第十一話『深夜に響くピアノの音』
音楽室に向かうためにグラウンドを歩く白羽と飛ぶ怜斗の耳に、上から微かにピアノの音が響いてくる。
「なあ白羽。」
「ん?どうしたの」
釈然としないような表情の怜斗の呼びかけに白羽は不思議そうな顔で応える。
「確か、『深夜に響くピアノの音』だったよな?」
「うん。そうだよ?」
「じゃあ何で今聴こえて来るんだよっ!!まだ夕方だぞっ!!」
「私に言われても…。」
「だめだ、腑に落ちなくて死んでも死にきれない。俺、ちょっと文句言いに先に行くっ!!」
「え、ちょっと!!怜斗君はもう死んでるよ!?」
白羽のツッコミどころはそこなのか。
それはさておき、怜斗は少し反動をつけて、一気に上に加速して校舎の3階まで飛び上がる…
ガツンッ!!
「ヘブシッ!!!」
――かと思われたが、2階ほどの高さで何かに衝突したかのように静止する。
ところで、怜斗は『ヘブシッ!!』と言ったが、霊は痛みを感じているのだろうか?それは彼のみが知っており定かではない。
怜斗は生前、コ〇・コーラ派ではなくペプ○派だったのだろうか?<それは彼のみが知っており定かではない。
彼は〇プシ派である。知ってんじゃねえか!!
そんなことは置いておいて、怜斗はヘロヘロと落ちてきて白羽の頭上辺りで止まる。
「怜斗君、どうしたのっ!?」
「人に憑いてる霊は憑いてる人から4m以上離れれないの忘れてた…。」
「怜斗君って忘れっぽい?」
「またアイに怒られる…。」
「やっぱ忘れっぽいんだ!ほらほら、ゆっくり行こう?」
「…そうだな。」
ふたりは校舎内に入り、3階にある音楽室を目指して階段を昇る。
「はあー…。今日は結構歩いたから疲れたよ…。」
「おいおい、若いのに何言ってんだよ…。」
「だって、私退院してそんなに経ってないし…。」
「まあ、リハビリだと思って…。」
と、話しながら3階に辿り着くかというところで、ピアノの音がはっきりと聴こえるようになってくる。
ベートーベン作曲、『月光』の冒頭の旋律だ。
何処か悲しげながら、少し不安感を抱くような旋律。
「おお、七不思議っぽいな!」
「初めてだね、七不思議っぽいの!」
何故か、ふたりは喜んでいるが。
原因はおそらく七不思議ロスである。
しかし、ふたりの喜びもつかの間。ここで旋律が一変する。
タララッタッター、タララッタッター、タララッターラッターラッタッタ…
誰もが一度は聞いたことがあるだろう。
旋律が変わった瞬間、ふたりはイラッとした表情をする。
怜斗は4mの制限を忘れたように全力で飛び、白羽はさっきのセリフは何処へやらと言いたくなるほどのダッシュで階段を昇り、バンッと扉を開けて言い放つ。
『「猫ふんじゃった」かよっっ!!いい加減もっと幽霊らしくしろよっ(してよっ)!!!』
「何か凄く理不尽な怒られ方をした気がするのだけれど…。」
確かに、理不尽極まりない。
ふたりの情緒不安定の原因はやはり七不思議ロス。だれか、ふたりを精神科へ。
「じゃあ、もっと幽霊らしくした方がいいのかしら…?」
『別にもういいよっ!!』
「やっぱり理不尽ね…」
と、理不尽な流れの中で会話が始まったが、音楽室ではピアノのイスに深窓の令嬢のような雰囲気の少女が、少しむくれたような表情で座っていた。
「全く、徹夜君が怜斗君と白羽さんがここに来るって言ってたから歓迎しようと思ってわざわざ夕方から弾いていたのだけれど…。」
『歓迎するなら幽霊らしく歓迎しろよっ!(してよっ!)』
「…ごめんなさい。」
少女はみるみる落ち込んでいき、肩を大きく落とす。物理的にではない。
「って、いうかお前俺達が来ること知ってたのか?」
「どうやって…?」
「あら?誰も説明していなかったかしら?私達七不思議は思念で繋がっているからテレパシーみたいなものでお話が出来るのよ?」
『知らなかったっ!?』
怜斗と白羽が息ピッタリだ。まるで一心同体である。実際憑かれているのだから一身であることに間違いはない。
「そう。それで徹夜君が二人が来るって伝えてくれたのよ。」
「お前ら結構便利なんだな…。」
「ええ、七不思議は家族みたいなものだから、コミュニケーションできないと意味ないじゃない?そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は秋山百合。七不思議『深夜に響くピアノの音』の概念体かしら。よろしくね。」
霊による誠に丁寧な自己紹介と挨拶である。
「よろしく。」
「よろしくね!あ、二人目の概念体さんかあ…。」
概念体と言われ、白羽は百合をまじまじと見る。
そんな視線に照れくさそうに頬を染めつつ、百合は言葉を続ける。
「私、概念体と言われるけれど徹夜君と一緒で自分の噂知らないのよ。」
『百合もかっ!』
ふたりのツッコミがオーバーワークだ。
ツッコミ所が多い七不思議である。ツッコミどころしかないの間違いか。
「あまり気にしたことなかったもの…。」
「はあ…意外と適当なんだね七不思議って…。えっと、百合ちゃんのやつは…」
白羽が少し投げやり気味に話しはじめた。
***
ある日、少女が忘れ物を学校に取りにきた。
リコーダのテストの前日にもかかわらず、リコーダを置いてきてしまったのだ。
だが、教室を見て回っても見つからない。
「あ…音楽室…。」
そこで、少女は音楽室に置いてきてしまった事を思い出す。
シーンと静まりかえった学校に、少女の足音だけが響く。
少女は、音楽室の扉を開き、自分の使っている席を覗き込む。
「あったあ…。」
少女は、ホッとした表情で呟く。だが、目的を達成した事で、夜の学校に対する恐怖が沸き上がる。
と、ピアノがひとりでに音を紡ぎだす。
「な…何…?」
低音中心の不気味な旋律が、静まった学校に響き渡る。
「やだっ!!何これっ!!」
少女は扉に向かって走り、ガチャガチャとノブを動かすが、扉が開かない。
「どうしてっ!?どうしてっ!?」
『ようこそ…私のステージへ…。もう…』
『――ニガサナイカラ』
「キャアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
その後の少女の行方は、誰も知らない。
***
「なによその話、心外ね…。私は人を襲ったりしないわよ…。」
話を聞き終えた百合は、憮然とした表情でそう言う。
「そうは言ってもこの噂がお前の根源だし。」
「そうね。まあいいわ、どんなものから生まれたとしても私は私だもの…。」
そういいながら、百合は優雅な動作で右手で髪に手櫛をかけるのであった。
「でも、こう見ると噂と全く同じ概念体ができるとは限らないんだね…。」
「確かに、徹夜といい。意外と雑だよな…。」
ここまでにあったふたりの概念体とその噂を比較しつつそう考える。
「まあ、噂ってイロイロな伝わり方をするし、噂を信じると言ってもその信じ方にはいろいろあるもの。それに、私達には自我があるから。性格とかはどうとでも変わるわよ。」
「あ、確かにそっか…。」
「他のみんながいなかったら、あるいは人を襲ったりしてたかも知れないわね…。ところで、あなた達はそろそろ次に行くのかしら?」
百合のその言葉に、白羽は頷く。
「うん、そろそろ行くよ。」
「それじゃあ、また会いましょう。今度は是非私の演奏をゆっくりと聴いて行って頂戴。」
「うん、じゃあね!!」
「じゃあなー」
百合と別れて怜斗と白羽は、音楽室を出た。
「次は何に行くんだ?」
「うーん、隣だし図書館に行こっか」
「わかった。『図書館に響く啜り泣き』だな。」
「なんか暗そうだね。」
「根暗な奴が出てくるのかねえ。」
偏見に基づいた様々な妄想を膨らませながら、二人は隣の図書館へ向かった。




