第十二話『図書館に響く啜り泣き』
ふたりはギィッと図書館のドアを開く。
伏吹高校の図書館は、普通の高校の図書館とは少し違う。三階のほとんどを占めている広い図書館には、普通の図書館にあるような小説だけではなく、ライトノベルや各種雑誌、マンガまで豊富に揃っている。昼休みには毎日たくさんの人で溢れており、図書館なのにうるさいことに定評があり、昼の勉強スペースにはなり得ないのが残念なところだ。
「全体が見えない…。」
「一番奥どの辺だよ…。」
ふたりが思わずそう呟くほど広い図書館だ。ちなみに、白羽は図書館初上陸だ。これは、コロンブスやバスコ=ダ=ガマもなし得なかった偉業である。
当然彼らには伏吹高校の図書館に入る機会などなく、なし得ないのは当然である上に、偉業でも何でもない。ならなぜ言ったのか。
なにはともあれ、広い図書館でいきなり見える所に幽霊がいるとは限らない。
「誰かいませんかー?」
「ちょっとひと周りしようかな…。っと、その前に、ここの七不思議の内容を教えてくれよ」
「あ、うん。わかった!」
怜斗にそう促され、白羽は慣れた口調で音読を始めた。
***
ひとりの少女が図書館が勉強している。
学校から遠い所に住んでいる彼女は、親の迎えを待っていた。
それ故に、だいぶ外は暗くなり、学校の中にも人は少なくなっていた。
静かな図書館に少女の『ふう…。』と吐いた息が溶け、彼女は頬杖をつきながら外を見る。
「暗いなあ…。」
少女は、そこで初めて外が暗くなっていることに気がつく。
それを意識した少女には、シンと静まった学校が不気味なものに見えた。
「お母さん早く来ないかなあ…。」
そう少女が呟いた瞬間――
『ッ…ッッ……』
泣くのを堪えているかのような、息遣いが響く。
「っ!?誰か…いるの…?」
少女が少し恐怖の色を浮かべつつ問いかけるも返事はなく、ただただ息の音が響く。
少女は、思わず入口の方に後ずさりをし始める。
と、
『ゴメンナサイ…ゴメンナサイッ…』
少女の真後ろから声が響く。
「イヤアアアアアアアッ!!」
少女は、我を忘れて入口に向かって走っていった。
***
「やっぱ根暗な奴かなあ…。」
「話する前に泣かれたらどうしよう…。」
ふたりの中で、着々と図書館にいる霊への偏見が膨れ上がっている。
「あれ、君達がみんなが言ってた人なのかなあ?」
と、ふたりの間から声とともにヒョコッと少年が飛び出てくる。
『うわあっ!ビックリしたっ!ビックリできたっ!!』
ふたりが、七不思議に関わり出してから久しぶりに驚いた瞬間であった。
ふたりの表情は、驚きからだんだん喜びへと変わる。
『ありがとうっ!ホントにありがとうっ!!』
白羽は満面の笑みで、怜斗は少年の手を握り、ブンブンと振りながらそう言い、
「うわあっ!何?何っ!?どういうことっ!?ちょっと落ち着いてえええっ!」
訳の分からない状況に少年はただただ混乱して目を回していた。
そこから3人が落ち着くのに、5分もの時間がかかった。
「もー、ビックリしたよ。全く…霊を驚かせないで欲しいなあ…。どっちがどっちかわかんないじゃん。」
恐らく霊である少年に説教される白羽と怜斗は徐々にしょぼくれた顔になっていく。
「ゴメンね…。」
「すまん…。」
謝るふたりにひとつため息をつき、少年は少し笑顔を浮かべながら話す。
「まあいいよー。僕は吉田登。よろしくねー。」
『よろしく(ね)。』
恒例となりつつある挨拶をしながら、怜斗と白羽はチラッとアイコンタクトをする。
『根暗じゃないな…。』
『根暗じゃないね…。』
完璧な意志疎通でふたりは共通認識を改めた。
「登君は、概念体?」
場慣れしてきた白羽がこれもまた恒例となっている質問を登に投げかける。
「ううん、地縛霊だよー。」
「なら、自分の噂とか知ってる?」
「うん、わかるよ?」
「あれはどういう状況なの?」
「あー、あれは事実と全然違うんだよねー…。」
遠い目をしながらそう答える登にふたりは驚愕する。
『えっ!?』
ここまで見てきて今更驚くことなのか、このリアクション上手め。
「あれはねー?」
登は、そう言って語り出す。
――あの話の真実を。
***
あの日、僕はいつも通りマンガを読んでいた。
『ちょっと待ったーっ!!』
***
いきなり、登の話に横槍が入る。もちろん怜斗と白羽によるものだ。
「何、お前ってマンガ読んでるのか?」
「うん。僕、大好きだった連載漫画の結末を見る前に死んじゃったから死んでも死に切れなくてさー。だからここで漫画読んでるんだー!」
「なるほど…。それで地縛霊に…。」
怜斗は頭に手を当て、わざとらしく困ったようなポーズをする。
「もういい?続けるよ??」
「ああ…頼む…。」
怜斗の表情はすでにうんざりしたようなものになっていた。
***
席に座りながら本を読んでた僕だったんだけど、ぶっちゃけた話、真後ろにいた女の子に気づいていなかったんだよね。
『気づいていないんかいっ!!』
***
登はどうしても一文以上語れない。
仕方がない、ツッコミ所が多すぎるのだもの。
「え、登君は気づいていなかったの?」
「うん。僕は漫画読んでると周り見えなくなってくるんだ」
「そう…なんだ…。」
白羽は、苦笑いをしながら両手を上げて『お手上げ』のポーズをとる。
「ツッコミは後で聞くからとりあえず話させてよー!!」
『わかった…』
ふたりの顔はもう疲れきっていた。
***
僕は、その日いつも読んでるバトルマンガじゃなくて、ギャグマンガを読んでたんだ。
それがとても面白くて、僕は笑いを必死に堪えてたんだ。
あれ、白羽さん、怜斗君。どうしてそんなに何かを我慢するみたいに拳を握りしめてるの?
まあいっか。
いくら霊で、声が人に届かないとはいっても、やっぱり大声で笑うのは、はしたないもんね。
だけどちょっと漏れちゃったみたいで。あの子、霊感強いから聞こえちゃってたみたい。
それがあの息の音ね。
…ねえ、そんなに口を必死に押さえてどうしたの。体調悪いの?違う?ならいっか…。
でも、頑張って耐えててもやっぱり限界があってね。
あるシーンを見て、思わずツッコんで笑っちゃったんだ。
『ごめんなさい…ごめんなさいって!!そこでごめんなさい??アハハハハハハッ!!!』
そう、これがあの少女が聞いたって言葉ね。
最初の方しか残らなかったみたいだけどね。
***
「まあ、こんな感じかなー…。」
『漫画読んで笑ってただけかよっ(なのっ)!?』
「うん、そうだよー?」
登はケラケラと笑いながらそう言う。
まさかの結末とはこのことである。
今までとはベクトルの違うまさかである。まったくの嘘ではないだけにまさかである。
ありったけの驚愕を顔に浮かべるふたり。その顔は先程以上に疲れていた。
「怜斗君…。なんか疲れた…。」
「…俺も。」
ふたりは『はあ…。』とため息をつき、顔を見合わせながら提案する。
「怜斗君…次行こっか…。」
「ああ、そうだな…。ラスト行くか」
「あれ、もう行っちゃうのー?今度オススメのマンガ教えるからまた来てね!!」
「はいはい、わかったわかった。」
「じゃあねー…。」
ふたりは雑に別れを告げ、最後の七不思議『鏡の中の少年』の捜索へと向う。
「えっ!?えっ!?僕だけなんでそんな適当っ!?待ってよーっ!!」
図書館に残ったのは登の寂しそうな叫びだけだった。




