第十四話『鏡の中の少年』
「うう…いてて…。」
白羽が体を起こすと、そこは階段の踊り場だった。
「あれ…?なんだったのかな…?」
周りをキョロキョロと見回す。
「…怜斗君??」
怜斗の姿が見当たらない。
白羽にとっては、久しぶりの自分1人という状況である。
「あはは…。なんか寂しいな。」
いつも話しかけてくる少年の存在は、短い期間ながらも知らず知らずのうちに白羽にとって当たり前のものになりつつあるようで、頬を掻きながらそう呟く。
「怜斗くーん。いないのー??怜斗くーん!」
だが、返ってくるのは反響してくる自身の声のみ。
「怜斗君…。」
心の奥底から絞り出したような、切なげな声でそう呟いた。
――と、白羽の目の前にある鏡が揺らぐ。
そして目にも留まらぬ速度で何かが鏡から出てきて白羽をすり抜け、4m後ろでバンッと何かにぶつかり、止まる。
「くそう…勢いつけて飛ばしすぎだろ…。反対の4mの壁にぶつかったじゃないかよっ!」
「怜斗君っ!!」
白羽がうって変わって喜色満面な声を出す。
「おー、白羽。大丈夫か??」
壁から離れ、壁に打ちつけた腕を回しながら白羽の方に寄ってくる。
「うん、私は大丈夫だよ。怜斗君は??」
「痛覚弱めだから大丈夫だ。」
親指をグッと立てながら答えた。
その言葉に胸をなでおろし、白羽は安心した表情をみせる。
「よかったあ…。ねえ、怜斗君。ここどこだろう?」
「鏡の中に入ったんだから鏡の中だろ?」
「あ、そっか。確かにそうだね…。」
「暢気なのか馬鹿なのか…。」
そんなやり取りをしていると、鏡の表面が再び揺らぎ、赤い文字が浮かび上がってくる。
『ここは、俺の世界。鏡の世界。さあ、俺達七不思議を調査していた者よ、ここから脱出してみろ。脱出できなければ、未来永劫ここで過ごすことになるだろう。』
ふたりは、呆然とその文字を見る。
「怜斗君…。」
「なんだ?白羽?」
「これ、まずくない?」
「まずいな…。」
「とりあえず…」
『ヒントを探そう』
ふたりの言葉は一致し、同時に駆け出す。怜斗は毎度のごとく飛んでいるが。
「私、こっち側探すから。怜斗君、あっち側お願い!」
「ああ、わかったっ!!」
白羽の指示に従い、怜斗は白羽の進む方向と逆に飛ぶ。
ゴンッ!!
「グハッ…。テンションに流されたっ!」
――馬鹿だ。
そんな怜斗に白羽が駆け寄る。
「怜斗君っ!?どうしたのっ!?」
「クソッ…。、これも七不思議の陰謀か…。」
「しっかりして!気を確かに!!」
「くそう…。まさかこんな姑息な罠が…。白羽、気をつけ…ろ。俺はここ…までだ…。お前は…死ぬなっ…」
「怜斗君??怜斗君ーーーーッ!!!!!」
ふたりともノリノリである。
危機感が皆無だ。ところで、この状況では怜斗に罠を仕掛けたのは白羽であり、七不思議が白羽ということになりかねない。
ともかく、怜斗は何事もなかったかのように起き上がり、頭をかく。
「しかし…。ヒントってなんかあるのかな…。」
「とりあえず片っ端から探そうよ!」
「そうだな…。そうするか。」
ふたりは、近くの教室を片っ端から物色する。
-20分後-
「何もないな…。」
「何もないね…。」
――収穫、ゼロ。
「なあ、七不思議と会った所に何かないかな?」
「っ!かもしれないね!!」
そしてふたりはめげずに今日巡った場所を再度巡る。
-40分後-
「何も…ないな…。」
「何も…ないね…。」
ふたりとも、ドッと疲れた顔をしている。
白羽にいたっては、地面に座り込んでいる。
「もしかして、私たちずっとこのままなのかなあ…。」
「出れなかったらそうかもな…。」
「はああ…。お母さん心配するよなあ…。」
「あの母さんか。そうだな…なんかお前のこと溺愛してるもんな…。」
「うん、凄く優しくて、いいお母さん。ちょっとうるさいことがあるけど、大好きなお母さん。」
「なら、絶対帰らないとな。」
「そうだね…。」
沈黙がふたりの間に流れる。
「ほ、ほらっ!あの母さんのことだからお前がいなくなったら街1個くらい壊しかねないぞ!!」
そんな怜斗の言葉に、白羽は少し驚いた顔をして、すぐに『あははっ!』っと、笑う。
その笑顔を見て、怜斗もニカッと笑みを浮かべた。
ひとしきり笑った白羽は、溜まった涙を指でふき、呟く。
「…ありがとね。」
「ん、何がだ?」
「元気づけようとしてくれたよね?」
「…何のことだか」
「怜斗君はホントにいい霊だね」
「お、おう…。あっれ、なんか照れるこういうのっ!!よーし白羽、そろそろ捜索再開するぞ!」
「うんっ!頑張ろう!!」
怜斗は、再び鏡に目を向ける。
『ここは、俺の世界。鏡の世界。さあ、俺達七不思議を調査していた者よ、ここから脱出してみろ。脱出できなければ、未来永劫ここで過ごすことになるだろう』
「ん…?」
怜斗が、何かにひっかかったような顔をする。
「どうしたの、怜斗君?」
思案顔の怜斗に白羽が不思議そうに問いかける。
「なあ、『鏡の中の少年』には物語がないから、俺は完全にイレギュラー的な存在だと思ってたんだよな。でもこの文、『俺達七不思議を調査』って書いてある。」
「そうだね、書いてあるね…。」
「これ、自分を七不思議の一員って認めてるんだよな…。」
「うん、そうなるのかな…。」
「認めてるんだよな…。あの何処か『間の抜けた』結末の多い七不思議の一員だって…。」
怜斗は一瞬話すのを止める。
『七不思議は家族みたいなもの』『この七不思議に悪い子はいないよ!!』
百合と徹夜の言葉が怜斗の脳裏に浮かぶ。
「なあ白羽、普通にこの鏡が出口とか…ないよな?」
「え?いやあ…さすがにそれは…」
「ものは試し、やってみないか…?」
「う…うん…。」
そして、ふたりは鏡の前に並ぶ。
「行くぞ?」
「う…うん…。」
『せーのっ!!』
白羽は半信半疑ながらもふたりは、同時に鏡に向けて足を踏み出す。
ズッと音をたて、二人は鏡の中に入り、通り抜ける。鏡を抜け、踊り場が見えた瞬間、二人は一瞬呆気に取られた後、拳をグッと握りしめ、スウッと息を吸い込み今日最大のボリュームで叫ぶ。
『出口ここかよっ!お前も七不思議かっ!!』
そりゃ、七不思議であるのだから七不思議だろう。
「お、出れたか。」
そんなふたりの上から声が。
2人が上を見ると、ひとりの少年がフワフワと浮いていた。
「お前っ!あれだ、あれだっ!お前も七不思議かっ!!」
怜斗が何かを叫ぼうとして結局さっきと同じ事を言っている。
混乱しているのだろう。
「そりゃ、七不思議だからな。」
「脅しといて出口あそこはねーだろっ!もっと七不思議らしくしろっ!!」
「いや、そんな事言われてもな…。なんかお前らずっと不満そうだったから俺なりに全力で脅かしたつもりなんだが…。」
「詰めが甘いわっ!!」
怜斗が凄い剣幕で七不思議に説教紛いのことをしている。
「怜斗君、とりあえず落ち着こう??七不思議だからしょうがないよ。ねっ?」
「そうだなあ…。七不思議だもんなあ…。」
「なんなんだよ、その諦めかたは…。」
少年は酷く不満そうだ。
「私は、仁科白羽。この霊は八潮怜斗君。よろしくね?」
「俺は、森岡慎一。七不思議『鏡の中の少年』の概念体だ。よろしくな。」
「なんでこの七不思議だけ物語がないの?」
白羽が疑問を口に出す。
「さあ?」
『さあっ!?』
ふたりは、今日何度目かわからない驚きを口に出す。
「概念体は自分の物語を知らねえんだよ。あんま聞く機会ねえし。そもそも興味あんまないし。」
「百合も似たようなこと言ってたな。」
「そうだろうな。俺達は生まれただけだ。生まれてここにいる。こうして七不思議として存在し、時々集まって他愛もない会話をしている。それだけで俺達にとっては充分なんだ。それが、俺達が存在してるに足る理由。」
「なるほどな…。」
「お前もそうじゃないのか?八潮怜斗。霊として存在するなら、何かあるんだろう?存在するに足る理由が。」
「ああ…。そうだな。その通りだ。」
そう話す怜斗の表情は、彼らしからぬ真剣さと厳しさを抱いていた。
「だろ?まあ、そういう事だ。ところで…」
そこで、慎一は話すのを止める。
「どうしたの慎一君。」
「ああ、いや。俺達の力がそこそこ強くなって来たからそろそろ夜9時を超えるくらいだと思うのだが…。白羽は門限とか大丈夫なのか?」
「あっ!?まずい!お母さんが心配するから帰らなきゃっ!!」
「そうか、それじゃあな。俺達は昼でもいるから気軽に声かけてくれ。」
「わかった!それじゃあね!!」
「またなっ!」
怜斗と白羽は、慎一に手を振りながら、ダッシュで学校を出る。
こうして、ふたりの七不思議調査は終わった。
白羽は、家に向かってひたすら走る。
「ねえ怜斗君!」
「何だー?」
ちなみに、白羽がダッシュしている横で、怜斗はドリルのように回転しながら飛んでいる。
ドリル人間だ。
いや、ドリル霊だ。霊ドリルかもしれない。
正直どれでもいい。
「七不思議、悪い人いなかったね!」
「そうだなー。」
「でも、変な理由で霊になってるの、多かったね!!マンガとか!!」
「それでも、霊にとっては大切な理由だよ」
「――怜斗君はどうして霊やってるの?」
先程の表情が頭によぎったが、勇気を出して尋ねてみる。
「そんな大切な事言えるかよ。」
「えー?いいでしょ?教えてよー!!」
「だーめーだ!」
「けちっ!まあいっか、よかったら、今度教えてね?」
「…。ああ、今度な。」
「約束だからねっ!!」
白羽は、そこまで言い切り、家のドアを開ける。
この時の白羽には、この約束が歪んだ形で果たされることは知る余地のないことだ。
彼女がそれを知るのはもう少し先になる…。
「ただいまーっ!ゴメンッ!遅くなっちゃった!!」
「白羽っ!?死んだかグレて家出したんじゃないかって!!白羽?白羽?ホントに白羽??グレてない??グレてないわよねっ!?」
「大丈夫だよお母さん!大丈夫だから音量小さくっ!近所迷惑だよー!!」
「やはは、やっぱ凄い母さんだなあ。」
こうして、白羽と怜斗の長い一日は幕を下ろした。




