第百六話 さらば愛の戦士・ベイガ
「ところで、お芝居ってどんなことをするつもりなの?」
ベイガさんとアルトさんの話し合いが一段落したところで、
アルトさんがそんなことを言った。
「オレとナオさんが二人で一生懸命祈ったら、神様に通じたってことにすればいいんじゃないの?」
「そうねぇ。アンタはともかく、聖者様であるナオさんも一緒になってやってくれるんなら説得力はあるわね」
おっと、アルトさんの僕に対する認識がいつの間にか聖者様になってる。
ハンナさんの仕業かな。
「でも、奇跡が起きたっていうなら、なんていうかそれっぽい演出も欲しいですね」
人生、時には外連味も必要なのだ。
「そんなの急には無理だよ、ナオさん」
「そうですよ。そもそも神様の奇跡だと思わせられるような演出なんて、想像も付かないわ」
それもそうか…… どうせなら派手にやりたいと思ったんだけどなぁ。
あ、まてよ。
「いい方法があるかもしれません」
いいこと思いついちゃったかも。
「いい方法?」
「まぁまぁ、僕に任せて下さい。みんなが納得する『神様の奇跡』を演出できると思います」
「まぁ、ナオさんがそういうならお任せするけど」
「あの、無理しないでくださいね。そういうの、無くても別にいいと思いますから」
こういうのが好きそうな知り合い、居たよ。
多分ノッてくると思う。任せて!
演出はきっと薄暗くなってからの方がバエると思うんだ。
なので暗くなるまでずっとお喋りを楽しんでるのも悪くはないけど、せっかくならベイガさんの村の人たちを治療したりして過ごすのもいいな。
「日が落ちてからちょっとやってみたいことがあるんですけど、それまでの間、村の人たちの治癒でもしましょうか」
思いついてそう言うと、シトリィさんたちが簡易寝台なんかの必要なものを手早く用意して下さる。
村に知り合いが多いシーマさんが希望者を集めに行って下さり、みんなを連れて戻ってくる頃には、立派な野外診療所とでもいうべきものが出来上がっていた。
女性には『生命』について説明する担当なども予め決められているようであり、あれよあれよという間に準備が整ったのである。大変にありがたい。
◇ ◇ ◇
「ホントに古傷でも持病でも、何でも治せるんだなぁ。金も要らないって言うし…… すげぇ人だなぁ」
「ナオさんがいきなり言い出したのに、お連れの方もテキパキと準備して。野外なのに、並んでる人からは治癒の様子がわかりづらいように工夫もされてるみたい」
「よくあることなんだろうな。そういう人みたいだし」
「でも、良かったのかしら? お言葉に甘えちゃって。話を聞いて村中からどんどん人が集まってきちゃってるわよ」
ベイガとアルトは少し離れたところから半ば呆れたようにその様子を見ていた。
「流石にアタイにやった『美の奇跡』は別扱いでタダではやらねぇんだな」
最初の人集めが一段落したシーマもそこに加わる。
「ナオさんは人を癒すのがお好きなのであって、そっちはオマケとか贅沢品みたいな感じなんですって。『生命』のこともかなり気にしてるって話だし」
「オレなら可愛い女の子にはどんどんオマケしまくっちゃうけどなぁ」
「そういう風に考えない方だからこそ授かれたのよ、きっと。すぐ調子に乗るアンタは絶対ダメよ。神様もちゃーんとわかっていらっしゃるわ」
「あんなん男なら有効活用しない方がおかしいって! ナオさんが変わってるんだよ!」
「…… アンタ、自分もああいう奇跡がよかったと思ってるんじゃない?」
「いや、今の力じゃなきゃあの時お前を助けられなかったからな。ナオさんのことは正直すげぇ羨ましいけどオレはこれで良かったと思ってるぜ」
「…… そ、そう」
「ま、アレをタダでやられちゃ、アタイとの取引はなんだったんだって話にもなるしな。シトリィあたりがその辺の事は弁えてるんだろ」
若いカップルがいちゃつきだしたのを見て空気を混ぜっ返すシーマ(彼氏いない歴=年齢)。
「でも、せっかくなんだし、あとでアルトも頼んでみたらどうだ? ベイガのコレなら多分いけるだろ」
小指を立て、わざと品のない笑い方をして見せる。
「え~、そりゃ興味はすっごくあるけど…… でも……」
シーマのその仕草には全く気づかず、チラチラとベイガを気にするアルト。
「いいんじゃねぇの? アルトがどんだけ変わるか見てみたい気もするし。オレからもナオさんに頼んでやろうか?」
「…… アンタはいいの? 私がナオさんにアレされて」
「あー、『生命』ってやつ? オレみたいなスケベじゃなくてナオさんなら大丈夫だろ。それに……」
「それに?」
シーマには聞こえないようにアルトにだけ耳打ちする。
「あの人はオレの奇跡の事、そのまま受け止めてくれたからな。なのにオレがあの人の奇跡にあれこれ言うのは、違うだろ」
「…… そっか。そうかもね」
何かを思い浮かべたのか真っ赤になるアルト、いつも通りのベイガ。
内緒話が気にはなるけど、それを聞かないだけの自重は出来るシーマ。
ナオが見たらきっとこう言うのだろう。
『仲良しさんだな』
◇ ◇ ◇
姐御さんに何人か最初の希望者を呼んできてもらったら、その後は口コミが広がったようで思ったより大勢が来てくれた。
楽しい癒しの時間はあっという間に過ぎて、辺りはすっかり暗くなっていた。
「で、今度は何をしでかすつもりだい? ナオ君」
「あはは、ちょっとベイガさんのお悩みの解決に協力しようかと」
これからのお芝居の結果を聞けば、他の皆さんはともかく、あの方の性格や色々な事情を知っているミリアさんなら、本当のところを大体察してしまうだろう。
「ナオ君がそうしたいというのなら構わないが、あまり大きな騒ぎにはならないように気を付けてね」
「はい、大丈夫です! 面白くなるように少し演出はしようと思ってますけど」
だけど、大丈夫。何かを察してもミリアさんなら余計なことを言ったりしない。
少し困ったように眉を八の字にして優しく微笑むミリアさんは本当に綺麗だ。女神様かな? 好き。
「…… ナオ君の『面白くなる』には不安しかないが…… 止めても無駄なのだろうな……」
女神様が何かつぶやいた気がするけど、その美しさに見惚れてしまっていた僕はちゃんと聞き取れなかった。
まぁ、ミリアさんは大事な事ならしっかりと伝えてくれる。
レディの独り言を聞き返すなんて野暮は、ハードボイルドな男はしないのだ。
治癒の最中に日が暮れたら村の広場を使わせてほしいというお願いはしていたのでお芝居をする場所は確保済みだ。
『演出家』とも事前に軽く打ち合わせはしてあるので、あとは僕とベイガさんで祈るだけ。
その前になぜこんなことをするのかを村の皆さんに説明する。
反応は悪くない。
特に『アルトさんが危険に晒されないと力を出せないのは本末転倒』という件には多くの共感の声が上がっていた。
うむうむ、流石ベイガさんを育てた村。基本的に皆さん良い人なのだ。
「神様に頂いた力はヒトの努力や訓練でその条件が変わるようなものではないと思います。だけど、与えられしものが二人も揃っている今なら、お願いをしてみる価値はあると思うのです。僕とベイガさんの願いに共感してくださったなら、どうか一緒にお祈りをして頂けませんか。宜しくお願いします!」
ベイガさんが特訓に駆り出されないように予防線を張っておくのも忘れない。
「ナオさん……!!」
ベイガさんも喜んでくれているようだ。
身体を鍛えるのが悪いとは言わないけど、実らないとわかっている努力は辛いよね。
そんな僕とベイガさんを、少し離れたところからミリアさんたちが眺めている。
何かお話してるっぽいけど何を喋ってるんだろ。あっちにも混ざりたい。
「ナオが自分から人前で父親と関わろうとするのは違和感がある」
ロロは相変わらず鋭い。
「確かに。いつも自分は神様と特別な関係じゃ無いって言い張ってトボけるのにな。珍しいと言えば珍しい」
「ナオっち、なんだかんだベイガくんのこと気に入ってるみたいだし、なんか事情があるんだろ。初手から土下座でお願いしてくるくらい困ってたっぽいし」
「ランス。ナオ様のことだから、面白い悪戯を思いついただけの可能性もあるわよ」
「ナオ様は悪戯で父なる大樹を利用するような方ではありません!!」
「ねぇねぇ、何か起きるのかな? お母さんはナオさんから聞いてないの?」
「見てのお楽しみ、と言って教えてくれなかったよ。でも、なんだか綺麗なものを見せてくれるらしい」
「へぇ~、楽しみだねぇ」
いよいよ、お芝居が始まる。
僕とベイガさんが並んで跪く。
ベイガさんは「万が一本当に届いた時のことを考えれば、おかしなことは出来ない」と本気で祈っている。
僕は、あの方への感謝の祈りを捧げよう。
時折、祈るようにはしているけど、こんなシチュエーションもたまにはいいんじゃないかな。
目を閉じ、祈りを捧げることしばし。
僕の周りに優しい風が吹き出したのを感じる。
それとほぼ同時に周りのひとたちから静かな騒めきが聞こえだした。
…… 来た!
目を開け、確認してみると、僕とベイガさんを包むように風が渦巻き、その風には光の粒のようなものが混ざっている。
その光の粒子は風と共に少しずつその密度と輝きを増し。
最後は光の帯のようになって上空へ上っていき、静かに消えていった。
「うぉぉぉぉ!!」
「き、奇跡だぁ!!」
「ありがたやありがたやありがたや……」
少し間をおいて、村の人たちから大きな歓声が上がる。
うむ! 完璧だ!! リクエスト通りだよ、ユニコーンさん!!
「すっげ…… 今のがナオさんのいい方法ってやつ? めっちゃ綺麗だった。本物みたいだ」
「王都でああいうことが出来る方と知り合ったんですよ。ちょっとお願いしてみたらノリノリで手伝ってくれるって」
収まらない騒めきのなか、コソコソと話し合う。
ふふふ、思った以上に上手くいったぞ。
「面白そうなことしてるね、七桜君」
!?!?!?!?
マズイ!!
「慌てなくてもいいよ。七桜君の邪魔をする気はないから」
やばい! マズイ! なんで!?
「ナオさん? どうかした? なんか焦ってるみたいだけど」
「今のも悪くないけど、やっぱりね『外連味が足りない』と思うんだ」
ベイガさんには聞こえてない!? 僕だけ!? 外連味!?
「さあ、空を見なよ。俯かないでさ」
促されるままに顔を上げ、夜空を見上げる。
そこには数えきれないくらいの流れ星が次々と夜空を彩り、空そのものもオーロラのような光で虹色に輝いていた。
「うわぁ~!」
「きれー!!」
「奇跡だ……」
「ありがたやありがたやありがたや……」
大きな歓声が上がる。
これは、確かに綺麗だ……
「じゃ、そういうことで」
え?
「すっげ! すげぇよ、ナオさん!! ホントに神様が来てくれたみたいだ!!」
ベイガさんも大興奮である。
…… え? 終わり?
ホントに演出だけして帰ったの?
色々あったけど、お芝居は問題なく終わった。
ベイガさんの『条件が変わった件』も村の皆さんは多少戸惑いながらも受け入れてくれたようだ。
「事前にナオさんの『生命』を皆が体感してたのが大きいんだと思うわ」
「さっすが、ナオさん! そこまで考えてくれてたのかぁ!」
……
…………
「まぁ、概ね計画通りですよ」
ダンディな男は慌てないのだ。
後日、ユニコーンさんから
「俺様は聞いてなかったぞ!!」
「大いなる光が近くにお越しになっているのなら、俺様を引き合わせてくれてもよかったじゃないか!!」
と大いに怒られるのだが、それはまた別のお話である。
一晩明けて翌朝。
僕らはベイガさんの村を出立する。
姐御さんや昨日癒した人たち、たった一日居ただけの僕らを大勢の方が見送りにきてくれた。
「ナオやシトリィたちがいれば問題ないんだろうけど、道中気をつけてな。アタイは迎えが来るまで、のんびり骨休めさせてもらうぜ」
「ナオさん、本当にありがとう! オレ、ナオさんのことは一生忘れないよ!」
「またいつでも遊びに来てくださいね」
「僕もベイガさんに会えてよかったです。お元気で」
笑いながら、ベイガさんと握手をする。男の別れに涙は不要なのだ。
「おい、アルト。本当に良かったのか? ナオさんに『美の奇跡』お願いしなくて。こんなチャンスもう二度とないかもだぞ?」
「う、うん。やっぱり、ちょっと恥ずかしいし……」
「ナオさんは綺麗な女の人も見慣れてるから今更お前のことなんか気にしないぜ」
あ、今のは乙女心ビギナーの僕でもわかった!
あんまりよくない発言だ。
ほら、姐御さんが後ろで拳骨構えてる!
「ま、アルトはそのままでアルトだもんな! オレは良いと思うぜ!」
「…… バァカ」
おぉ~……
やれば出来るじゃないか、ベイガさん。
この人の場合、これが素なのが凄いよなぁ。
流石、愛の戦士。
馬車は風を切って軽やかに走る。
少しの寂しさと、次の出会いへの期待を乗せて。
今日の馬車内は
「昨日のお空、綺麗だったね!」
「ナオはそろそろ加減ってものを覚えるにゃ」
「あはは……」
大天使とロロさんと、
「まぁ、ナオくんにも色々事情があったんだろう。…… 友達が、出来たようだね」
ミリアさんが一緒だ。
「友達…… はい!」
そう、ベイガさんと僕の関係は、きっと『友達』なんだ。シトリィさんたちとも、ランスさんとも、ちょっと違う。この世界に来て、初めて出来た『友達』
「いやぁ、それにしてもベイガさんの天然っぷりには参りましたよ。あの人、全然自覚ないまま、次々に凄いことやってのけちゃうんですよね。それに付き合わされることになるアルトさんはこの先大変かも」
改めて言葉にすると、なんだかちょっと気恥ずかしくなって、少し話を逸らす。
「…… そうだね」
ミリアさんは、少し眉を下げて、少し困ったようないつもの笑顔で穏やかに微笑んでいた。
物語当初から予定していたナオとは違うもう一人の与えられしもののお話でした。
ナオと全然違うようでいて、どこか似ている二人。
この出会いと別れを胸に、物語は最終章へ向かいます。
最後までお付き合いいただけるととても嬉しいです。




