第237話 閑話 モンスターの群れと凍てつく海 (アルテミア視点)
今回はジグとルミアが休養中におこなわれている、モンスター掃討戦の模様をアルテミア視点で。
クリムゼリスが攫われ海の民が街を去った後、ジグたちに休むよう指示を出した私はセラーナ殿や他の騎士たちと合流し、街の中央広場でモンスターの対処について話していた。
「アルテミア様!」
「イリトゥエル様……」
するとそこへやって来たのは船に残してきた者たちで、仲間の心配をしているらしいイリトゥエル様に至っては、明らかに顔色が悪い。
「ジグとルミアは無事なのですか!?」
「あなたのお陰で二人とも無事ですから、ひとまず落ち着いてください。
それと今は二人とも政庁にいて休んでいるはずですから、イリトゥエル様はこれからのことについて集中してくださると、私としても助かります」
「あっ…私としたことが取り乱してしまいました。申し訳ございません……」
私が二人の無事を告げて宥めると、彼女はこちらの……治療済みとは言え、いまだ負傷した痕跡が残る私や他の騎士達の姿を見て、二人の元へ行きたいという想いをグッと堪えてくれたようだった。
そうしてこれまでの経緯を説明し、現在の状況を共有するとケルガー殿をはじめとした皆は、消耗の激しい私たちの代わりに前線を支えると言って動き出した。
「セラーナ殿、私は前線で戦う者たちの支援をしようと思います。側面と背後は任せてもよろしいですか?」
「はっ、はい! 私もそのようにしたいと思いますので、お任せください! それとその……み、皆様のご武運をお祈りしております」
私は皆が前面の敵に集中出来るように他方面の敵をセラーナ殿に任せると、彼女は頷いてそう言った後、メリルの顔を見てニッコリと微笑む。
するとメリルはグッと拳を握って大きく頷いていたので、どうやら花丸満点の解答だったようだ。
「私も皆さんの無事を祈っております。ではまた、後ほど!」
そうして私は広場を後にすると、モンスターとの激しい戦闘がおこなわれている港へ向かった。
◇◇◇◇◇
港に到着するとケルガー殿の指示なのか、既に皆はラティナたち3人にクロエが付いたパーティーと、ケルガー殿を前衛にしてイリトゥエル様が後衛火力として戦うパーティーに別れて敵を防いでいた。
「アルテミア殿、味方の状況は?」
「冒険者や衛兵は街の鎮火と負傷者の手当てで手一杯のようだから、こちらに人を回す余裕は無いわ。
でもそのぶん、周りに遠慮する必要は無いでしょう?」
「ふっ、確かに…『エル・メニア・ダーク・ハンド!』」
私がケルガー殿の問いに答えてニヤリと笑ってみせると、彼もそれに応えるように頷いて広範囲の闇魔法を展開する。
「それと側面と背後はセラーナ殿が請け負ってくれたから、私たちは前面の敵に集中してなるべく早く片付けるわよ!」
「「「はっ!」」」
私が矢を放ち敵の一角を崩しながらそう言うと、皆一斉に打って出た。
私たちが現在相手にしているモンスターの群れは、ピクロクラーケンという体長1メートルほどの大きさの水棲モンスターだ。
普段は海の中にいるけれど、その頭と一体化した胴体からたくさん生えた触手のような足によって短時間なら陸上でも行動が可能で、更に足には吸盤と毒針を備え、口からは墨のような闇属性のブレスを吐く。
触手をはじめとした体全体が強い再生能力を備えており、一撃で倒すなら胴体を丸ごと吹き飛ばすか、体のどこかにある脳を狙って破壊しなくてはならない。
そしてその体は柔軟性に富んでいる反面、切断も容易で防御力自体も高くはないので、ダメージを与えるのは難しくないし、水中でも特別速いわけではないため、普通ならそれほど苦戦しない。
しかし今回は数が多いのと、一緒に現れたモンスターが厄介だった。
「はぁっ!」
私は戦闘中のダンクを見ると、彼はちょうどメイスを振るってピクロクラーケンを殴りつけているところだった。
しかしその一撃は見事に炸裂したかと思った直前、ピクロクラーケンの体を這い回っているモンスターによって弾かれる。
「くそっ! 一撃じゃダメか! うおりゃあっ!」
ダンクが再度メイスを振るって打ち砕いたそれは、六角形の石のような殻を背負った平たい体の持ち主で、ピクロクラーケンとは共生関係にあるらしいストルシスーチェという甲殻類のモンスターだった。
ストルシスーチェは体のつくりからして攻撃に向かない分、その硬い殻を使ってピクロクラーケンを守る代わりに、食事のおこぼれを貰っているらしい。
しかもストルシスーチェは殻を砕かれると、身軽になった体ですぐにその場から離脱して姿をくらませ、魔力が続く限り殻を再生成しては同じピクロクラーケンの元に戻ってくる。
「ラティナはダンクが殻を砕いたら、すかさずストルシスーチェにトドメを刺して!
ダンクは無理に追わなくて良いから、そのぶん無防備になったピクロクラーケンに攻撃を続けて!
触手攻撃はラティナの風魔法で切断すれば怖くないから、ダンクはブレスにだけ注意して。不足は私が盾魔法で補うわ!」
「おう!」
「わ、わかったよオリヴィエちゃんっ『ウインド・カッター!』」
「そろそろ私も出るから、もし何かあればすぐに教えてね」
二人に的確な指示を出すオリヴィエを見て任せられそうだと判断したらしいクロエは、支援や回復を彼女に任せて自分もダンクと共に前衛に出始めた。
そうしてダンクが砕き、クロエとラティナが素早く逃げようとするストルシスーチェを二段構えで仕留めると、ピクロクラーケンの討伐速度は徐々に上がり始めた。
「あっちは問題なさそうね……」
私は四人から目を離すと、もう一方を見る。
「ケルガー様!『エル・メニア・アイシクル・ランス!』」
「はぁっ! 『メニア・ダーク・シャドウ!』」
「ふふっ、張り切ってるわね」
私は二人だけで戦うイリトゥエル様とケルガー殿を確認すると、索敵魔法で互いの位置や行動を把握しているらしい二人は、既に息ピッタリのコンビネーションで骸の山を築いていた。
無数の氷槍によってストルシスーチェの殻を砕き、立て続けに本体を貫いて倒すイリトゥエル様に合わせて、ケルガー殿は複数の分身体を用いてピクロクラーケンを切り刻んでいく。
「早く片付けて二人のところに……ケルガー様! 大きいので一気に片付けますから、少しのあいだお願いできますか?」
「了解した!」
イリトゥエル様はケルガー殿に敵の相手を任せると、精神集中して魔力を溜め始める。
そして両手を掲げて雪の結晶を幾つも作り出すと、同時に風が巻き起こって結晶はそこに吸い込まれていく。
すると無数の結晶が舞い踊る白い竜巻となったそれを、今度は圧縮し合体させていく。
そうして出来上がったのは蒼白い魔力の火花を散らし、内部に竜巻を宿す氷の結晶だった。
「……あっ! クロエ! 皆を連れてすぐにこちらへ退避して!」
「は、はいっ! 『エル・ストーン・ウォール!』」
その光景を見ていた私は、ジグから聞いていたイリトゥエル様の特別な魔法のことを思い出すと、込められた魔力量が聞いていたそれを凌いでいるようだと気付いた。
そして急いでクロエに指示を出すと、同じくイリトゥエル様の姿を見た彼女は血相を変えて、モンスターと自分たちのあいだに巨大な石壁を生み出し、皆と一目散に逃げてきた。
「す、すみませんアルテミア様!……くっうぅっ……す、少し…力を入れすぎました」
己の制御の限界を超えるほどの魔力を一気に込めたせいか、イリトゥエル様の両手の中で暴れている結晶は、今にも飛び出して発動せんばかりだ。
「ケルガー殿!」
「はっ!」
「イリトゥエル様が退避したら、全員で盾魔法を張るわよ!
オリヴィエは発動と同時に水魔法でイリトゥエル様をこちらに!」
「はい!!」
私は両腕がガクガクと震え始めたイリトゥエル様の姿を見てケルガー殿に声をかけると、皆にも指示を出し両手に魔力を集めて備える。
「……い、いきます! 『凍壊魔法・エンドフリーズ!』」
『アクア・ハンド!』
「今よ!『エル・ウインド・シールド!』」
ケルガー殿が退いたのを確認したイリトゥエル様が結晶を空高く放り投げると、オリヴィエは水の手を伸ばしてイリトゥエル様の体を掴むと強引にこちらに引き寄せ、それと同時に全員で盾魔法を発動させる。
すると話に聞いていた凍壊魔法はそよ風のような穏やかさのはずが、今回イリトゥエル様が発動させたそれは「ギンッ!」と音を立てて結晶が割れると風が巻き起こり、ビシビシと音を立てて目に見えない何かを凍らせていった。
……数秒後。
盾魔法の向こうを索敵魔法で探ると、もうそこに動いているものは存在しなかった。
私たちは盾魔法を解除して辺りを見ると付近の空気は冷たく張り詰め、周りには停止したままうっすら白くなっているモンスターたちと、襲撃によって破壊されたうえ更に凍てついた船の残骸、そして岸から少し先までが凍りついたぶん、波の音が遠ざかった海があった。
「まさかこの一帯にいた全てのモンスターを海ごと……?」
私は触手のような足をくねらせ振り上げているピクロクラーケンに触れてみると、それは触った途端に砕け散ってガラガラと崩れた。
「あわわわわ……こ、こんな魔法に巻き込まれたら死んじゃうところだったよぅ……」
「イリトゥエル様も、隕石魔法なんて非常識なものを使うラティナにだけは、言われたくないんじゃないか……?」
「ラティナのメテオストライクを見たときにも驚いたけれど、こっちも本当に凄いわね……」
プルプル震えているラティナに向かってダンクとオリヴィエがそんなことを言っていると、既に回復薬を飲んでいたイリトゥエル様がフラフラと立ち上がる。
「この一帯の敵は片付いたと思いますが、他の場所はまだでしょう。私たちも早くそちらに合流して……」
「いけませんイリトゥエル様、もう少し安静にしてなくては…」
クロエはイリトゥエル様の体を支えながら座らせると、こちらを見て首を振る。さすがに消耗が激しくて、すぐに戦うのは無理ということだろう。
「イリトゥエル様のおかげで敵の大半は片付きました。後は私たちがやりますので、クロエと共に一旦退いてください」
「なりません! この程度の働きでは二人にはまだまだ……」
恐らく彼女は命の危機を乗り越えた二人と自分を比較して、更に頑張らなければと思っているらしい。
けれどそれは周囲にとっては負担が増えるばかりで……でも気持ちは痛いほど理解できて…。
指揮官として厳しい事を言うのは容易いが、しかし私は何と言えば良いのか迷って口籠もる。
するとラティナが彼女の前に出てしゃがみ込むと、その手を握る。
「あ、あの、イリトゥエル様っ。ジグ君ならきっと、これほどの働きをした仲間を相手に無茶をして欲しくないって言うと思います。
それにルミアさんだって、『そんなに一人で頑張らなくても、周りを頼ってくださいよ~』って言うと思うんですっ」
ラティナは魔力切れを起こしかけて血の気の引いた、イリトゥエル様の手を温めるように両手で包み込んで話す。
「だ、だからその……あの二人に比べたら力不足かも知れないけど、出来れば私たちのことも頼りにしてくださいっ」
「ラティナさん…。……そうですね。あの二人ならきっと、そう言うと思います。わかりました、後はお願いいたします」
「は、はいっ、お任せくださいっ!」
イリトゥエル様が微笑みながら、しかし少しだけ寂しげにそう言うと、ラティナは励ますように強くその手を握り大きく頷いた。
「じゃあクロエ、頼むわね」
「畏まりました。後衛に合流したのち、私もすぐに戻ります」
「私は倉庫区画の方に行くからクロエは後からそっちに来て。
それと3人にはケルガー殿が付いて、逆方向をお願いするわ」
「はっ!」
指示を出すとクロエはイリトゥエル様を連れて一旦下がり、ケルガー殿は3人を連れて市場の方へと向かう。
「さて、もうひと働きね…!」
私は凍ったままの海や夜もすっかり明けた空を見上げてそう呟くと、別の場所で戦っている味方の元へと急ぐことにした。
留守番組の活躍回でしたが、1話に収めたくて少し早足になってしまいました。
街でのことをある程度聞いたイリトゥエルは二人のことが心配なのと同時に、やはり置いていかれた焦りのようなものもあって、結構な無茶をしてしまいました。
しかしそこは船旅をして少しずつ打ち解けてきたラティナたちが支えて、その焦りや不安を少しは取り除く事が出来たようです。
新しいモンスターもなかなか面倒な組み合わせでしたが、どっちも丸ごと、海ごとフリーズドライされてはひとたまりも有りませんね(笑)
この後はセラーナ隊とも合流して残党を駆逐し、戦闘は本当の意味でようやく一旦終了します。
しかしまだ課題は山積みなので、次回からはそちらの解決に向けて進んでいきます。




