第二十一話『最狂最悪の霊』
『どうするのっ?怜斗お兄ちゃん?』
『うーん……。罠かもしれんが、呼ばれたからには行くしかないか…。悪い、白羽。連れてってくれないか?』
『……うん。』
白羽はは承諾したものの、どこか浮かない声だ。
「青葉、今日は帰るね。」
「うん。お見舞いありがとう。またね、白羽!」
「うん。じゃあね、青葉。」
白羽は、青葉に手を振り病室を出る。
「それで、俺たちはどこに行けばいいんだろうな。」
「桃華ちゃん、何も言わなかったからね…ちょっと待ってねっ?」
そう言ってアイはおでこに人差し指を当て、『ムムム』と唸って電波を飛ばすような仕草をする。
「ふむー、わかった!!この町の…ここから歩いて10分くらいの廃工場だねっ!!」
「……今何したんだ?」
「えへへ、企業秘密!!」
どこの企業だどこの。
「道案内はアイができるから!!行こう?」
怜斗とアイがそんなやりとりをしている間に、三人は病院を出た。
そこで、ずっと暗い表情で俯き気味だった白羽が、意を決したように呟く。
「……ねえ、怜斗君。さっき桃華ちゃんに"大罪人"って言われてたけど、どういうことなの?」
「――白羽お姉ちゃん、それは…。」
白羽のその質問に、アイは慌てた顔で白羽の言葉を止めようとし、怜斗は何かを我慢するような、苦しそうで険しい表情をする。
「えっ……。それは、だな……。」
怜斗の口から辛うじて出たのは、答えではなく、言いよどむような言葉。
彼のその様子に、白羽は悲しそうな表情を浮かべる。
「教えて……くれないの?」
「いや……。ええと……。」
言いよどむ怜斗を見て、白羽は顔を伏せる。
「私たち、なんだかんだ1か月は一緒にいるよね……。でも、私怜斗君の事、何も知らない…。霊になる前のことも、霊になったあと私に憑く前のことも――」
白羽の目に、涙が浮かぶ。
「白羽……。」
怜斗は何を言っていいかわからず、名前を呼ぶことしかできない。
「アイちゃんとしてるわからない話のこともまだ教えてくれてない……。怜斗君、言ってくれたよね。今度話すって……。」
責めるような白羽の言葉を、怜斗は悲しみや苦しみ、迷いを湛えた複雑な表情でただ見つめる。
「どうして教えてくれないの!私、知りたいよ……。怜斗君のこと……。私にもっと話してよ……。」
俯いていた顔を上げ、白羽は怜斗の顔を見てそう言う。顔を上げた勢いで零れる涙に、怜斗も泣きそうな表情になりながらただ、一言だけ呟く。
「………悪いっ。」
「もう…いいよっ…。」
怜斗の言葉に、いっそう悲しげな表情となった白羽は、ぽろぽろと涙を流しながら彼を責める。
「怜斗君のバカ……。教えてくれないなら出てってよっ!私の中からっ!私の傍からっ!!」
怒りと悲しみの混在した白羽の目を直視し、怜斗は俯きながら呟く。
「……アイ。」
「うん、わかったよ。怜斗お兄ちゃん。」
それだけで怜斗の言おうとしたことを理解したアイは、白羽の手に自分の手を翳して怜斗の目を見る。
アイのその動作を確認し、怜斗はフワリと浮かび、4mを突破する。
そして、そのまま白羽の方を見ずに廃工場の方に飛んで行く。
「怜斗君の………ばかぁ…。」
地面に涙を落としながら立っている白羽に、アイが話しかける。
「白羽お姉ちゃん。」
「…何。アイちゃん…。」
「ちょっと言い過ぎだよ。って、アイは言いたくなっちゃった。」
「だって…。だってぇ……。怜斗君が、肝心な事何も教えてくれないんだもん…。それじゃ私、怜斗君になんの信頼もされてないみたいだよ……。」
「白羽お姉ちゃんの気持ちはわかるよ。私も、怜斗お兄ちゃんの事情を知っているから言い過ぎって思っちゃうだけで、何も知らなかったら白羽おねえちゃんと同じことを思うはずだから。」
「アイちゃんは知ってるんだよね……。怜斗君の隠してること……。」
縋るような目で、白羽がアイのことを見つめる。
「うん、アイは知ってるよ。だけどね――」
アイは一瞬間を置き、白羽の目をしっかりと見て続ける。
「アイが教えちゃうのは、ルール違反だと思うから。これは、怜斗お兄ちゃんが自分で話さなきゃいけないことだと思うから。それだけ、大切なことなんだ。」
「そっか……。」
「だから、ね。白羽お姉ちゃん。怜斗お兄ちゃんと仲直りしよ?このままさよならじゃダメだよ。お兄ちゃんは桃華ちゃんに呼ばれた場所にいると思うから。行こっ?」
「うん。そうする…。ありがとう、アイちゃん。」
白羽は目元を袖で拭い、アイと共に廃工場を目指す。
そのまま10分ほどあるいたところで、ふたりは目的地に到着した。
「桃華ちゃんは…。」
「見当たらないね…。」
ふたりが、キョロキョロと桃華を捜していると、二人の視界に知っている姿が映る。
「あ、怜斗君だ。」
フワフワと浮かびながら、ウロウロしている。
彼が単独で動いているのが新鮮だ。
「おーいっ!!怜斗お兄ちゃーんっ!!」
アイが呼ぶ声に反応し、怜斗が白羽達の方を見る。
白羽の姿を見て、怜斗は少し驚いた表情を見せるもすぐさま近づいてくる。
「ア…アイちゃん…。どうしよう…。」
白羽がサッとアイの後ろに隠れて、目を泳がせながら赤面している。
「普通に謝ればいいんじゃないかな?」
「う…うんっ…。」
アイに背中を押され、白羽は前に出る。
そして、目を泳がせつつも怜斗と向かいあい、意を決したように頭をさげる。
「あ、あのねっ…。怜斗君…さっきはゴメンなさいっ!!」
「いや、いいんだ…。俺こそ、ゴメン…。」
「う…ううん…私が言いすぎたの…。」
「いや、何も言えない、何も教えれない俺も悪いんだ…でも――」
そこで、泳がせていた目を真っすぐ白羽に向ける。
「言うべき時が来たら必ず言うから。絶対に。」
「うん、わかった。信じるよ、怜斗君。」
怜斗が白羽の手に自分の手を翳し、いい感じのムードで見つめ合っている。
それをアイが『ふぅ…。』と一息つくようにして眺めている。
と――
「何をラブコメしてますの?」
またも、桃華の声が雰囲気をぶち壊す。
とことんム雰囲気を壊すのが好きな奴である。
間が悪いとも言えるかもしれない。
「揃いましたわね。さ、行きましょう。」
「その前に桃華ちゃん、この任務の内容はなんなの?」
アイの疑問に、桃華はあきれたように聞く。
「あら、問い合わせをなさらなかったの?」
「場所しか聞かなかったっ!!」
アイが『テヘッ☆』と可愛く舌を出す。
そんな彼女の様子にひとつ溜息をついて桃華が説明する。
「仕方がないですわね…。説明して差し上げますわ。ここで起きていることは単純明解。ここを訪れた霊や人間がつぎつぎに失踪してますの。恐らく、食われたのだと思いますわ。」
「食われた…?」
白羽が疑問形で呟く。
「そういう霊もいますの。霊や人間を食べて力をつけるタイプの悪霊が。多くは概念体ですわ。」
そこまで言って、桃華は廃倉庫の方を一瞥する。
「ここには、持ち主が自殺して以降入った者は二度と帰って来なかったという怪談話がありますの。それが巡り巡って魂を食べる概念体の発生に繋がったとわたくし達は想定していますの。」
そして、再び三人の方に目を向けて言う。
「放っておいて力をつけられるのも面倒ですから倒す。それが今回の任務ですわ。」
「でももう結構強くなってるかもしれないよね。」
「その可能性を考えて、アイさんと八潮怜斗を呼びましたの。」
その桃華の言葉に、アイは首を傾げる。
「アイは役に立てると思うけど…。怜斗お兄ちゃんはどうなんだろう?」
「頭数は多い方がいいということですわ。早く行きますわよ。」
策があるようで無策っぽい桃華である。
そう言ってスタスタと歩いていく桃華を追って、三人も廃工場の中に入る。
「どこから出てくるかわかりませんわね。」
静寂が支配する廃工場。
カツッ、カツッと、白羽の足音だけが響く。
と、辺りを警戒していた桃華が『っ!?』と息を呑みながら正面を睨む。
「いましたわ。八潮怜斗は下がっていてくださいまし!わたくしとアイさんだけでなんとかしますわよ!」
虚空から弓を取り出しながら、桃華が走り出す。
「桃華ちゃん!ちょっと待って!!」
その後ろに続こうとして何かに気がついたアイが、咄嗟に桃華を静止する。
そこは、開けた場所だった。
その奥に佇む巨大な何かは、怜斗達に気がついたようにその大きく、長い首をもたげて、一行を睥睨する。
そして、ゴロゴロと独特の音を立てながら、前進し、向かってくる。
『ヴォォォォォォォォォォォォォォ!』
独特の雄叫びを上げながら前進し、その5mはあろうかという全貌が明らかになる。
「そういう概念体ですの……?まずいですわね…。」
「これはちょっと厄介だね……。」
「な、なんだあれ……。」
「怜斗君…怖い…。」
"それ"は怖じけづく4人を一瞥するように首を動かす。
『ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
そして、雄叫びを上げながら一気に4人との距離を詰めにかかる。
そう…。
その巨大な『掃除機』は…。
そして、戦いの火蓋は切られた。




