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スイート・スイーパー  作者: やまじゆう
鉄組壊滅作戦編
4/18

鉄組壊滅作戦4

  調査3日目。

  ある日の早朝、虎之介の秘書から総介宛てに、『本日の午後、大徳寺邸へ来る様に』との連絡が入った。

  総介は、美里亜から借りた自転車に乗り、大徳寺邸へ向かった。

  大徳寺邸へ着いた総介は、屋敷の裏門へ回り、インターホンを押した。


  「甘井調査事務所の甘井ですが……」


  「は~い。少々お待ち下さい」


  若い女性の声だ。

  すぐにメイドが、勝手口から現れ、門扉に近付いて来た。


  「ジーーーッ……」


  メイドは、門外に立つ不審な男を観察している。


  「し、少々お待ち下さい……」


  メイドは、総介の様子をチラチラと伺いながら、屋敷の中へ入って行った。


  (……もしかして、不審者などと疑われているのでしょうか?)


  確かに、大企業の社長宅には、ヨレヨレのTシャツにGパン姿の総介は、場違いだ。


  (ギャラが入ったら、新しい服でも買いましょうかね……)


  しばらくすると、先程のメイドが、息を切らせて走って来た。


  「た……大変、申し訳御座いません!中へ、お入り下さい!主が、お待ち兼ねで御座います!」


  メイドは、深々と頭を下げた。

  どうやら、総介への疑いは晴れた様だ。

  総介は、メイドの案内で応接間へ通された。

  応接間へ入ると、虎之介と聖理奈が、既に打ち合わせを始めていた。


  「あら、総ちゃん!遅かったわね。待ってたわよ!」


  聖理奈は、総介の手を引いて、虎之介の真向かいのソファに座らせた。

  虎之介は、厳しい表情で1冊の封筒を取り出した。差出人は、『株式会社(くろがね)興業』となっていた。

  鉄興業は、広域指定暴力団(くろがね)組の母体となる会社である。

  封筒の中には内容証明が1通入っている。


  『-要望書-

  弁天屋物産株式会社代表取締役社長・大徳寺虎之介殿

  貴社所有の自社株の40パーセント及び、長女・涼音に対する親権の譲渡を要求する。 大徳寺早苗

  後見人・鉄眞吾』


  「……これは、どういう事ですか?」


  「これはね、総ちゃん……」


  聖理奈が説明を始めた。

  3年前。虎之介の妻・早苗(さなえ)が、若い男と不倫に落ちた。

  相手の男は、鈴木マナブ。当時23才。鉄組が経営するホストクラブの店長を任されていた男だ。

  ある日、早苗は、たまたま友人に誘われて行ったホストクラブでマナブと出合ったのだ。

  その後、2人は意気投合し、プライベートでもちょくちょく会う様になり、男と女の関係へ発展するには、そう時間は掛からなかった。


  「……結局は、奥さんの不貞行為が原因で、離婚という結果になってしまったのよ」


  それが、3年経った今になって、財産分与権や親権の主張をしてきたのだ。


  「大丈夫ですよ、社長。財産分与権の主張は離婚後2年が経過しているので無効です。親権の方も、こちらが放棄をしない限りは心配ありません!」


  つまり、妻側から送られて来た要望書に関して、法律的拘束力は何もないという事だ。

  虎之介も、その事は充分に理解していた。 しかし、問題はこの件に鉄組が絡んでいるという事だ。

  鉄組は、早苗だけではなく、愛娘・涼音をも手に入れ、虎之介を孤独に追い込んだ上で、弁天屋物産を乗っ取ろうと考えているに違いない。……そう、虎之介は、考える。


  「……私は、涼音の父親であると同時に、5万人の社員の生活を守らなければならない立場だ!」


  聖理奈は、しばらく考えた後、(おもむろ)に立ち上がった。


  「社長。会社の方は、我々『ハッピー・ロー・カンパニー』が、全面的にサポート致しますので、ご安心下さい。涼音さんの方は、彼……甘井総介が、命を賭けてお守りします!」


  聖理奈はそう言うと、総介の肩をポンと叩いた。


  「ははは……、お任せ下さい」


  何とも頼りないボディガードだ。


 ・

 ・

 ・

 

  16時00分、いつもの様に涼音を乗せた高級外車が、帰宅した。

  車を降りた涼音が、正面玄関から屋敷内に入ると、メイドと執事が彼女を出迎えた。

  エントランスホールを抜け、リビングに入ると父・虎之介がソファに座り、新聞を読んでいた。


  「お……おかえり、涼音」


  「……なんだ、居たんだ」


  父親と数週間振りに会ったというのに、涼音は、何とも素っ気ない態度だ。

  しばしの沈黙の後、虎之介は、意を決して口を開いた。


  「な……なあ涼音、良かったら今夜、久し振りに父さんと食事でもどうだ?」


  虎之介にとって、娘を食事に誘う事は、女性をデートに誘う事以上に難しい事なのだ。


  「私、出掛けるから」


  涼音は、あっさりと虎之介の誘いを断ると、リビングを出て、自分の部屋へ向かった。


 ・

 ・

 ・


  大徳寺邸を後にした総介は、自転車で帰宅の途に就いていた。


  「総ちゃん!」


  ドサッ!


  聖理奈は、自転車の荷台に飛び乗って来た。


  「せ……聖理奈さん、2人乗りはマズいですよ!」


  「堅い事言わないの。昔は、よく2人乗りしたじゃない!」


  総介と神崎姉妹は、幼馴染みだ。


 ・

 ・

 ・


  今から、15年前。

  国内外の各企業による都市開発が、進む中で、今なお自然が豊かな街、茨城県つくば市に神崎家の別荘があった。

  毎年夏になると、三姉妹は避暑を兼ねて、ここで過ごしていた。

  その神崎家の別荘から、そう遠くない場所に外資系企業の研究施設があり、総介の両親は、その施設で働く研究員であった。

  近所のテニスコートで、楽しそうに『球打ち』をして遊ぶ幼い三姉妹と、その様子を金網越しで、羨ましそうに眺めている5才の総介。


  「一緒にやる?」


  最初に声を掛けてきたのは、聖理奈だった。

  これが、総介と三姉妹との出会いだ。

  それから毎年夏になると、神崎姉妹は、総介と会う為、この別荘地へやって来たのだ。

  それは、総介達親子が、あの痛ましい飛行機事故に遭うまでの5年間だったが……。


 ・

 ・

 ・


  自転車を押す総介の横で、聖理奈は、当時の事を思い出していた。


  「う……ん……」


  「どうかしましたか、聖理奈さん?」


  「ううん、何でもない。ちょっとね……、昔を思い出していただけ……」


  「……?」


  聖理奈は、あの『事故』以来、再び総介の隣で歩く日が来ようとは思ってもいなかった……。


 ・

 ・

 ・


  それは、突然過ぎる一報だった……。

  米国ハー〇ード大学への進学が決まり、新たな出発に心を踊らせていたあの日……。

  聖理奈の携帯電話が、突然鳴り響いた。

  それは、既に米国へ留学中だった次女・美里亜からの電話だった。


  「聖理奈さ……ん、総介さんが……、総介さん達家族が乗った飛行機が……、墜落したの!」


  普段、温厚でおっとりとした話し方の美里亜が、かなり動揺していた。


  「えっ、今なんて……!?」


  「よく聞いてね、聖理奈さん。……総介さん達親子が乗った飛行機が、大西洋沖で……、墜落したのよ!」


  この瞬間、聖理奈は、とてつもなく深い絶望感に陥った。

  それと同時に、両手が、震え出して止まらなかった。

  英国へ留学中の長女・茉里華からの連絡では、現在、事故の詳細を多方面から調査中との事だった。


  (とにかく、こうしてはいられない!!)

 

  そう思った聖理奈は、早速、神崎グループ総帥の父・源五郎(げんごろう)の口利きにより、チャーター機を手配し、米国へ飛んだのである。

  その後、茉里華から奇跡的に総介だけが救助され、ワシントン病院センターへ搬送されたという連絡を受けたのは、それから2日が経過してからだった。

  13時間にも及ぶ大手術の結果、何とか一命を取り留めた総介だったが、その後も意識不明の昏睡状態が続いたという。


  それから7年の月日が過ぎたある日……。

 

  晴れて、海外研修を終えた茉里華が、1人

 の少年を連れて帰国した。

  それは、17才になった総介だった……。


 ・

 ・

 ・


  「総ちゃん、もう何処にも行かないよね?私達の前から消えたりしないよね?」


  聖理奈の突然の言葉に、総介は、キョトンとした表情だ。

  聖理奈は、自分の手を自転車のハンドルを握る総介の手の上に重ねると、総介の顔を覗き込んだ。


  「私と……私達と、ずっと一緒に居て欲しいの。もう、あんなに辛くて寂しい思いは二度とイヤ!!」


  総介は、少し考えた後、聖理奈の頭の上にポンと手を置いた。


  「大丈夫ですよ、聖理奈さん。ここに僕の居場所がある限り、僕は、何処へも行きませんから」


  そう言うと、(やわら)かな笑顔で聖理奈の頭を優しく撫でた。


  (1つしか違わないのに、まだ私を子供扱いしてる……)


  聖理奈の頬が、プクッと紅く膨れた。


 ・

 ・

 ・


  警視庁広域犯罪対策本部。通称『広域』。

  全国を舞台に暗躍する凶悪犯罪の取り締まり、及び捜査活動を行う部署として、警視庁内に創設された。

  本部長は、神崎茉里華警視。そして、各分野における8人のスペシャリスト達が、周りを固めている。

  公安部長との打ち合わせを終え、『広域』室へ戻る茉里華の前に、同僚の浅光五郎(あさみつごろう)警視が姿を現した。


  「神崎警視、今日もお美しい」


  「フッ、浅光警視こそ、相変わらずご聡明そうで何よりだ」


  2人は、心にもない挨拶の言葉を交わした。

  同僚とは言え、この2人、決して仲が良い訳ではない。

  どちらかと言うと、浅光の方が茉里華に敵対心を燃やしている様である。

  一流大学を卒業し、警察官となるや、苦労を重ねて35才で警視に昇格した浅光に対し、英国・ケ○ブリッジ大学を卒業後、スコットランドヤードでの研修を経て、警視にして『広域』の本部長という地位を手に入れた茉里華こそ、浅光の猜疑心に火を点けたのである。

  もっとも、茉里華の方は浅光に対して、『嫌な奴』としか思っていない様だが……。


  「いつも、お忙しい事で何よりです。私は、これから副総監とゴルフです。まあ、警視正への昇進は、時間の問題ですよ!ハッハハハ!」


  そう言い残した浅光は、高笑いをしながら意気揚々と、その場を後にした。

  浅光の後ろ姿を見つめながら、茉里華は呟いた。


  「今の内に、精々(せいぜい)遊んでおく事だな。ネズミめ……」

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