18
日本とレイモンを繋ぐ道はやはり森にあったらしい。カオンさんに手を引かれ歩いていた鎮守の森はいつの間にかカバの森へと変わっていた。二年前、幾度も目にした日本では見る事のない植物にあふれた緑豊かな深い森に帰ってきた事を実感する。
しっかりと手を繋がれ着いたカオンさんの家。玄関からすぐのリビング。隣のダイニングキッチン。奥にある研究室。懐かしいけれど記憶との小さな違いに離れていた時間を痛感する。
「………」
「どうした?」
慣れないジャケットをぬぎ、ネクタイを外しながら訊くカオンさんに曖昧に笑う。
「うん。ちょっと…」
言葉にすれば『寂しい』だろうか?飴色が濃くなったダイニングテーブルだったり、開け放たれた研究室の扉の向こうに見える増えた鉢だったり些細な事がやたら目につく。
「エミ」
「ん……」
いきなり手を引っ張られ、よろけたところを抱きしめられキスされた。ちゅっと音を立てて離れた唇はそのまま首筋を辿る。
「…ぅん、……ゃ………」
ぞくぞくと背中を這いのぼる快感に声が漏れる。カオンさんを引き離そうとしても力が入らず逆に縋り付いてしまう。
「エミ」
頬に添えられた手が俯く事を許さない。
「…欲しい」
「………ぁ……」
「…まだ、駄目か………?」
苦しそうに呟くカオンさんの目は欲情の色を宿している。
「…カオン、さん……」
決意を込めて間近にある唇に唇を寄せる。そっと触れて一度離れる。二度目はもう少し深く。
「………エ、ミ…」
「…言わない……」
もう決めたから。
この世界でカオンさんと生きていく。
そう決めたから断言する。
それに呼吸まで奪うような激しいキスも、所有印のようにしつこく付けられる跡も、全部カオンさんからのメッセージだったのだと気付けば心も体も熱くなる。
「…だめ……なんて、もう、言わない…」
二年。私がカオンさんを待っていたようにカオンさんも私を待っていてくれた。我慢を強いる我儘を許してくれた。
「私も…カオンさんが欲しい……」
声は震えたけど、しっかりと目を見て言った。
「…本当、に?」
驚きにカオンさんの目が見開かれる。
「ずっと…待たせて、ごめんなさい」
「謝らなくていい」
ぎゅっと抱きしめられる。
「…カオンさん……好き。大好き」
まだ『愛してる』の言葉は照れ臭くて言えない。だから『好き』の言葉に心を込める。
「エミ、愛してる」
言葉と同時に体が浮いた。
「わっ……」
いきなり横抱きされて慌ててカオンさんの首にしがみつく。そんな私に構う事なくカオンさんは足早に二階へと向かう。
「あの……カオンさん…」
「何だ?」
「…え……っと…重い、でしょう?」
「全然」
言葉通りカオンさんの足取りは軽い。私を抱えたまま器用に自室のドアを開けると壁際に置いてあるベッドへとと私を下ろし、カオンさんも隣に座る。
どうしよう…ドキドキが止まらない……
止まらないどころかますます酷くなる。どうしたらいいのか判らなくなって目を彷徨わせているとカオンさんがフッと笑った。
「…怖いか?」
「………少し…」
この状況でこれからする事が判らないなんて言うつもりはない。だけど経験なんてないからやはり緊張する。
「大丈夫。エミは何もしなくていい」
額や瞼に優しいキスをされる。
「でも……」
「ただ、感じてくれればいいから…」
頬と鼻先にも。
「俺を受け入れて…感じてくれれば、いい……」
「ん……」
唇へのキスが優しかったのは最初だけ。どんどん深く激しくなるキスに息も体温も上がってくる。
「……、は…ぁ………」
「エミ…」
「…ぁ………ん……」
首筋を辿った唇が胸の真ん中、いつもの場所にいつもの跡をつける。いつもなら綺麗についた跡を嬉しそうに撫でるのに今日はそうしなかった。
「エミ…」
「……え?」
不思議に思っている間に次々と服を剥ぎ取られ、そっと押し倒された。
「…ん……」
もう一度、優しいキスをしてからカオンさんが見せつけるように着ていたシャツを脱ぎ捨てた。
「エミ」
熱のこもった甘い声にくらくらする。
「…カ、オン……さん……」
「どうした?」
「……恥ずかしい………」
「エミ……可愛い…」
ぎゅっと抱きしめられる。重なった肌が熱い。カオンさんが触れた場所から火が灯り、熱が煽られる。頭がぼうっとして何も考えられなくなる。
「……は、ぁ……ん…………」
「エミ…愛してる」
「、カオンさ……好き…大好き……」
カオンさんの全てが好き。
声も。姿も。心も。体も。優しいところも。意地悪なところも。笑ってる時も。落ち込んでる時も。
そんな事を思っているうちに心も体も隅々までカオンさんで満たされた。
柔らかな朝の光と心地良い温もり。ゆっくりと意識が浮上するのに合わせて目を開ければブルーグレイの瞳と目が合った。その途端、精悍な顔がとびきり優しい笑顔になる。
「おはよう」
優しい声と優しいキスに幸せを感じる。
「…おはようございます」
「朝から色っぽいな」
掠れた声をからかわれる。
「!…誰のせいですか」
「俺、だな」
悪びれずに言うカオンさんは余裕綽々。なんだか悔しい。
「拗ねるな」
「拗ねてません」
「怒ったのか?」
「怒ってません」
「怒ってるだろう…どうすれば許してくれる?」
ペタンとなった犬耳が雄弁にカオンさんの心情を語っている。
「……キス、して。おはようのキス」
「ん………それから?」
「朝ご飯作って」
「元々そのつもりだ」
「……カオンさん」
「何だ?」
「大好き!」
言葉と共に抱きつくとカオンさんの目元がほんのりと赤く染まった。
「愛してる」
「知ってます」
「大事にする」
「過保護は嫌です」
「幸せになろう」
「もちろん、なります」
カオンさんがいればきっと大丈夫。
最愛の人の腕の中、幸せを噛みしめた。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。




