第275話 ハイワーシズへ その6 珍魚と躾
クラーケンの襲撃を退けた翌日。
大急ぎで船の修復を進めていた艦隊は、昼頃には移動を再開していた。
「あ~、こんなにゆっくり出来るのって次はいつになるんだろうね~」
「そうですね……ハイワーシズに到着すれば大臣の護衛がありますから、私たちもまた忙しくなりますね」
「うへぇ、仕事とは言え気が滅入りますね~。
あっ、ジグさんの引いてますよ」
僕たちは現在、船尾に椅子を並べて座りながら、のんびり釣り糸を垂らしている。
今日中にはハイワーシズに到着する予定なので、魔力や体力を温存できるようにとプロディサウラとの手合わせや、魔力の扱いの勉強は午前中で終わっていた。
「よっ……と、ってまたコイツかぁ。釣れるのは良いけど、毒針があるから面倒なんだよね~」
「そうは言っても街で薬の補充をしたいなら、今のうちに少しでも売れる魚を釣っておかなくてはいけません」
僕は竿を上げると毒々しい色をした魚の持つ、ヒレやトゲを白剣で切り落として椅子の下にある容器に入れ、魚は後ろに置いてある箱に放り込む。
するとイリトゥエルがその中に入っている水ごと魚を凍らせ、氷のブロックを箱から出すと隣に積み上げていく。
「一体どうしてそんなにお金が無いんですかねぇ。
ジグさんはパーティーリーダーなんですから、きちんとして下さいよ~?」
イリトゥエルが空にした箱の中に水を注ぎながら、ルミアが口を尖らせて言う。
「えぇっ! 僕のせいなの!?」
「……違いますね。正確には昨夜、酔ったルミアが兵士の方々と賭けをして盛大に負けたツケを、私やジグが払って金欠になったのでルミアが基本悪いです。
もし仮に、もしかしたら、万が一、私たちにも非があるなら、それは私たちがルミアから目を離して、調子に乗って金額の大きな賭けに出るのを止められなかった点でしょうか」
「うぅっ、ご、ごめんなさいです……」
いつもはルミアに甘いイリトゥエルが、今ばかりは娘を叱る母のような目でルミアを見ている。
ルミアもいつもは優しいイリトゥエルに怒られるのは堪えるのか、珍しくしょんぼりしていた。
「毒針と身で良い小遣い稼ぎになるとは言え、なかなか地道な作業だよねぇ」
「そうは言っても他にすることもありませんし、せっかく昨日の食事のお礼にと兵士の方が教えてくれたのですから、今はゆっくりしながら釣りを楽しみましょう」
「ですね~。あっ、今度はイリトゥエルさんのが引いてますよ~」
到着すればケルガーやクロエたちに任せきりだった護衛任務を交代して、そのまま徹夜で……なんて可能性が高いことから、魔法はほとんど使わずにいる僕たちだったが、釣り竿でも案外釣れるのでこれはこれで楽しかった。
「わわっ、今回のはこれまでよりも引きが強いですね」
大きくしなる竿がギリギリと音を立てる。
イリトゥエルは竿が折れないようにたびたび力を緩めながら、少しずつ魚を疲れさせていく。
そうして海面近くまで上がってきた魚の姿が見えると、海面がバチャバチャと乱れて魚が急に暴れ出した。
「このままじゃ折れるからイリトゥエルは竿を寝かせて、ルミアが水魔法で持ち上げた方が良いかも」
「は、はいっ、ルミア、お願いします」
「了解です~。ほいっと!」
イリトゥエルが竿を倒すと、ルミアが手の平を上に向けてクイッと指を曲げる。
すると海水が持ち上がって小さな水柱ができ、魚が船の方へと飛んできた。
「あれ? さっきまでの魚と姿は似てるけど色が違うなぁ」
「いずれにせよ毒はありそうですから、処理は先ほどまでと同じようにしておいては?」
「でも亜種とか希少種なら、そのままにしておいた方が良いかも知れませんよ~?」
僕らが甲板でピチピチと跳ねる魚を見ながら話していると、ちょうど情報を教えてくれた兵士のおじさんがやって来た。
「調子はどうだ?……って、そ、それは滅多にいない『オオドクトゲザカコ』じゃないか!?」
兵士は驚きながらも魚を箱に入れると説明してくれた。
元々教えてもらい釣っていたのはトゲザカコという魚で、見た目は薄紫でアレだが毒針は薬品工房に売れるし、淡白な味わいの美味しい魚らしい。
そのトゲザカコには、数は少ないが見た目が紫で毒性の強いドクトゲザカコや、更に希少で暗紫色のオオドクトゲザカコがいるらしく、イリトゥエルが釣り上げたのはまさにその希少な魚らしい。
「年間を通しても数匹しか釣れないから、これの毒針を工房に持ち込めばかなりの値がつくし、その身は捌いて食べれば絶品で煮て良し、焼いて良し、毒に注意さえすれば生でも美味しいらしくて、王に献上される事もあるらしいぞ」
「げ、激レア絶品食材ではありませんか、しかも王族に献上されるほどだなんて……」
「「!!」」
おじさんの説明を聞いたルミアがゴクリと唾を飲む。
するとその目はギラつき、表情は既に狩人のそれになっていた。
それを見ていた僕とイリトゥエルは、無言で目配せすると互いに頷いた。
「さぁ、私たちは釣りを続けましょう。ハイワーシズでは消耗品の補充もそうですが、教会やお世話になっている皆さんにお土産なども買いたいですからね」
イリトゥエルが箱の中身を氷漬けにし、目線がオオドクトゲザカコに固定されたルミアをグイグイ押しながら言う。
「そうそう。先立つものが無いとせっかくハイワーシズに着いても、現地の美味しいものが食べられないからね」
僕もルミアに釣り竿を持たせながら言うが、彼女の目は全くブレることなく箱の中身を捉えていた。
「……」
「……」
「……」
「ど、どうしたんだ三人とも……?」
僕たちのあいだに流れる緊張と沈黙。
それを見ていた兵士のおじさんは尋常でない雰囲気を感じ取ったのか、後ずさりしながら問う。
「……っ!!」
『アイス・シールド!』
『神縛桜糸!』
その場に残像が残るほどの速度で動き出したルミアに対して、宝箱……いや、魚の収められたただの箱をイリトゥエルの分厚い氷が間一髪で包み込み、それに激突して一瞬動きの止まったルミアを僕の糸が捕らえた。
「う、うわぁぁぁぁんっっ!! イリトゥエルさんの意地悪ぅっ! ジグさんの人でなしいぃぃっっ! 私はそのお魚が食べたいんですっ!
あぁっ! や、やめて、私の絶品食材がぁぁぁっ!」
糸でグルグル巻きにされて身動き一つとれず泣きじゃくるルミアを尻目に、イリトゥエルは更なる強固な封印として魔力をたっぷり注ぎ込んだ小さな氷の檻を用意し、氷の宝箱に収められたオオドクトゲザカコをその中に入れた。
「……聞きなさいルミア。これは賭け事で周りに迷惑をかけた罰であり、私たちに寝床を用意して快く受け入れてくださっている、教会の皆さんにお土産を買うためでもあります。
一時の食欲に負けて、すべき反省と感謝の気持ちを蔑ろにするようでしたら……」
「ひっ……」
一歩踏み出したイリトゥエルの足元から、ビシビシと音を立てて甲板が凍りついていく。
それを見たルミアが小さく悲鳴をあげた。
あまり表には出していなかったけれど、イリトゥエル様は昨夜の出来事にいたく憤慨なさっておられるようで、拘束されてもなお聞き分けの無いルミアを見下ろしているそのお姿は、まさにルミアの故郷の村でも目にした、神をも凌駕している母のそれであった。
「ご、ごめんなさい……」
「ルミアは何に対して謝っているのですか? 何が悪いか本当に理解しているのですか?」
「ひゃぁいっ! も、もう金輪際、私は賭け事はしませぇんっ! 大事な食ざ……そそそ、素材を勝手に食べたりもっ! しま、しましまひぇん!」
食材と言いかけたルミアを見て周りの気温がグッと下がると、寒さなのか恐怖のせいなのか分からないが、ガタガタと震えるルミアは慌てて訂正していた。
「……これは三人の大事な資金源ですから、食べちゃダメです。分かりましたね?」
「ひゃいっ!」
「……よろしいでしょう」
イリトゥエルは頷くとこちらを見る。
僕はそれを受けて糸を解除すると、イリトゥエルも氷の檻を取り払った。
「ルミアがきちんと我慢できたら、ハイワーシズの美味しいお店を調べて三人で行きましょう。もちろん仕事が無いときですけどね」
「本当に? か、必ずですよ?」
イリトゥエルがルミアに手を差し出しながら言うと、その手をとって立ち上がったルミアが目を潤ませて問う。
「っ!……え、えぇ。これは約束です」
いつもの元気なルミアとのギャップが凄くて、目の前にいたイリトゥエルはもちろん、僕も兵士のおじさんもその可愛さに息を呑んだ。
恐らく今のイリトゥエルの頭の中では、可哀想だから少しくらいなら食べさせてあげても良いのでは派と、そこを曲げると今後のルミアのためにもならないから心を鬼にする派の、血で血を洗う争いが繰り広げられているに違いない。
「……!」
僕はそんなイリトゥエルに首を振って見せると、ハッとした彼女は深呼吸して心を落ち着かせた。
「では釣りを続けましょう。たくさん釣れればそのぶん、向こうでの楽しみも増えますからね」
「「は~いっ」」
こうして僕たちは釣りを再開し、日が暮れてきた頃には氷漬けにされた魚もだいぶ積み上がっていた。
イリトゥエルによる神への躾は効果抜群だったようで、ルミアはお腹から地獄の底から響くような音を鳴らしながらも、ちゃんと釣りを続けていた。
……少しヨダレを垂らしていたのは気づいていたが、僕もイリトゥエルもそこは見ないフリをした。武士の情けというやつだ。
「そろそろ陸地が見えてくるみたいだから、三人とも支度を済ませておいてね」
こちらもたっぷり休養をとったらしいアルテミアが呼びに来ると、僕たちは釣り止めて部屋に戻り、荷造りを始める。
「酔い止めは今日飲んで底をついたので、出来る限り節約しておいて正解でしたぁ~」
「グランドセイルはほとんど揺れなかったから良かったけど、イサプレアからずっと海の上だったもんね」
「ルミアに船上の生活は辛かったでしょう。本当によく頑張ったものです」
小瓶が入っていて今はもう空になった箱を見ながら、ルミアが溜息交じりに言うと僕は苦笑しながら今までのことを思い出し、イリトゥエルがルミアの頭を撫でる。
そうして辺りが真っ暗になる頃には前方に、大きな街や港の灯りが見えてきて、僕たちの乗った船は久し振りの陸地に到着したのだった。
ハイワーシズ到着前にお財布の中身が気になる気がしたので、こんなエピソードを挟んでみました。
ちなみに兵士のおじさんは前回の視点の人です。
ついでに魅力でもあるルミアの食欲ですが、多少の制御が出来るようにならないといけないかなとも思い、パーティーの要でありしっかり者のイリトゥエルにお願いしてみました(笑)
船旅は一旦ここまで。ようやく……本当にようやく本来の目的地に到着しました( ̄▽ ̄;)
到着したのが夜ですし、街の様子やハイワーシズについては次回以降ということで。
それと以前から文章のルールとしては知っていたのですが、やり方が分からず放置していましたものがありまして。
つい最近になって文頭一文字下げのやり方を知り、0話から少しずつ修正しております。
この影響で更新頻度が更に下がるかも知れませんが、作品をより良くして読みやすくするためですので、ご了承いただきたく思います<(_ _)> (でも何故か前・後書きには反映されないんですよね……)




