第七十五話 至宝を奪う者
やはり私は持っている。
タイグウはそうほくそ笑む。
あの狐族の女商人が「とっておきの情報がある」と面会を求めてきたのは四日前だっただろうか。
情報の対価に商会の幹部として雇ってくれと会頭である自分に直談判してきた度胸と隠す気すらないギラギラと欲望で輝いた眼に興味を持ち、話を聞いてみたが。
「馬の治癒が出来る与えられしもの、か」
確かにそれは我が商会にとって大きな価値を持つ。
だが……
あのビンス様が自ら護衛に就かれていたというのだ、与えられしものであるのは間違いなかろう。
しかし、『神の奇跡』がたかが馬の治癒程度であるだろうか?
そう思えなかった時点であの女の底も知れるというもの。
与えられる奇跡は本人の欲望や願望そのものだという。
田舎の牧場にとって馬は財産そのもの。
その価値を高める奇跡をあの子供が願ったのならば年齢の割には賢い判断といえるだろうが、いくら頭が回ろうとも知らぬ物は求められまい。金、女、名声…… 惜しいことをしたものだ。
そう思えば、哀れでもあるな。
それでも、それなりに頭の回るあの子供が求めるとすれば、だ。
望んだ治癒の範囲は最低でも『家畜全般』を含む筈。馬と一緒に山羊なども飼育していることは珍しくないのだから。
そしてさらにもう少し知恵が回るのであれば。
治癒できる対象を『飼われている動物』とまで広げていることも期待できる。田舎では牧羊犬なども飼っているところもある。それらも治療できるように願うくらいの頭はあると見た。
ククク、馬の治癒だけでも充分に価値はあるがさらに『アレ』を治せるだけの力があることも期待してしまう。
そう、やはり。
いずれ切るつもりだった馬鹿な女も上手く切れ捨てられた。
その上、あの子供はあの場であの女を切り捨てたことを好意的に捉えているようだ。
やはり私は持っている。
ヘウメー商会の会頭に先導され、僕らは大きな厩舎の外側を回り込むように進む。
その先に厩舎の陰に隠れて目立たないような場所に小さな厩舎がもう一つ建っていた。
その建物のサイズに見合っていない大きな錠を会頭と一緒に居た子供二人が外し、静かにその扉を開いた。
厩舎に入った僕は中の様子に違和感を覚える。
なんというか、今まで見てきた馬屋さんと違って馬特有の匂いがしないのだ。
だけど、その先には確かに何かはいる。それがなんなのかはわからないけど、気配はある。
今まで感じたことのない、冷たいような熱いような不思議な気配……
その中から微かに伝わってくるこれは、怒り……? そう感じさせられる何かが僕たちに向けられている、そんな気がする。
導かれるままに進む僕たちの前に姿を現した、その気配の主は……
一目見ただけでひどく衰弱しているのがわかる、一匹の馬だった。
もとは恐らく白馬だったのだろうその白い肌はくすんで灰色に近く、
ボサボサと艶を失ったそのたてがみはまるで泥のように固まり暗い粘土色をしている。
生気を全く感じられない虚ろな青く濁った瞳、額には根元から折れてしまったと思われる角……
ユニコーンだ……
「出せ」
驚き固まっている僕たちに構わず、ヘウメー会頭が子供たちに指示してユニコーンを馬房から連れ出させる。
「これが我が商会の至宝、聖獣ユニコーンだ」
よろよろと歩くことすら覚束ないほど弱っているユニコーンの横に並び、その痩せ細った身体をポンポンと叩く会頭はもの凄いドヤ顔だ。
『うるせぇ、クソが! 俺様に触るんじゃねぇ!!』
当のユニコーンは弱々しくも身体を揺らし、歯をむき出しにして怒ってるけど。
「聖獣様に随分嫌われているみたいだな、会頭さん」
衰弱しきったユニコーンがそれでも力を振り絞ってまで威嚇している姿を見て、シトリィさんが呆れたように、そして少しの怒りを込めて会頭さんに突っ込む。
「ユニコーンは清らかな乙女を好む、というのは有名な話だろう。生憎と私は清らかでも乙女でもないものでな。世話はこの二人に任せている。この二人の言うことならちゃんと聞くように躾けてある」
『ざけんな! 俺様がこのガキどものいうこときかなきゃテメェがガキどもを殴るから仕方なく…… クソが!!』
「そうなのか? ハンナ」
「えぇ、聖獣たるユニコーンは不浄や男性を嫌うと言われています」
「にしたってそのユニコーン、弱りすぎだろ! 王都一の馬問屋なんだろ? もっとちゃんと世話してやれよ! 至宝なんだろ!?」
『俺様を馬と一緒にすんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ!』
なんか凄く怒ってるから仕方ないのかも知れないけど、ずいぶんとお口が悪いな、この聖獣様……
「もちろん我が商会としても最高級の厳選した飼葉、澄んだ森の泉から汲み上げ運ばせた特別な水、美しい牝馬、提供しうる最上の、いやそれ以上の環境を用意している。だが、それでも日を追うごとに弱っていくのだ」
ゾクリ
背筋に冷たい氷柱が刺さったような痛みに近い悪寒が走る。
さっきから感じていた怒りの気配が変わった。周囲の気温が下がったのかと錯覚を覚えるほどに冷たく。
これは怒りなんて生やさしい物じゃなくて、なんというか、粘つくような憎悪、吐き気がする程の嫌悪感、そういう表現をされるべき感情だ。
そしてそれが向けられている対象は…… ヘウメー会頭。
これは相当憎まれてるな、この人。
そんなユニコーンを一向に気にしていないようにシトリィさんたちの会話は進んでいく。
皆さん、神経太いッスね? 僕このネバネバした憎悪と嫌悪感でめっちゃ居心地悪いんですけど、もう帰りませんか? なんかわからんけど悔しくて泣きそう。
「やはり、この狭い厩舎が悪い影響を与えているのでは? 森にお返しすべきかと」
「ここまで弱っていれば、森に返しても生きられまい。それにユニコーンにはここにいるだけで価値があるのだ」
「確かに、弱っているとはいえ聖獣ユニコーンを飼っている馬問屋なんてめちゃめちゃ箔が付くだろうな…… ん? でも、じゃあなんでこんな目立たない処に隠すように置いてあるんだ?」
「ユニコーンはな、その身から発せられる神秘の魔力によって周囲の馬を強化するのだ。だから我が商会の馬たちは他の商会の馬とは一線を画す丈夫さとタフさ、速さを併せ持つ。それが我が商会が王都一になれた秘密、というわけだ。最初にも言ったが、他言無用だ。命は大切にしろ、これは忠告だ」
「そりゃあすげぇな、流石聖獣ってことか。それだと確かに手放すのは惜しいよなぁ」
『ざ…… けんな…… てめぇが俺様の角を削った粉末を霊薬とか言って馬たちに飲ませてやがるからだろうが…… 俺様の角は魔力の結晶だ、それを得た馬が、並みの馬と比べものになるかよ……』
「え!? 角!?」
驚いて思わず大きな声が出てしまった。
角ってユニコーンのアイデンティティーでしょ、そりゃあ怒るし、恨まれるよ、会頭。
突然声を上げた僕に皆さんの視線が集まる。
「ん? あぁ、あの角か。アレは私が手に入れた時には既に折れていた。だからこそ、持ち込んだ者も聖獣であるユニコーンを捕まえることが出来たのだろう。徐々に弱っていく原因はやはりあの角だろう」
「確かにな、ユニコーンの角なんてすげぇ大事なモンに決まってる。それが折れるほどの何かがあって、それで弱っているのは考えられるな」
「なるほど、それでナオ様を招かれたと言うわけですね」
『おい、オスガキ、お前……?』
「その通りだ。どうだ、ナオ。貴様がこのユニコーンの角を治すことが出来るのなら、最高の待遇で雇ってやる」
なるほど、そういう話になるのか。
雇われる気は無いけど、弱ってるユニコーンさんも見殺しには出来ないし、それなりの報酬が貰えるなら治すのは全然アリだね。
見せて貰おうか、王都一の馬問屋さんの財力とやらを!
『オスガキ、お前…… 聞こえてんのか?』
「え、何がですか?」
「何が、では無い。貴様は与えられしもので折れた骨すら触れるだけで癒すのだろう。角や牙も骨と同じようなもの。貴様ならコレも治せるのでは、と期待しておるのだがなぁ」
「それは問題無く治せますよ、聖獣でも命には変わりありませんから」
「相変わらず頼もしすぎて逆にこえぇよ、ナオ!」
「大樹よ……」
『待て…… なんだお前…… 神気……? いや、その塊!?』
「あ、やっぱり聖獣ともなると分かっちゃうんですね」
僕の身体があの方の力で創り上げられた神器だって。
聖獣と神様って近い存在なのかしら? あの方の関係者だと思えばこのお口の悪さも納得出来そうな気もしてくるな。
「ナオ? さっきからどうした? なんか変だぞ、気分でも悪いのか?」
「そういえば、なんだか少しお顔の色が悪いような…… ご無理はなさらないでください、ナオ様!」
『何モンだ、お前……? いや、なんでもいい! その神気、少しで良いから分けてくれ。それだけ濃厚な神気があれば、角ぐらい再生出来る』
「え、自力で出来る感じですか? 僕、癒すの得意なんで任せてもらえれば体調含めて万全のコンディションにしてあげられますよ?」
さすが、聖獣。自力でも再生出来るらしいけど、せっかくなら治させて欲しいな。
「貴様、何を言ってる? 誰と喋っているのだ?」
「え、誰って。もちろんユニコーンさんとですけど。力をちょっと分ければ角は自分で再生できるって凄いですよね」
「馬が喋るものか! 魔力なら散々与えてきた! その程度で済むならとっくに治っておるわ」
「いや、そりゃナオのだからだろ……」
「それを受け入れられるとは流石聖獣ユニコーンですね」
『ありがてぇ! 角さえ戻れば、こんなクソが住む街、一瞬で灼き浄めてやる! あ、助けたい奴がいるならちゃんと守れよ、この街の人間は皆殺しにするからな』
「皆殺し!?」
『当たり前だ! 俺様の尊厳を穢したこのクソも、そのクソが住む街も全部燃やしてもまだ足りねぇ! 国ごと滅ぼす』
怖いこと言い出したぞ、この聖獣様。流石にそれは許容できないよ。
「いや、角を削られて怒っているのはわかりますけど、それはやりすぎですよ…… 会頭さん本人だけならともかく」
「!? なぜそれを……」
「皆殺しとか、角を削るとかって何の話だよ、ナオ?」
「まさか……? ナオ様……」
『角のことはいいんだよ、折っちまったのは俺様のミスだし、それで力を失ってた時にたまたま人間どもに捕まったのもまぁ、運が悪かったんだろうよ』
え、角のことが怒ってる理由じゃないの?
「おい、小僧。貴様、何を知っている!?」
「ナオ、アタシ達にも説明してくれよ」
ん? あれ、もしかして。
「皆さん、ユニコーンさんが喋ってることが分からない感じですか?」
さっきからなんかちょっとおかしいなとは思ってたんだけど、これ、多分そういうことだよね?
「ユニコーンが言葉を話すだと!? 馬鹿も休み休み言え!」
「あ~、まぁナオだもんな。アタシ達は聖獣の言葉はわからないよ」
「大樹よ……!!!」
『当たり前だろ、ヒトごときが俺様たち聖獣の言葉を理解できるものか。逆になんでお前は自然に会話してるんだよ……』
またやらかしたようだね、僕。
そういえばあの方、他の転生者さんを言葉も分からない状態で異世界に放り込んで困らせて遊んだこともあるって言ってたな。
つまり、ミリアさん達とお話が出来る僕は『異世界の言葉がわかる状態』にしてもらっているわけだ。
なるほど、いつものヤツですね。
「僕、こっちに来るときに言葉は通じるようにしてもらったんですよ。聖獣の言葉もその範疇だったみたいですね、僕も知りませんでした」
まぁあの方にバランス調整なんて概念はきっとないだろうからそんなこともあるよね。
待てよ、僕、こっちの文字の読み書きも出来るよな。この理屈なら精霊文字とかも読めるんじゃ? やばい、そんなのロマンの塊じゃん!
いやいや、今はそんなロマンを感じている場合じゃない。
ユニコーンさんは治してあげたいけど、そうしたらこの国を亡ぼすって言ってるのをなんとかしなきゃ。
「おい、こっちに来たとか何の話だ? 小僧、貴様何者だ!?」
「えっと、このユニコーンさんは会頭さんに対して物凄く怒ってまして。回復したら大暴れしてこの国を亡ぼすっておっしゃってるんですよね」
「マジか! やっぱり聖獣が人間に飼われるなんて物凄い屈辱だったのか?」
「伝説に謳われる聖獣ユニコーンが本気で暴れれば、確かに国が亡びるくらいの被害は出るでしょうね……」
『止めようってのか? なら余計な事はせずにこのまま死なせてくれよ。もう俺様には生きている価値なんてねぇんだからよ』
「会頭さん本人かその所有物である商会だけならいいですけど、街の人は流石に無関係すぎて八つ当たりがすぎますよ」
「待て、小僧! 私と商会だけなら良いとはどういう意味だ!」
「ある意味、らしいっちゃらしい線引きだな……」
「全てはナオ様の御心のままに」
『だが、俺様の心を穢したその大罪、十月十日降り止まぬ大嵐を持ってこの地のヒトを根絶やしにでもしてやらねぇと到底気が済まねぇ』
「そもそも、なんでそんなに怒っていらっしゃるんですか? 角のことはそんなに怒ってないんですよね?」
「おい、小僧! 私を無視するな! 説明せんか!!」
『このクソはな、俺様の周りに牝馬を集めて俺様の身を穢しやがったんだ! 神祖より続く誇り高きユニコーンの血脈、俺様で途絶えさせたその罪、死を持ってすら到底贖えねぇと知れ!」
牝馬……?
さっきの悍ましい気配の理由はそれか!
純潔を重んじる種族らしいユニコーン相手にそれは駄目だろ。
そこを踏みにじったのなら…… もう取り返しのつかないところにまで来てしまっているのかも知れないな。




