第118話 子鬼の山 その5 撤退と決心
…朦朧とする意識のなか、どれくらい時間が経ったのだろう。
ふと気がつくと、手足がもの凄く冷たくなっていたし何故だか動けなかった。
このままだと凍傷になりそうなので、僕はひとまず手足を動かそうと試みるが、よく見ると僕の体は空中で大の字になっており手足が氷漬けにされていた。
「うわっ、なんだこれ!?こ、この…!ダメだ、ビクともしない」
「あ、ようやく意識が戻ったのね。とりあえず自分がどこの何者で、私が誰だかわかる?」
僕が氷から脱出しようともがいていると、木々の間から数人の騎士や治癒術士を連れ、槍を持った騎士が水色の髪の毛を揺らしながら姿を現した。
「何を言ってるのですかアドルピスカ様、それにどうして僕はこんな状態に?」
「正気に戻っていると判断出来るまで拘束は解けない。まずは私の質問に答えて」
「ええと…僕は教会の孤児で名前はジグです。今はアドルピスカ様に拘束されている、哀れな子供ですよ」
「ん…もう大丈夫そうね」
アドルピスカがそう言うと氷は砕けていき、僕はようやく解放された。
あぁもう冷たい…誰か炎魔法で手足を温めてくれないだろうか。
というか、あれからどのくらい時間が経ったのだろう?辺りはまだ暗いけれど、周囲から戦闘音は聞こえない。皆は無事なのだろうか?
「一体何がどうなってるんですか?それに皆は無事なんですか?」
「皆というのがどこまでを指して言ってるのかわからないけど、あなたが逃がした見習い達は無事。それ以外について今は説明しない。まずは私についてきて」
「…はい」
アマリアや見習い達の安否が気になっていたので、無事のようで安心した。
しかしアドルピスカは、有無を言わせぬ雰囲気で言うのでそれ以上は何も聞けず、僕は周囲を騎士や治癒術士に守られながら、彼女の後に続いて野営地から北を目指した。
オーガとの戦闘でかなりのダメージを受けていたはずだが、とりあえず動ける程度には回復しているようだった。
森の中には戦闘の痕跡がそこかしこに残っており、ゴブリンや更に大型の上位種の死体が大量に転がっていた。
森を抜けて街道を北上しスウサの砦に到着すると、入口には鎧は所々破損し、至るところ傷だらけのラジクが立っていた。
「遅かったな…それに酷い格好だ。だが、無事で何よりだ」
「そう言う師匠も、なかなか良い格好をしてますね。でも、ご無事で何よりです」
お互いにズタボロの姿を茶化しながら二人でニヤリと笑っていると、こちらも普段のキッチリした姿とはかけ離れ、血や泥で汚れたアルテミアがやって来てそのまま僕を抱きしめた。
「ジグ!…本当に無事で良かった!狼煙は私も確認していたのだけれど、すぐに助けに行けなくてごめんなさいね」
「先生もご無事で良かったですけど…い、痛いのでまずは放してください。
それにあの状況で僕らのところにジェネラル・オーガが現れたのなら、前線はもっと大変だと思っていましたから、狼煙はダメ元で上げましたし別に気にしてませんよ」
「それでも私たちの力が足りなかったばかりに、あなたには途轍もない負担をかけたし、危うく死なせてしまうところだった…。
騎士として、護聖八騎として、そして何よりあなたの先生として、本当に申し訳なくて…」
「そんなに気にしないでください。師匠と先生の態度が正反対過ぎて困ってしまいますよ」
「俺とて心配しなかったわけではないぞ?
しかし相手がジェネラル・オーガでお前の力なら、相性的には倒したとしても不思議ではないし、そこまでボロボロにされたのが意外だったくらいだ」
「いや、あんな化け物に苦戦しないほど、僕は人間を辞めたつもりはないんですけど…。それに最後の方は何があったのか、よく覚えてないんですよね」
「まぁ、その辺りの話は後だな。まずはゆっくり休むといい。ここである程度の皆の治療を終えてから、今回の訓練は一旦中止して、我々はリッツソリスに戻るつもりだ」
「わかりました。アドルピスカ様、それに皆様もありがとうございました」
帰りに一緒だったアドルピスカや他の者達にお礼を言い、入口の番人をしているラジクと別れると、僕はアルテミアと共に砦の中へと入り、割り当てられた部屋で休むことにした。
ひと寝して起きるとすでに日が高く昇っていて、ほどなく食事の時間となった。
皆と合流すると怪我はしているものの、アドルピスカの言うように無事だったようで、互いの生還を喜びあいながら食事をした。
アマリアは僕の周りを囲む見習いたちの外側にいたが、特にこちらに来るわけでも何か言うわけでもなく、僕の姿を確認してホッとした様子で食事を済ませると、他の治癒術士達と共に負傷者の治療へと戻っていった。
今は自分の役目を果たしているのだろうとは思うけど、あれは絶対に怒ってるね。治療を終えたらなのか、街か教会に戻ってからなのかは分からないけど、特大のカミナリが落ちるに違いない。
嵐の前の静けさに僕が怯えていると、小隊の三人がやって来た。三人もアマリアと同様に、周りに他の皆がいるときには遠巻きに見ていただけなので、戻ってきてから言葉を交わすのはこれが初めてだった。
「ジグ、お前のお陰で助かった。本当にありがとう」
「ジグ君が無事で、本当に良かったよぅ…」
「こうしてまた会えて嬉しいわ」
「皆も無事で良かった。それにアマリアを無事に連れ出してくれてありがとう」
「途中でアマリアさんの魔力が暴走しかけたときには肝を冷やしたけど、どうにか戦闘中のレストミリア様のところまで辿り着いて、落ち着きを取り戻したんだ。
その後はアマリアさんも俺達も、レストミリア様に協力してモンスターの群れを片付けて、ラジク様やアルテミア様のところに合流したんだ」
「私の沈静魔法が効かなくて焦ったわ。レストミリア様に合流するのがもう少し遅かったら、ダンクを蹴り飛ばしてでも、ジグのところに向かったんじゃないかしら」
「ア、アマリアさんって普段は優しそうなのに、怒ると凄く怖いんだね…。でも、とっても良いお姉さんだね」
「何だか迷惑をかけたみたいで申し訳ない…。
それとラティナ、僕とアマリアは血の繋がった姉弟じゃないよ?あくまでもそんな感じってだけで」
「そんな迷惑だとは思ってないよ!私たちだって本当は一緒に戦いたかったから、アマリアさんの気持ちはわかるもん。
それに血の繋がりなんて関係ないよ。アマリアさんにとってジグ君は大事な家族なんだって思うし、それはアマリアさんを逃がすために、オーガと戦ったジグ君だってそうでしょう?」
「うん…それはたしかにそうだね。立場が逆だったなら、恐らく僕も同じように暴れたかも…」
「アマリアさんならともかく、俺がジグを押さえ込めるとは到底思えないから、それは本当に勘弁してくれ…」
「ははっ、努力はするよ」
「それにしても大丈夫かしら…。アマリアさんはここに到着してから、ほとんど休まずに治療の手伝いをしているから、そろそろ心配だわ…」
「えっ、もう半日近く経つのにか?そんなに無理をしたら、それこそ倒れてしまうぞ」
「…わ、私はちょっぴり分かる気がするよ。
きっとアマリアさんは、今出来ることを限界まで頑張りたいんだよ。自分や皆を逃がすために、決死の覚悟で戦ったジグ君に対して自分も恥ずかしくないように、そして少しでも近づけるように…」
「アマリアらしいと言えばらしいし、この状態でミリアさんがアマリアから目を離すとは思えないから、本人の気が済むまでやらせてあげよう。
これは僕のせいでもあるけれど、無力感を味わった後にはとにかく、がむしゃらに行動して努力して、力を尽くすしかないんだ…」
「ジグ君くらい力を付けていても、そう感じることがあるの?」
「僕なんていつもそうだよ。ダリブバールでもエルフの里でも、黒骸王の時も…それに今回だって被害が出るのを防げなかった。
どれだけ努力を重ねても、頑張って力を付けても、大事なものを守るには、目標を叶えるためには、まだまだ何もかもが全然足りないんだ…」
「そうか…ならやっぱり俺達も負けていられないな」
「そ、そうだねっ、私たちももっともっと、うーんと頑張って力を付けなきゃだね!」
「そうね。ジグの目標が何なのかは分からないけど、手助けをしたいなら私たちも努力しなくちゃダメだわ。それも尋常とはかけ離れた努力を」
「三人とも、急にどうしたの…?」
「俺達は今回の件で思ったんだ。弱いままなのは絶対に嫌だ、少しでもジグに近づけるように頑張ろうって。
そしてもしジグが困るようなことがあったら、今度は足手まといなんかじゃなく、助けられるようになろうってな」
「でもどうしてそんなことを…?」
「どうしてって…そりゃジグは良い奴だし命を救われたのもあるけど、それ以上に仲間だと思ってるからだよ!…言わせるなよ恥ずかしい」
「だって僕らは会ったばかりじゃないか…」
「そ、それでも良いんだよっ、私たちがそうしたいと思ったんだからねっ」
「私はアマリアさんとも仲良くなりたいから、ジグとの繋がりは大事」
「オリヴィエちゃんったらもうっ!街にアンデッドが湧いたときに、南門の兵士たちと一緒にジグ君やアマリアさんが、私たちの家族を助けてくれて凄く感謝してるって、素直に言えば良いのにっ」
「オリヴィエの照れ隠しはまぁいいとして、俺達が勝手に感謝して、勝手にジグを目標に据えただけだから気にすることはないぞ。
それにこれはジグのためだけじゃない。俺達自身の目標…家族や仲間や、街や国を守りたいという目標のためでもあるからな」
「!!」
「ジグ君、驚いたような顔をしてどうかしたの?」
「…いや、何でもないよ。とても立派な、そして最高の目標だと思っただけさ」
僕はずっと自分の行動によって街に被害が出た事を悔いていて、それはもう取り返しのつかない事だったが、何とかして償いたいと思っていた。
師匠に言われたとおり、まずは自分の力を高めることに一生懸命だったが、自分一人の力なんてたかが知れてる。
それに周りの人達を守りたいと思うのは、なにも自分だけじゃない。むしろ騎士や治癒術士になるのなら、そういう人がほとんどなのだ。
こんな簡単なことに、何故今まで気づかなかったのだろう。
目の前の三人を見ながら僕は一つの決心をした。
「三人のお陰で僕も一つ良い事を考えたよ。悪いけどちょっと行ってくるね」
まず最初の目標は師匠と先生だ。ミリアさんにも話をしたいけど、今は治療に忙しいだろう。それに帰ったらモルド神父にも話さなきゃ!
考えを頭の中でまとめながら、僕はアルテミアやラジクを捜して走り出した。
閑話を挟んでアマリアやラジクたちの話を書くのも良いかなと思ったのですが、とりあえずそのまま進めることにしました。
引率の騎士や治癒術士たちの働きによって被害を最低限に抑えつつ、皆はスウサの砦まで撤退しました。
アマリアはジグの予想通り、無力感を拭い去るためにかなり無理をしていますが、その辺はレストミリアが管理しています。怒ってもいますがジクにというよりは自分にですね。
そして自分の事に精一杯だったジグも、年の近い者達と関わることで視野が広がり、何やら思いついた様子で飛び出していきました。
オーガ戦終盤からの記憶の空白部分については、次回以降の予定です。
(↑追記。11/1に更新した前話&前々話で描かれていますので、あくまで初回投稿時点での話です)




