第117話 閑話 空に咲く光の花と無我の少年
夜襲を仕掛けてきた敵の、恐らくは指揮官と思われる魔族と遭遇し戦闘に入ってしばらくが経つ。
その間に私は、バトルゴブリンやゴブリンチャンピオンの攻撃を掻い潜りながら反撃し、少しずつ敵の数を減らしていた。
普通に戦えるならこの程度の敵は、それこそ範囲攻撃で一網打尽に出来るのだけれど、ゴブリン共の後ろに控えるウクロネという女魔族は、こちらの行動を先読みしては牽制攻撃を挟んできて、私の動きを上手く制限してくる。
「……やりづらい」
「うふふ、粘ってはいるようだけれど、どこまで保つかしらっ!」
思わず漏らした不満をウクロネは聞き逃さず、更に空中から魔法を放ってくる。
ゴブリン共の後方で、しかも空中という安全圏から闇魔法を撃つウクロネの戦法は、地上にいるゴブリンの攻撃も相まって凄まじく鬱陶しい。
…まずはあの羽をどうにかするべきだ。地上に引きずり下ろしさえすれば、ゴブリン共々どうにでもできる。
『氷晶結界…』
私は攻撃よりも防御や回避に専念し、敵の攻撃を受け負傷しても痛みに耐えながら魔力を溜め、地面に槍を突き立ててそう唱えると、地上や空中に現れた氷の箱で、ゴブリンの上位種やウクロネを捕らえる。
「パキンッ!」という音と共に氷の箱が崩れると、バトルゴブリンは完全に凍りついて停止していたが、ゴブリンチャンピオンは鈍いながらもまだ動ける程度には耐えていた。
それを見た私は続いて空中を確認すると、氷の箱が爆発しウクロネが姿を現した。
「まさか空中に盾魔法に似たものを出現させるなんてね…。少し危なかったけれど、私を捕らえることは出来なかったみたいよ」
「そう…。でもいつまでも逃げられるわけじゃない。地上の邪魔者が消えた今、次はあなたの番…。
『エル・メニア・アイス・ジャベリン』」
私は氷の槍を大量に放ち、動きを止めていたゴブリン達を一気に殲滅した。
ウクロネは氷槍をどうにか防いだものの、大量の魔力を込めた一撃によって、持っていた盾は砕けていた。
「なんて無茶苦茶な魔力に攻撃力なの…。
人間には珍しい氷属性に槍使い……アナタもしかしてアドルピスカ…『凍華槍』アドルピスカなのね?」
「…だったら何?」
「アナタのおじい様だったかしら?将軍でありながら、私たち魔王軍との戦争でたくさんの部下を死なせ、最期には自らも討ち死にしたのは。
たしか名前はロンメル…そう、無能のロンメル!」
ウクロネの言葉に魔力が反応し体内で暴れまわる。それを必死で抑えながらも思い出すのは優しかった祖父の顔と、同僚の無謀な作戦の尻拭いを買って出て、多大な損害を出しながらも魔王軍を相手に一歩も引かず戦い、僅か数人だけ生き残った部下によって連れ帰られた、見るも無惨な祖父の姿。
「お前が…お前如きがおじい様の名前を語るんじゃない…」
「あらぁ、さっきまでの冷静さはどこへ行ったのかしら?」
ウクロネはそう言いながら魔法を放つと、反応が遅れた私の体には黒い闇属性の針が突き刺さり、傷を負わせると共に魔力を吸収していく。
…それが私を怒らせるための、安い挑発なのはわかっていた。
四天王の一角を討ち取ったガルド将軍や、四天王格のルナメキラ率いる魔王軍と何度も互角以上に戦い、撃退を重ねたアベル将軍とは違って、ひたすら堅実に、自軍の被害を抑えつつ戦線を維持し、高い能力を持つ部隊の到着まで耐えることを優先させたロンメル将軍。
四天王を討ち取ったりしなくても、たとえ抜群の武功は立てなくても、私にとっては誰より立派で大好きだった祖父を、よりにもよっておじい様を殺した、魔王軍の生き残りが貶めるなんて許せるわけがない。
私は次々と放たれる魔法を受けながらも、不思議と痛みは感じなかった。そして怒りと暴走する魔力に任せて動き始める。
ウクロネは私の異変に気づいたのか、羽ばたいて更に上昇しようとする。
「どこに逃げたって無意味…『氷鏡花・無限乱閃!』」
私は空中に逃れるウクロネの周囲に、氷で出来た花を無数に発生させると、そこから一斉に光属性の攻撃魔法を放つ。
咄嗟に回避したウクロネが更に上昇しようとするが、氷の花から放たれた光は他の花にぶつかって次々と跳ね返り、それらを避けきれずに1つまた1つと直撃し始めたウクロネを、ついには空中に光の花が咲いたように数百もの光が空を行き交って貫き、そして撃ち落とした。
地面に落ちてくるところを狙い、私は光の属性身体強化で突進を始めると、まだ息があるらしかったウクロネは慌てた様子で命乞いを始めた。
「ひぃっ!ま、待って降参!私はもう人間には関わらなっ…」
「無駄…」
全力突進による槍の刺突でウクロネの顔面を貫くと、彼女はようやく静かになった。
更に念のためウクロネの体を凍結し粉々に砕いてから、私は辺りを見回す。
すると野営地の方向に赤2本の狼煙が上がっているのが見えた。
周囲に生き残りがいないのを確認してから、私は狼煙の方向へと移動を始めた。
野営地には見習いたちがいたはずなのに、私が到着した時には誰も残っていなかった。
もしや敵の襲撃を受けて壊滅したのかとも思ったけれど、死体が1つも残らないわけがないので、更に周囲を索敵魔法で探ろうとしたとき、野営地から少し離れた森の中から、雄叫びのような声が聞こえた。
声のした方向に急いで向かうと、そこにはゴブリンではなくジェネラル・フレイムオーガがいて、しかもジグがたった一人でその相手をしていた。
「な…なんでこんなことに…」
驚きながらも助勢するべく身体強化を始めると、立ったままのジグの動きが、何かおかしいことに気づいた。
体に力が入っているように見えない。というか体の周りに糸が漂っていて、ジグの指先から伸びる糸が本人の体に巻き付いたり、刺さったりしていた。
わけが分からずにいるとオーガがジグに向かって突進を始め、それに反応したジグが操り人形のように剣を抜くと、脱力した状態とは思えないほど力強く剣が振り抜かれ、膨大な魔力が込められた風の刃が撃ち出されると、オーガの両腕を見事に斬り飛ばした。
怒り狂うオーガは全身に炎を纏い、ジグに向かって突っ込んでいく。あれはたしか魔力を暴走させ、敵もろとも自爆するオーガの最終手段だ。
私がそれを阻止しようと駆け出すと同時に、ジグはダランとした姿勢のまま、予備動作も無しに空中へと飛び上がった。
しかもその手からは報告書にもあった風属性の糸を生み出し、自分を中心とした広い範囲に放っている。
アレに巻き込まれてはひとたまりもないので慌てて私が急停止すると、一気に糸を引き絞ったジグが次の瞬間には、オーガを細切れの肉塊に変えていた。
「…信じられない。あの年齢でジェネラル・オーガを倒すなんて…」
有り得ない光景を前に呆然としていた私は、着地したあと動かないジグが徐々に心配になってきた。
「…大丈夫?」
声をかけても返事がない。立っているのに聞こえないということは、鼓膜でも破れてしまったのだろうか?
私はジグに近寄っていくと、それまで身動き一つしなかった彼の指先が微かに、しかし素早く動いたかと思った瞬間、オーガを切り刻んだ糸がこちらに向かって伸びてきたため、私は間一髪でそれを回避すると、一度距離を取った。
「…どういうつもり?まさか味方と敵の区別もつかないの?」
今のはかなり危なかった…。もう少し反応が遅れていれば私もオーガの二の舞だった。冷や汗が出るのは久し振りだけど、久しく味わっていなかった感覚でもある。
「…私の声が聞こえてるなら返事をして。それと敵対するつもりが無いなら、その糸を早く片付けて。どちらにも従わないならこちらとしても放っておけない」
私は再び声をかけたが、相変わらずジグは突っ立ったまま身動きをしない。
これは無視してるというか……もしかして意識が無い?
試しに私は、近くにあった木の枝を拾って放り投げると、先ほどのようにジグの指先が動いた直後、木の枝はバラバラになった。
「これはとても厄介…。言葉も通じないし、かと言ってこの状況で放ってもおけない…」
私があれこれ考えていると騎士がやって来た。
「こちらにおられましたかアドルピスカ様。
我々を襲った敵は現時点でおおよそ撃退に成功しており、アルテミア様の指示のもと皆が集結しつつあります。
それなりに負傷者が出たことと、ここではまた襲撃を受ける可能性があることから、一旦スウサの砦まで撤退することになりましたので、アドルピスカ様も合流してほしいとのことです」
「ん…。わかったけど私はここを離れられない。
アルテミアの教え子が意識を失っていて、近付く者を無差別に攻撃する状態になってるから、私はここにしばらく残って正気に戻してから連れ帰る。
出来ればこっちに治癒術士と騎士を、二人ずつくらい寄越してくれると助かるって伝えて。
あと、心配だとは思うけど今はアルテミアもラジクも、撤退を優先させるようにって念押しして」
「はっ、かしこまりました」
騎士が去ると私は、ジグに向かって非常に弱い魔力弾を撃ってみる。弱いながらも衝撃が加われば、目を覚ますかも知れないと考えたのだ。
しかしそれはやはり、本人に届く前に糸で両断されてしまった。
「む…これは困った。治癒術士の睡眠魔法でも使わないとダメかも…」
しばらく待っていると、アルテミアは私のお願いを聞いてくれたらしく、先ほどの騎士の他にもう一人の騎士と、治癒術士を二人送り込んでくれた。
「あの子に睡眠魔法をかけてほしい。かなり危険だから絶対に近付かないで」
そうしてしばらくのあいだ、治癒術士による睡眠魔法を当て続けたあとで、私は警戒しながら近付いたけれど効果は無かったらしく、危うく首が飛ぶところだった。
平謝りする治癒術士に気にするなと言いつつも、この厄介極まりない少年には、優しさよりも荒療治が必要だと思い始めた。
その結果私は、かなりの魔力を込めた氷魔法でジグの手足を氷漬けにし、いきなり襲われるのを防ぐために空中で磔のような姿で拘束することにした。
「はぁ…はぁ…本当に手こずらせてくれる…」
拘束することにしたとは言っても、それは簡単にはいかなかった。
なんせ私が発動させた拘束するための氷を、ジグは魔力の続く限り片っ端から破壊したので、最終的にはどちらが先に魔力切れを起こすかの根比べになった。
しばらくのあいだ、そんな攻防を繰り広げたあとに私が勝利し、攻撃してこないことを確認してから治癒術士が回復魔法をかけ、大人しくなったジグが目を覚ますまで、私たちは周辺を警戒しながら待機していると、やがて何も知らない呑気な少年が目を覚ました。
そして正気に戻ったことを確認してから、私たちはジグを連れて砦へと帰還した。
これで話が繋がりやすくなったと思います。
あまり話さないアドルピスカの心情などが、上手く伝わったなら幸いです。




