは無く、貴様のように容易く複数の相手と番うものを嫌悪しているのだ。

我らは貴様らとは比べものにならない程の長い時を生き、その生涯でただ一頭を伴侶とし、ただ一度しか番わぬ。

そして、そのたった一度の番いで大いなる光より一頭の仔を授かり、父母二頭が最大の愛をもってその仔を育む。

貴様らがユニコーンと呼ぶのはそういう生き物なのだ。




「おい、待てよ! さっきこのボケナス、牝馬を用意したとか言ってなかったか……?」


話の途中、思わず、と言った様子でシトリィさんが声を上げる。

そう、そこが彼の逆鱗だった筈。

だからこそ、ここまで怒っているんだと僕も思っていた。

だけど今の話も踏まえて考えると、彼が失ったのは純潔だけじゃない。

これは僕が想像していた以上に……



我らには寿命というものはない。

仔が育ち、父母の血脈を正しく受け継ぎ、次代が立った時。

我らは自らの意思で天に昇り風に還るのだ。



そこまで話して、彼はふと息をつき、視線を上に向けた。

そこには薄暗い厩舎の天井しかない。彼がやがて還る筈だった大空は、そこにはもう無い。


再び訪れた静けさの中で。

シトリィさんは何かを堪えるように唇を噛みしめている。


「次代……? ナオ様……? 還る…… あぁ、大樹よ……」

ハンナさんはうわごとの様に何かを呟きながら必死で祈っている。


会頭さんは……

「ユニコーン同士でしか繁殖はしないのか…… クソ、ならばせっかく買い集めた最上の牝馬たちも無駄金だったということか」


正気か、コイツ!? この期に及んで出る感想がそれ!?

なんとかコイツだけで怒りを納めてくれないかな。



「だ、だけどさ!」


意を決したようにシトリィさんが彼に話しかける。


「その、牝馬を、アレされてもさ。手を出さなきゃ、っていうか。その、アレしないでおけば…… まだ、あの…… その……」


そうなんだよね。一生に一度の大切な行為なら、その、しなければ良かったんじゃ、というのは僕も少し思ってはいた。


「そこの汚物が、我の世話をそこな小娘共にさせ、その小娘共の言うことなら聞くように仕向けたと言っていたであろう」

「あ、あぁ。自分は嫌われているからって。子供ならまぁ、そりゃ純潔だろうし……?」

「我がその小娘の指示に従わないと、その汚物が小娘共を酷く殴りつけるのだ。そして、その小娘共は我と牝馬と番わせろと、汚物に厳命されていた」


「!!」


「角を失い、ここに囚われた時に既に我の命脈は尽きていた。泣きながら懇願し、許しを請う小娘共に我には、目の前の痛みを遠ざけてやることぐらいしか出来なかった」

「……」


全てを失った彼に残された優しさ。結果的にコイツはそれにつけこんだのだ。

言葉を失う僕らの前で、話の続きが語られる。




生涯一度の契りを交わした我は、もう仔を成すことは叶わぬ。

我らの仔は我と伴侶の記憶を生まれながらに持って生まれる。

我自身も父母、更にその両親、遥か神祖から連なる記憶を受け継いでいる。

連綿と続く記憶を受け継ぎ、世界を見守ること。

それこそが我らが大いなる光に与えられた唯一にして最大の使命だ。


……

言葉が、出ない。

まさか、ユニコーンが子どもを授かるということにそんな事実が隠されていたなんて。



「わ、私のせいにするな! お前は角が折れて遅かれ速かれ死んでいた筈だ!」

「仔を成さぬまま命を落とすユニコーンも確かにいる。だが、そのユニコーンが純潔であれば、その記憶は世界樹へと導かれ、知恵の実として実るのだ。そうして、全ての記憶はやがて世界樹へと集まり、世界の全てを知るものとなる筈だった」


世界樹…… 知恵の実…… 全てを識る樹……


「そうか…… そういうことだったのか……」


彼の話を聞いて、最初から引っかかっていたことがやっと分かった。


「両親から産れる子どもは一頭。そう決まっているのなら、ユニコーンは世代を追う毎に数が半分になっていってしまう筈。どうして、そんなことになっているのかと思っていました」

「た、確かに! 両親で子ども一人育てて天に還ってったら段々全体の数は減ってっちまう!」

「長い時を生きた二人のユニコーンの記憶を受け継いだ次世代が、更に時を重ねてまた次の世代へ記憶を継承する。やがて最後の一頭が時の最果てにある世界樹にその記憶を届ける…… それがユニコーンの存在意義……」


「「「!!!」」」


「やはり知っていたか、神の子よ。だが、純潔を失った我には知恵の実を実らせることも叶わぬ。そこの汚物の、些細な欲望のために、幾万年受け継いだ記憶も、大いなる光に与えられた使命も、露と消えた」


「この怒り、この無念…… 如何にしても晴らすことなど出来ぬ。未来永劫、貴様に決して魂の安息が訪れぬよう呪詛を紡いで最期の刻を待っていた」


あぁ、彼はそれ程までに憎い相手がいるのに。

今の彼ならば、その気になればその相手をたやすく手に掛けることも出来る筈なのに。

僕との約束を守って、言葉を交わすだけで堪えてくれているのだ。


「わ、たしのせいじゃない! 私は知らなかった! 番わせたのはこのガキ共だ! 私じゃ無い! そうだろう!?」


…… 醜い。



「我は全てを失った。だがな、一つだけ誓ったのだ」


彼の澄んだ空のような悲しい青い瞳が僕を捕える。


「もし、万が一、我が身に奇跡が与えられて、力を取り戻せる時が来たなら、この汚物とそれに関わるもの全てを必ずこの世から消し去る、と。…… 選んでくれ、神の子よ」


…… 無理だ。

彼にはもうその誓いしか残っていない。

受け継がれぬ死を受け入れる、その前に叶うのならば奪った者から全てを奪い取る。

そのことしか彼には見えていない。


そしてそれを選べと、僕に、問いかけている。

それが、まるで定められた運命であるかのように。

こんな不定期な更新の拙作を読んで頂いて本当にありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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