第119話 子鬼の山 その6 一人前と先遣部隊
位置的な情報が少なかったため、草原から野営地に向かった辺りに加筆しました。
中身としましては「野営地は目的地の山の麓に広がる、比較的大きな森」という情報なので、読み返さなくても済むように、ここでお知らせいたします。
近かったために夜襲を受けたという感じです。
砦の中を走り回っていると、すぐにアルテミアを見つけた。ラジクと話をしていたのでちょうど良かった。
「師匠、先生、お話があるんですが…忙しそうですね?」
「あらジグ、今はちょっと立て込んでるわね。それにしても、もう起きて大丈夫なの?」
「はい。ひと寝してもうだいぶ回復しました。ところで何かあったんですか?」
「うむ。ここで可能な治療を終えたら、なるべく早めにリッツソリスへ戻るつもりだったのだが、偵察に向かっていた者によると、俺達が向かうはずだった山から昨夜よりも更に多い、ゴブリンの大軍がこちらに向かっていると報告があってな」
「私たちがここにいるから襲ってくるのか、それとも最初から計画されていて、このまま街に侵攻するつもりなのか分からないから、私たちも判断に迷っているのよ」
「それに狙いがどちらにせよ、我々がここを引くとなると街の城壁を利用して迎え撃つことになるが、それだとある程度収穫を終えた畑はともかく、ようやく立ち直ったスウサやトイスを再び攻められる可能性が高いし、教会も危険にさらすことになる。
そうなるよりは街にはすでに早馬を出しているから、援軍が来るまでここで籠城して、迎え撃った方が良いかと思ってな」
「それも良い案なのだけれど、昨夜よりも大軍で攻められたら、私たちはともかく見習いばかりで耐えられるかが不安なのよね」
「かといって応急処置を終えたばかりの者が多いなか、身体強化で逃げられるならまだしも、徒歩では危険が多すぎる。
レストミリア殿の報告でも、見習いの被害はそれほど多くないが、逆に前線で戦った者は死者の数こそ抑えたものの、重傷の割合はそれなりに高いと聞いている。果たしてそれでどこまで回復して戦えるのか…」
ラジクとアルテミアが、互いに意見を出しあうのを黙って聞いていると、アドルピスカがやって来た。
「戻った…急ぎの報告がある」
「アドルピスカ殿、どうでしたか?」
「ロックウルフに騎乗したゴブリンの騎兵が迫ってる。それにバトルゴブリンやチャンピオン等の上位種の中には、トルティガーやロックガルウルフに騎乗している者もいる。
足の速い部隊で私たちを逃がさないようにして、本隊が到着するまでここに釘付けにするつもりかも」
「逃げる選択肢は消えたって事ね…ラジク殿」
「わかっている。俺は騎士達をまとめて迎撃に出る。レストミリア殿をはじめ治癒術士たちには、急いで回復薬と休養をとってもらって、長期戦に備えて欲しい」
「わかったわ。私は魔法戦の得意な見習いを集めて壁上から支援するわ。アドルピスカ殿は砦内にいて、近接戦の得意な見習いと共に怪我人の護衛や、砦に侵入したモンスターの排除をお願いします」
「わかったけど…この子は?」
何故か三人の視線が僕に集まる。何でしょう?
「ふっ…自由にやらせてくれ。この子は騎士見習いでも治癒術士見習いでもない。それにやるべき事はとっくに理解している」
「ラジク殿の言い方はアレだけど、私もそれで良いと思うわ。ほとんど単独でジェネラル・オーガを倒した者なら、どこにいても十分に働けるもの」
「そう…」
「いやいやいや、なんでそれでアドルピスカ様は納得するんですか。それに師匠も先生も何か指示をくださいよ。もし僕が勝手に動いて何か迷惑をかけたら困るでしょう!?」
「じゃあ皆を守れ」
「じゃあ皆を守りなさい」
いきなり飛び出した放任発言に慌てていると、ラジクとアルテミアが声を揃えて言った。
いや、それって指示なの?
「はい?」
「戦況を見て動け。何をすべきか自分の判断で決めろ。助けを求める者があれば救え」
「敵を倒しなさい。傷付いた者がいれば癒やしなさい。敵が強ければ一人で戦わず皆と協力なさい」
「大雑把!大雑把ですよ二人とも!」
「じゃあ一つだけ言っておくわ…死なないこと。これは先生として、そして護聖八騎としての命令よ」
「それは分かりますけど、寝る前は割と心配してくれていたようだったのに、何で急に態度が変わってるんですか!?」
「…私の報告を聞いたから。だから二人は自分たちに教えることは、もうほとんど無いと判断した」
「全く話が見えないです…」
「俺達も心配してはいるぞ。しかしそれは弟子に対してではなく、その、何というか…あれだ…」
「恥ずかしがるラジク殿なんて珍しいわね。良いわ、代わりに言ってあげる。
ジグ、あなたはもう私たちに守られる教え子や弟子というより、私たちが背中を預けられる存在…仲間だと思っているのよ」
なんてこった。いきなり一人前の扱いをされたでござる。まだ学生だったのに、ひと寝して起きたら卒業式を迎えた気分だ。
でも何故か、不思議なことに嫌だとは思わない。それどころか全身がザワザワして胸が高鳴る。認められた喜びが勝っているのだろうか。
「まぁ、あくまでも俺とアルテミア殿の判断においてだから、レストミリア殿やモルド殿からどう思われるかは、まだ分からないがな」
「だ、台無しだ……師匠、台無しですよ!せっかく複雑な心境ながらも喜んでたのに!」
「なら二人からも合格がもらえるように励むことだ。それに一人前とは言っても体格や筋肉量などで、どうしても足りない部分はあるだろうから、頼りたいときには遠慮なく頼れ。
俺が今でもアイゼンフォート殿の弟子であるように、お前だっていつまでも俺達の弟子なんだからな」
「全くこの人は…たまーに良いことを言うからズルいんですよね」
「ふふっ、そうね。でも助けが必要なときは遠慮なくね。今度こそ駆けつけるから」
「そこは無理の無い範囲でお願いします。こっちに気をとられて危険に晒したんじゃ、モルド神父から合格は貰えないと思うので」
「えぇ、分かったわ。じゃあ行きましょうか」
「うむ。すでに回復薬は飲んだし、思う存分ゴブリン共を斬り伏せてやろう」
「ラジク殿、疲れたら交代。私もゴブリン共にはウンザリしてきたから、この機会に根こそぎ始末したい」
「了解した。では皆、汚い子鬼共を掃除しに行くとしよう」
「はい。皆さんもお気を付けて!」
それぞれが皆をまとめて配置につき、治癒術士たちが休養を取り始めた頃。
200騎近いゴブリン騎兵と、10騎ほどのトルティガーやロックガルウルフに跨がった上位種の騎兵が、砦の前に姿を現した。
やはり狙いは街ではなくこちらのようで、上位種がそれぞれ20騎ほどを引き連れて砦を囲み、中から逃げ出せないように包囲している。
本隊が到着する前にこれを叩くべく、ラジクが騎士達と共に出撃し、アルテミアの部隊は遠距離攻撃でそれを支援する。
機動力を活かして攻撃し、また回避を行うゴブリンに対して騎士達は、範囲攻撃で逃げ道を塞いで討ち取り、また自分を囮にして盾や魔法で防ぎ、後方からの支援攻撃で敵の数を減らしていく。
すると上空から黄や黒の色をしたモンスターが、騎士たち目がけて次々落下していく。
城壁の上でアルテミアたちと共に攻撃をしていた僕は、教会で遭遇した二種類の鳥型モンスターを思い出し、嫌な記憶が甦る。
「危ない!上からスタンバードとシャドウバードだ!」
『流星嵐弓!』
叫びながら弓を引き僕が矢を放とうとしていた隣で、いち早く敵を判別し反応していたアルテミアが矢を放つと、空中で分裂した風の矢は数十羽はいたはずのモンスターを一瞬で貫き吹き飛ばした。
「…本当に教えることはもう無いんですかね?」
「基礎は教えたし応用力もある。あとはこれまで見たものを盗むか、自分なりに改良してオリジナルのものを作り上げるか、それだけよ」
「卒業(仮)って思うことにしておきます…」
頭上の脅威が無くなったことで、再び目の前の敵に集中出来るようになった砦外の騎士たちではあったが、さすがにトルティガーなどの大型モンスターに加えて、上位種であるバトルゴブリンやゴブリンチャンピオンの相手をするには、現状の人数では足りない。
ここで苦戦して負傷者が出れば、本隊の到着後には数の少ないこちらの戦況は更に悪化する一方なので、僕は砦から出て光の身体強化で駆け出すとラジクが相手をしていた、一際巨大なチャンピオンと呼ばれるらしいゴブリンの後頭部を目がけて飛び、足に風を集めて強烈なドロップキックを叩き込んだ。
足首の辺りまでめり込んだ蹴りは、巨大なゴブリンの意識を刈り取ることに成功し、さすがにその隙を逃がすラジクではないので、僕が離れて着地した時にはすでに、『風之太刀』で首を刎ねていた。
「お前は俺の獲物を後ろから襲うのが好きなのか?」
「一騎討ちが好きなのは知っていますけど、今は何より敵の数を早く減らして、こちらの被害を抑えないとですからね。
卑怯とか姑息とか言われても、なりふり構ってはいられませんよ。それに師匠だって僕が走り込んで来てるのを知ってたから、すぐさま風之太刀でトドメを刺したんでしょう?」
「さすがにそこまで分かるようになったか。本当によく成長したものだ。ならば残りの奴らも、俺達でさっさと片付けることにするか」
「ジェネラル・オーガには無理がありましたけど、ゴブリンなら多分もう少し楽に足止めできますから、糸で縛ったら師匠がトドメをお願いします。っとその前に、素早いモンスターから片付けますか…『自在粘糸』!」
森や水辺じゃなければ戦闘力の落ちるトルティガーは良いとして、平野で抜群の速さを誇るロックガルウルフには、なるべく早めに退場してもらいたい。
僕は粘着力のあるネットを無数に打ち上げ、騎士たちが地上の逃げ場を奪いつつ包囲を狭めると、数体のロックガルウルフは次々とネットに触れて捕まり、暴れるうちに身動き出来ない状態になった。
巨狼どものトドメを騎士に任せ、僕は再度ラジクと交戦中のゴブリンに突進する。
今度の相手は金属鎧を纏ったバトルゴブリンというらしく、チャンピオンは防御力が低めの革鎧を纏い、身体強化による攻撃を主体としていたのに対し、こちらはガチガチに防御を固めて盾と斧で戦うスタイルらしい。
「防具の質はそれほど良さそうには見えないね…じゃあこれだ、『風の糸!』」
ラジクに向かって大きな斧を振り上げた瞬間を狙って、僕はバトルゴブリンに風の糸を放つ。今回は巻き付けて切断するのではなく、無数に放った糸で真横から貫いた。
キンッ!という音と共に、空中で縫い付けられたように固まるバトルゴブリンを、ラジクは予想通りとばかりに一刀両断して討ち取る。
うわっ、師匠ときたら風の糸ごと斬ったよ。黒骸王の頭を貫いたとは聞いてるけど、一体どれほどの斬れ味をしてるんだろう。金剛斬糸よりよく斬れそうだね…。
その後もトルティガーを倒し、戦場を動き回っていたせいか、少し疲れが出て来た。
ラジクと交戦中のバトルゴブリンに狙いを定めて突進していると、「横だ!」という誰かの声がした。
上位種の中には、他よりも知恵のまわる個体がいたらしい。ちょこまかと動いては仲間を倒していく僕を、そいつは狙っていたようだ。
その姿を視界に捉えたときにはすでに遅く、突進していく僕をまるで、野球の投手が投げた球をバッターが打ち返すかのように、その大きな斧で迎え撃っていた。
こっちのスピードとバトルゴブリンの腕力で斬られたら、真っ二つは確実だ。僕は方向転換は無理でも白剣を構えて受けることにし、覚悟を決めた。
しかしその瞬間、バトルゴブリンの頭上から竜巻が直撃して、跡形もなく吹き飛ばした。
僕は主を失った斧を白剣で弾き、そのまま突進を続けてラジクに腕を斬られ、体勢を崩していたバトルゴブリンを後ろから袈裟斬りにして、トドメを刺した。
それが最後だったので僕は砦の方を見ると、安心した様子のアルテミアがこちらを見て手を上げていた。
危ないところを嵐穿弓で助けてくれたアルテミアに、こちらも手を振って頭を下げると生き残りがいないかを確認してから、僕たちは一旦砦へと戻ることにした。
ジグの考えを師匠たちに話す前に、緊急事態が発生しました。
詳しい経緯はまだジグ本人に聞かせてはいませんが、アドルピスカからの報告を受けたラジクとアルテミアは、その内容に驚くと共に想像以上に早いジグの成長を確認し、自分たちと肩を並べて戦える者だと認めることにしました。
しかし、なんだかんだで2人ともジグには甘いので、一人前とは言っても何かと世話を焼くのは、きっと変わらないです(笑)
指示の通り自由に動き回り、騎士達と共に獅子奮迅の働きで先遣部隊を撃破しましたが、本番はこれからです。




