第236話 大海を越えて その12 決意表明とお風呂
今回は久し振りのジグ視点です。
……痛い。全身の至るところが焼けるように熱く、そして痛い。
しかし、どうしてこんな事になっているんだったか思い出せない。
「……グ! ……し……て!」
それに何か聞こえる。これは……。
「ジグ!」
「う…うぅ……」
僕が目を覚ますと周囲は明るく、目の前にはアルテミアがいてこちらを覗き込んでいた。
「先…生……?」
「はぁ~。やっと気がついたわね。倒れてるのを見つけたときには肝を冷やしたわよ……」
安堵の溜息をつきながらそう言うアルテミアは、いつもはサラサラな黄緑の髪をボサボサにして、所々に怪我もしているし防具もあちこち破損していた。
「僕は一体……うっ! いたたた……」
「霊薬を飲ませたからもう大丈夫だと思うけど、まだ効果が出てきたばかりだから横になってた方が良いわ」
僕は起きようとすると体に痛みが走り、見てみれば全身切り傷だらけのズタボロで、服は出血のせいかほとんど真っ赤だった。
「たしかラファーガを拘束して……それからクリムゼリスが攫われ……あっ! 先生! ルミアを見ませんでしたか!?」
「ルミアなら無事よ。だからまずは落ち着きなさい」
僕は少しずつ思い出してきた出来事を追っていくと、敵が言っていた言葉を思い出してアルテミアに問いかける。
すると彼女は僕の肩を押さえながらそう言って、横になるよう促す。
「それとごめんなさいね。ジグがこんなになるまで頑張ってくれたのに、クリムゼリス様は連れ去られてしまったわ。私も今の状態で海将を二人も相手にするのは、さすがに不可能だったわ……」
「そう…ですか……。いえ、先生のせいではありません。僕にもっと力があれば……」
回復魔法で僕の治療をしながらアルテミアは謝るが、原因は僕にある。ラファーガと周囲から迫り来る大量の敵に対して、あの時の判断は間違ってなかったと思いたいが、結果がこれでは言い訳のしようもない。
「それで敵は……?」
「全軍撤退を開始してるけど街の被害も大きいし、セラーナ殿がどう動くのかはまだ分からないわね。
この後はひとまず彼らと合流して、私たちもこれからどう動くべきか考えることになるわ」
「アルテミア様、こちらにおられましたか」
僕たちが話していると、周りの木々の間から騎士が出て来た。
「よくここが分かったわね。状況は?」
「はっ、冒険者の少女から聞きました。
……海の民は街から全軍撤退しセラーナ殿はこれを追撃しましたが、敵は船に積んでいたと思われるピクロクラーケンを大量に放ってこれを阻み、そのまま逃走に成功。
海の民は他にも水棲モンスターをこちらの足止めだけでなく、更なる被害を与える規模で放っているので協力を要請されております」
「置き土産まで準備してるなんて本当にやってくれるわね……。
それにセラーナ殿が足止めを食う規模なら、現状の戦力では心許ないわ。
あなたは急いで島の裏側に停泊している船に向かって上級騎士ケルガーに会ったら、船には操船に必要な最低限の人数だけ残して大臣を島の政庁まで送り届けた後、騎士と治癒術士は全員出撃してモンスターを排除するように伝えて。
集合場所はそうね……街の中央広場にするわ」
「はっ!」
騎士は指示を聞くとすぐに動き始め、アルテミアはこちらを向く。
「やれやれ……そういうわけだから、またしばらく私の休みはお預けね」
「では僕も…」
「ダメよ。瀕死の状態から抜け出したばかりのあなたとルミアには、大臣の所にいて休養をとりつつ、万が一には彼を逃がしたり護衛もしてもらうわ。これは指揮官としての命令よ」
僕は戦うのなら同行しようと口を開いたが、アルテミアはそれを遮って有無を言わせず命令を下す。
「……わかりました」
「よろしい」
そうして僕たちは林から移動してセラーナたちと合流すると、僕とルミアはお互いの姿を見て苦笑いし、引き続き戦いに身を投じるアルテミアらの無事を祈って政庁に向かった。
大臣のもとに到着すると、どうやらイリトゥエルたちとは入れ違いになったらしく、海兵に守られた大臣からは血や泥で汚れているこちらの姿を、それはもう嫌悪感丸出しの顔で見られたが、お付きの人からはそれぞれの着替えと、クロエによって予め用意されていた回復薬を渡され、お風呂の場所を教えられた。
どうやらこの政庁には賓客をもてなすための専用の部屋だけでなく、そのお付きの人のためにも風呂や調理場など色々な施設も備わっているらしい。
そして現在、それらの施設は避難してきた住民たちにも解放されており、大臣など身分の高い人のために用意された部屋のある上階を除いて、政庁はたくさんの人でごった返していた。
「ふふっ、あの俗物はともかく、他の者の態度は随分と変わりましたね~」
「耳栓が気に入られてるみたいで良かったよ。それにしてもお互いボコボコにされたね。本当に生きてて良かったよ……」
僕たちはひとまず身なりをどうにかすべく、回復薬を飲みつつ人混みを通って風呂場へと向かいながら話している。
「えぇ、コテンパンにやられましたし、あのままだと危なかったです。それに鍵が無事とは言え、クリムゼリスさんは攫われてしまいましたし……」
「……うん。その辺は先生からも聞いたけど、あの短時間で二人は随分と仲良くなったみたいだね?」
「そうですね~……クリムゼリスさんは良い子ですから個神的にもかなり気に入りましたし、さすがにネプテルバハルが鞭を授けた者の末裔だけあって、神具を授けるに足る資質を持ち合わせていましたね~」
僕が移動中にアルテミアから聞いていた話を振ると、ルミアは優しく微笑みながら言い終えると、真面目な表情に変わる。
「それに彼女は私を『トモダチ』と呼び、私も彼女のことを友と認め、そして何より神としてあの者を守り導くと宣言しました。
しかし私はそれを違えて無様に負け、彼女を敵の手に渡してしまい逃走まで許す始末です。
なのでジグさん、私はこのままで済ませるつもりはありませんよ。必ずクリムゼリスさんを取り戻して、約束を果たします」
ルミアはそう言いながら目の色を変え、体からは桜色の魔力を滲ませて、これまでにも何度か見せた神の顔をしていた。
そしてそれは本気の証明であり、決して曲げることはない神の決意表明でもあると感じた。
「僕もこのままは嫌だからね。もちろんそのつもりだよ。
それに先生も言ってたけど、さすがにここまでされて大人しくしてるほどハイワーシズもヌルい国じゃないらしいから、恐らく行動に出るんじゃないかってさ」
「ふふふ、それは好都合ですね。……ところでジグさん?」
ルミアはニヤリと笑っていたが、その笑顔は少し黒いだけでもう普段のルミアに戻っていた。
「なに?」
「どこまで付いてくるつもりですか?」
「えっ?」
僕はそう言われて周りを見ると、周りには何故か半裸だったり衣服を着ていない女性ばかりがいて、こちらを見ていた。
「ぇあっ!?……あっははははは…………」
「「「「キャアァァーーーーッッッ!!!」」」」
会話に夢中で気付かないうちに女湯の脱衣所に侵入していたらしい僕が、状況を把握してゆっくり踵を返すのと同時に悲鳴が上がる。
「ジグさんが混浴をお望みなら、私は構いませんよ~?」
「無茶言うなぁぁっ! ってかごめんなさぁぁぁいっ!!」
ルミアがニヤニヤしながら言う間にも、こちらには脱衣カゴや何かが飛んでくる。
僕は謝りながら光の身体強化で脱衣所から飛び出すと、ズササーッ!と床をスライディングしながらブレーキをかけ、その隣にあった男湯の脱衣所に飛び込んだ。
「おうおう兄ちゃん、若いからってあんま無茶すんなよ?」
「……あはは……す、すみません……」
血塗れの服を着て凄い勢いで入ってきた僕を見て、近くにいたおじさんが驚きながら言うのに頷き、曖昧に笑って誤魔化しながら僕は服を脱ぐと、既に傷の塞がっている体を洗って湯に浸かる。
「倉庫で助けられた借りもまだ返してないし、自分より仲間の命を優先してくれたクリムゼリスを、僕だってこのままにはしておけないさ……」
ルミアが宣言するまでもなく、僕だって追われる身でありながら明るく笑っていたあの子を助けたいと思ってる。
「今度は絶対に負けないぞ……」
「おい兄ちゃん、これ気持ちいいな! もっとやってくれ!」
湯に浸かりながらそんな事を考えていると無意識に魔力が溢れていたのか、お湯が風の魔力のせいでボコボコと泡だっていた。
そしてそれは前世の温泉施設にあったような、湯船の底から泡が出るあの風呂と同じようなものになっていて、周りにいた人たちは大人も子どもも関係なくそれを見て面白がり、また気持ち良さそうにお湯に浸かっていた。
「あ~、はい。わかりましたよっと!」
僕はリクエストに応えて広い湯船の底に糸を張り巡らせると、そこから空気を出して泡風呂にする。
「おぉ~、こりゃ凄い!」
「あ~! ジグさんったらそんな事をして……凄く楽しそうじゃないですか! 私も真似しちゃいますよ~!」
気が付くと男湯と女湯を隔てる壁の上から、男湯の声が聞こえていたらしいルミアが顔だけ出してこちらを見ていた。
そして顔を引っ込めると女湯からも歓声があがる。
「じゃあこっちは電気風呂にもしちゃうぞ~!」
「あっ、ズルいですよ~! 私は雷属性を持ってないのにぃ~!」
わざと聞こえるように言うとルミアが再び顔を出して頬を膨らませ、それを見聞きしていた両方の人たちから笑いがこぼれる。
新たな決意は固まった。
だからそれまでは休んで力を溜めよう。
でもその前に今だけは、家を焼かれて避難してきたこの人たちを少しだけ笑顔にしよう。
そして出来れば、この胸にある悔しい思いをその笑顔で和らげてもらえたらなと、そう思った。
戦闘続きで息抜きをしたかったのでしょうね……。
書いているうちに思いついてしまって急遽、後半から温泉回となりました(笑)
さて、ここから本編の補足です。
ひとまずアルテミアはアクノヴァルナを捕捉しジグも発見しましたが、既に拘束を解かれていたラファーガもいる状態ではクリムゼリスを取り戻すことは不可能でした。
どちらも消耗していてその場で戦闘になるのは避けたかったのと、互いに目標の奪取や弟子の命が優先されたことで海将二人は撤退、アルテミアもルミアの件からジグもエルフの霊薬を持っていると判断して探し、飲ませて冒頭に繋がります。
そして何気にラファーガの方もジグが自分を殺さず捕らえた事によって恩を感じたのか、アクノヴァルナがジグにトドメを刺そうとするのを止めていたりしますが、そこは味方の誰も見てないので彼らには分からないことだったり。
クリムゼリスを捕らえたことで海の民は撤退していきましたが、その置き土産はなかなかに厄介な模様。
戦力不足から留守番組の出番となり、逆に瀕死から抜けたばかりの二人には留守番と休養命令が下りました。
というわけで次回は、久し振りにイリトゥエルの登場となる予定です。宜しくお願いいたします<(_ _)>




