第274話 ハイワーシズへ その5 ある兵士の見たもの (?視点)
今回は主要な登場人物ではなく、彼らの周りにいる名も無き兵士の視点のお話です。
グランドセイルから本国へと帰る途中、艦隊前方にギガントクラーケンが現れて、セントリングの護聖八騎と冒険者が応援に向かった。
続いて艦隊側面にも同様のモンスターが出現し、部下の騎士様に旗艦の指揮を任せた四天星・ケオカマール様が迎撃に出た。
するとその直後、旗艦と海の民の移民船の間にソイツは突然現れた。
「て、敵襲!!」
無数に伸びてきた触手のような脚が隣にいた船に巻き付くと、バキバキと音を立てて船が壊れる。
しかし、騎士たちもすぐ反撃に出て炎や雷属性を中心に脚を破壊すると、俺たちもそれに続かんとして一斉に矢を放つ。
すると海面から顔を覗かせたギカントクラーケンが、口から真っ黒な墨を吐いた。
「うぐっ! 盾構えぇっ!」
降り注ぐ墨を受けた騎士様が叫び、俺は背負っていた盾を大急ぎで掲げた。
「ぎゃあぁぁっ!」
すると墨には吸魔の力と毒があるのか、防御が間に合わずそれを浴びた味方は悲鳴をあげながら倒れた。
続けて破壊されてもすぐに再生した脚が船に覆い被さるように伸びてくると、その先端にある毒針で船上にいる者たちを突き刺して攻撃し始めた。
「アルテミア殿もケオカマール様もいないというのに……くそっ! 救援が来るまで耐えるのだ!」
騎士たちは毒針を避け、伸びてくる脚を斬り払い魔法を放ちながら味方を鼓舞するが、脚の先端はすぐに再生し、有効打となりうる攻撃はクラーケンの体を守る別のモンスターによって防がれる。
「ちくしょう、このまま俺も死ぬのか……」
甲板にいた味方をクラーケンの脚が薙ぎ払うのを見ながら、それでも逃げ場など無いと覚悟を決め、弓を引いていたその時だった。
『エル・エリア・ブリザード!』
『エル・メニア・ホーリー・レイ!』
自分たちが苦戦していると突然、目の前が眩しいくらいに白く染まり気温が急激に下がった。
俺は思わず目を瞑ってしまったが、何事かと思って薄目を開けると、そこは冬でもないのに局所的な猛吹雪となっていて、クラーケンをその巨体ごと飲み込んでいた。
そして同時に凍りついたその体を、幾つもの熱線が貫いてクラーケンの体を蜂の巣にした。
「ギギギィッ!」
クラーケンは悲鳴のような鳴き声をあげながら墨を頭上に撒き散らすと、周囲がそれを防いでいる間に海中に潜る。
「いかんっ! 奴はまだ死んでいない、海に潜って再生する気だ!」
騎士たちが逃げられないうちにと攻撃するが、盾型モンスターや脚に阻まれて届かない。
『エル・アクア・ヴォーテ・ゲイザー!』
しかしクラーケンがまんまと海中に逃れたと思った瞬間、海が渦を巻いて巨大な水柱が立ち、クラーケンの体が下から突き上げられる。
『極大凍結魔法・コキュートス!』
クラーケンの体が海面から飛び出すと、それを待っていたかのように全て凍てついて、辺りの海もクラーケンを持ち上げた水柱も氷に閉ざされた。
すると凍りついた海面に、桜色の髪をした美しい少女が降り立つ。
「さっすがイリトゥエルさん! では私も行きますよ~!『無限風刃!』」
そして彼女は魔力を高め魔法を発動させると、体をくねらせて氷の柱から降りようとしているクラーケンへと、数え切れないほどの風刃が襲いかかる。
「ルミア! そのまま削ってくださいっ!」
クラーケンの脚や体を斬り飛ばし続ける少女の隣に、こちらも負けず劣らず可憐なエルフの少女がやって来ると、その見た目からは想像もつかないほどの魔力が溢れる。
「イリトゥエルさん、恐らく体を守っているモンスターの、あの部分にきっとクラーケンの急所があるはずです~!」
「わかりました…『エル・アイシクル・ランス!』」
右手をクラーケンへ向け、溢れる魔力の全てを一点に集めたエルフの少女が氷の槍を撃ち出す。
するとそれは一直線に盾型モンスターへと飛んでいき、その強固な殻を砕くとクラーケンもろとも貫いた。
「もう少しワシの出番があるかと思ったのだが……。
まぁ仕方があるまい。二人とも、見事だ」
「いえ、あなたがクラーケンを海から引きずり出してくれたお陰です。助かりました」
船から下りてきてトドメを刺されたクラーケンを眺めつつ、先の戦いで敗れた海の民の指導者が感心しながら言うと、エルフの少女が軽く頭を下げていた。
「これまでも対象を下から突き上げる水魔法は見たことがありますが、今のは更に渦巻く水でクラーケンの脚を削ってましたよね~?
初めて見ました。さすがは海の民と言ったところですね~」
「ほぅ、気づいたか。ふふふっ、そんな目で見なくとも後で教えてやろう」
「おぉ、私に親切にするのは良い心がけです。きっと神の加護が得られますよ~」
桜色の少女と大男がそんな話をしていると突然、自分の近くの甲板に一人の少年が着地した。
随分と急いで来たのか、息を荒げてキョロキョロしている。
「はぁっ、はぁ……あ、あれ? 狼煙が上がってたのに、もう敵は片付いたの?」
「ジグ、おかえりなさい。ご無事で良かったです」
「思っていたよりも早かったですね~。向こうはもう良いんですか~?」
「どうした小僧、前線で何かあったのか?」
「……あぁ~、なるほど~」
少年の姿を見つけた三人が口々に言うと、彼は氷の上にあるクラーケンの死骸を見て、口を開けて納得していた。
「そうかぁ、そりゃこの三人いるんだもの、こうなるよねぇ……」
「それよりジグさん、こんなに大きなイカとエビが向こうからやって来たんですよ~!
今日はパーティー……そう、魚介パーティーですよ~!
もちろんシェフはジグさんですから、今からしっかり準備してくださいねっ!」
船から下の氷に降りながら呆れたように、しかし安心したような、それでいて感心したような複雑な表情を浮かべて言った少年に対して、桜色の少女がクラーケンの体をペチペチ叩きながら目を輝かせて言う。
「いや、僕も向こうの戦闘で疲れ」
「海に落ちた私を放置したのは~?」
「……あっ、はい、僕です。
だからルミア様のご指名通り、今日のシェフは僕です」
「ふふっ、よろしい♪ これで帳消しにしてあげます。それに捌くのくらいは私も手伝いますよ~」
桜色の少女はそう言いながら氷のまな板と化した海の上で、風刃を放ちクラーケンを解体していく。
「あぁ、ルミアったらもう。色々と用意しますから、少し待って下さい」
ズバズバと考え無しに斬り飛ばしていく仲間を見たエルフの少女が、慌てて氷の箱やゴーレムを作り出して、小さくなったクラーケンなどをその中に収めていく。
「小僧、お前もなかなか大変だな……」
「いやぁ、あは……あははは……」
男が肩に手を置いて慰めると、疲労の色を隠し切れない少年は曖昧に笑いながら、少女たちの作業を見守っていた。
◇◇◇◇◇
その後、艦隊は戦闘による被害の確認や船体の修理、負傷者の治療などがあるためその場に留まり、その日の夜は各艦に配られた新鮮な食材を、船の料理人がそれぞれ腕を振るって調理した。
旗艦にいる俺たちの夕食は料理番と冒険者の少年が担当したが、少年の作ったクラーケンの肉に小麦の衣をつけて油で揚げたものは、ハッキリ言って料理番の作ったものより数段美味かった。
「おいひいっ! こんなとこりょでまた、ジグひゃんのシチューが食べられるなんて!」
「たまたま他の材料もあったしシスーチェの身はエビっぽかったから、今日は海鮮シチューにしてみたよ。
あっ、串焼きもそろそろ焼けるよ」
「わぁ、旨味が出ていて本当に美味しいですね」
戦いの勝利を祝う宴も開かれていることから、今日は皆が甲板に集まって食事をしている。
俺から少し離れたところで冒険者の三人は楽しそうに食事を摂り、少年は土魔法で作られた竈で網焼きや串焼きを作っては、出来上がったそれを皆に配っている。
「小僧は冒険者を引退しても、こっちの腕で生活していけそうだな?」
「ん~、たしかにそれもアリですね。でも僕にはやることがあるので、出来ればまだまだ先の話だと良いんですが。
……あっ、これも、あっちも、そっちも焼けましたね。皆さんどうぞ~」
少年は糸を使って同時に複数人に串焼きを配ると、自分も焼きたてを頬張って満足げに微笑む。
「シメは余った殻や身を突っ込んでダシをとった、旨味たっぷりのスープですよ~。欲しい人は器を持って並んでくださいね~」
火にかけていた大鍋の蓋を開けて少年が叫ぶと、桜色の少女がいつの間にか彼の前に立っていた。
「早っ! 身体強化まで使って並ぶ必要ある!?」
「私が心を許した人たちならいざ知らず、他の者が神より先に食すなど罰当たりになってしまいますし、かと言って私が受け取るまで待てとも言えませんからね~。
それなら誰より速く食べ、並ぶのが武士の情け、せめてもの気遣いというものですよ~」
「なんだそりゃ。というかイリトゥエルも早いね……」
少年は呆れながらも差し出された器にスープを注ぎ、少女はちっちっち~と言いながら人差し指を振って話し、スープを受け取る。
するとその後ろにいたエルフの少女も、照れくさそうにしながら器を差し出す。
「わ、私は早めに食事を終えて、ジグと交代しようと思ってるだけですからっ」
「なるほど。イリトゥエルは優しいね~っと、はいどうぞ」
赤面しながらスープを受け取った少女は、少年とスープを見て嬉しそうに微笑むと桜色の少女の隣に座り、幸せそうな表情でそれを飲む。
「ごくり」
生唾を飲んだ俺も急いで残っていたものを食べきると、列に並んでどうにかスープを手に入れた。
「うまい……」
塩のみを味付け使っているシンプルなスープだったが、具材の旨味がこれでもかと含まれていて体に染み渡る。
「よし、明日も頑張ろう」
美味しい食事で活力を得た俺は、国に残してきた妻子の元へと無事に戻るため、決意を新たにしてそう呟いた。
いつもは知らぬ間に倒れ、死んでいく名も無き兵士たちにも物語や人生がある。ということで、たまには高い戦闘能力を持つ人物以外の視点も良いかなぁと思い、こんな形にしてみました。
実は移住先でもモンスターと戦わないといけない場合を想定し、また友好的な関係を築くためにも、海の民にはパチンコ型の魔道具の所持も許可されています。
しかし余程の危険が迫らない限りは使わないようにと、プロディサウラから指示が出されているのでここでの出番は無し。
戦力的にもあの三人がいますから、戦いは見ての通りの結果でした。
そんな事は知らないジグは大急ぎで駆けつけましたが、彼の仕事はその後にあるようでした(笑)
作者も多少は料理をするのですが、こういう描写は苦手です。美味しそうに書ける方々を本当に尊敬しますし、羨ましい限りです(;´Д`A
そういうわけでハイワーシズも近付いてきたので、次回辺りでそろそろ次に進みたいところです。




