鉄組壊滅作戦03
総介は、依頼を受けたその日の内に調査を開始した。
まず、大徳寺涼音の行動パターンを探ることにした。
涼音が通う『聖グレゴリウス女学院』は、日本でも有数の名門『お嬢様学院』として知られるミッション系スクールだ。涼音は現在、その学院の高等部一年に在籍している。
朝七時、涼音は予想外に寝起きが良く、朝の支度をテキパキとこなす。八時には、運転手付きの高級外車で自宅を出発。八時二十分には学院に到着する。学院には、送迎車専用の駐車場も完備されていた。朝礼後、九時に授業が始まり、クラブ活動には所属していないため、十五時三十分には下校となる。下校の際も、やはり運転手付きの高級外車で、十六時には帰宅する。その後、夕食を摂り、二十二時には就寝する。
これが、虎之介が語った涼音の一日の行動パターンだ。完璧なまでに管理された、何一つ不自然な点のない日常だった。
しかし、涼音を追っていた総介は、あることに気が付いた。虎之介から受け取った写真に写っていたのは、可愛らしい笑顔の涼音だったが、実際に彼女が放つ雰囲気は全く違っていた。表情は常に暗く、周囲の人間を敵視しているかのようにも見えた。
午後十時二十分、大徳寺邸を見張っていた総介は、裏門から外出する人影を見つけた。大きめのトートバッグを肩にかけ、自転車を漕いで行く涼音の姿だ。
総介も、美里亜から借りた自転車に乗って、涼音の後を追った。
「君、ちょっと待ちなさい!」
不意に、総介は顔面を懐中電灯で照らされた。
「ここで何をしてるんだ?」
総介の前には、二人の警察官が立ち塞いでいた。どうやら、近所の住民から『大徳寺邸の周りをうろつく不審者がいる』との通報があったらしい。
一人の警察官が総介の自転車を調べ、登録証の名義が美里亜の名であることに気が付いた。
「この自転車、どうしたの? アンタのじゃないよね?」
警察官は完全に総介を疑った。他人名義の自転車で、他人の家の周りをうろつく男を怪しまないわけがない。
総介は仕方なく、国際公認スイーパーのライセンスカードを提示した。警察官は念のため、携帯端末『PIHD』で総介の身分を照会してみる。
「……うん、間違いないね」
警察官の言葉に、総介はホッと胸を撫で下ろした。
「だがアンタ、とても公認スイーパーには見えないなぁ。頼りないというか、ヘラヘラしているというか……」
言いにくいことをはっきりと言う警察官だ。
「ははは……、よく言われます」
結局、総介は涼音を見失い、今夜は調査どころではなくなった為、翌日へ持ち越すことにした。
調査二日目。
総介は、学院から帰宅後の涼音を張り込むことにした。実は出かける前、美里亜が「張り込みも大変でしょう?」と、手作りの弁当を持たせてくれたのだ。総介は、美里亜の優しさに胸を熱くさせながら、ステンレス製の弁当箱を開けた。
「……何ですか、これは?」
中には『あんぱん』が、どーん!と一個だけ入っていた。そして、蓋の裏には何やらメモが貼り付いていた。
『張り込みといえば、やっぱり、あんぱんですよねぇ』
(…………)
総介は、あんぱんを噛み締めながら、じっくりと味わった。
しかし、この弁当箱。あんぱんが一個だけ入っていた割には、デカくて重い。よく見ると、弁当箱は上げ底式になっている。底蓋を取ると、なんと拳銃が入っているではないか! そして、もう一枚のメモが添えられていた。
『護身用です。持っていて下さいね』
これも、美里亜の優しさなのだろうか?
二十二時二十分。涼音は、昨夜と同じように大きなトートバッグを肩にかけ、自転車をこいで出て行った。総介も、周りに注意を払いながら涼音の後を追った。
涼音は、駅前の駐輪場に自転車を止めると、足早に駅構内の女子トイレへ入っていった。総介は、女子トイレの出入り口が見える位置で、涼音が出てくるのを待った。
十分経過。涼音はまだ中だ。
二十分経過。人の出入りは多いが、涼音はまだ出てこない。
三十分経過。長時間にわたり、女子トイレの方をチラチラと見ている総介に対し、周りの通行人が不審感を募らせ始めた。
その時、金髪のツインテールに黒いフリフリのゴスロリ衣装を着た少女が、女子トイレから颯爽と現れた。
(変ですねぇ……、あんな娘が入った覚えはありませんが……)
総介は背格好から、あのゴスロリ娘が変装した涼音であると確信した。そして、夜の繁華街に消えていく彼女の後を追った。
涼音は、特に目的地があるわけでもなく、夜の駅前通りをただ歩き回っているだけだった。途中、すれ違う若い男たちに声をかけられていたが、相槌を打つだけで、ひたすら歩き続けていた。
(彼女は、誰かを探しているのでしょうか……?)
総介は、涼音がキョロキョロと周囲を見渡しながら歩いていることが気になった。
「おい、アンタ! キャサリンに何の用だ!?」
突然、総介は背後から肩を掴まれた。いつの間にか、十人ほどのヤンキー達に取り囲まれていたのだ。しかも、ヤンキーたちは金属バットや鉄パイプといった物騒な武器まで持っている。
「キャサリン、ですか?」
ヤンキー達の後ろには、キャサリン……もとい、涼音がこちらを見つめて立っていた。
「懲りないな、アンタ達も。キャサリンをつけ狙う奴は、俺達が徹底的に排除するって言っただろ!」
(なるほど……)
総介は合点がいった。ゴスロリ娘に変装した涼音は、この辺りでは『キャサリン』と呼ばれており、父親が雇ったボディガードや探偵達は、この取り巻き達によって袋叩きに遭っていたのだろう。
(これじゃあ、二日ともちませんよねぇ……)
「困りましたねぇ。ここは何とか話し合いで……」
「済まねーよ!」
いきなり、ヤンキーの一人が、鉄パイプで殴りかかってきた!
総介は、鉄パイプをひょいと躱し、ヤンキーの足を引っ掛けて転ばせた。それを見た他の連中は、総介目掛けて一斉に殴りかかってきた!
総介は、ブンブンと振り回される金属バットや鉄パイプを巧みに躱しながら、相手の懐に入り込み、みぞおちに拳を打ち込む! 打ち込む! 打ち込んだ!
わずか、二分足らずの出来事だった。地面には、十人ほどのヤンキーたちが腹を押さえながら、のたうち回っている。
「大丈夫ですよ。手加減していますから」
総介は呆然と立ち竦んでいるキャサリン……いや、涼音にゆっくりと近付いた。
「コラ、何してる!?」
聞き覚えのある声だ。総介が声のする方へ振り向こうとした、その時だった。
バチバチバチ……!
なんと、涼音は総介の下腹部にスタンガンを当て、五十万ボルトの電圧を放ったのだ!
「がっ……!?」
総介は、足下から崩れ落ちるように倒れた。
「助けてください!この人、ストーカーなんです!!」
そう叫ぶと、涼音はその場から走り去って行った。
後から二人の警察官が近付いてきて、地面に蹲っている総介の顔に懐中電灯を当てた。
「またアンタか……?」
昨夜の警察官だ。通行人から喧嘩の通報を受けて、駆け付けたのだという。警察官は、周囲の状況を見渡した後、深い溜息をついた。
「はぁ……、喧嘩にストーカー行為か。さすがに今回は、見逃すことができないよ!」
総介は、今回ばかりはと諦めかけた。
「悪いが、その男への手出しは無用だ!」
高級ブランドのスーツをビシッと着こなし、モデル並みのスタイルを持つ美女が、野次馬を掻き分けて近付いてくる。
「警視庁広域犯罪対策本部の神崎警視だ。彼は、我々が極秘捜査を依頼している人物だ。速やかに身柄を引き渡してほしい!」
もちろん、『極秘捜査』というのは嘘だ。しかし、彼女が提示した身分証には、確かに『神崎茉里華警視』と記載されている。
「これは警視殿、ご苦労様です」
警察官は素直に総介を引き渡すと、倒れ込んでいるヤンキー達を集めて、最寄りの交番へ連行した。
茉里華は、神崎三姉妹の長女であり、次期神崎家当主となる人物だ。
英国ケンブリッジ大学卒業後、スコットランドヤードことロンドン警視庁での二年間にわたる捜査研修を経て帰国後、新たに設置された『警視庁広域犯罪対策本部』の初代本部長に就任したほどの女傑だ。
「……それで、お前は何をしている?」
「よ……夜遊び娘の……素行調査を……。はは……」
総介は、まだ下半身が痺れて身動きを取ることができない。
『喫茶店ひだまり』脇の駐車スペースには、茉里華の愛車、黒いイタリア製の高級スポーツカーが止まっている。
「まったく……。人だかりができて、何かと思って見に行くと、まさかお前が警官に確保されかかっていたとはな!」
「茉里華さんのお陰で助かりました」
時計は、既に夜中の二時を回っていた。茉里華は、まともに動けない総介を車に乗せ、『喫茶店ひだまり』まで連れてきた。
「本当に、お前という男は……。私達に恥をかかせるな!」
茉里華は、以前からことあるごとに総介の尻拭いをしてきた。そのため、茉里華にとっての総介は、トラブルメーカーでしかない。
「大丈夫ですよ、茉里華姉様。総介さんには、いつも色々な意味で助かっていますから。あ、どうぞ召し上がってください!」
美里亜が、厨房から焼きたてのピザを運んできた。
「そうだよ茉里姉。総ちゃんだって頑張ってるんだよ!」
なぜか、聖理奈までいる。しかも、ちゃっかりピザをつまんでいた。
「お前たちが、そうやって甘やかすから、こいつはいつまで経っても、うだつが上がらないのだぞ!」
「ははは……」
「ヘラヘラするな! シャキッとしろ、シャキッと!」
茉里華が活を入れる。
「元デリーターが、聞いて呆れる……」
茉里華の何気ない一言に、美里亜と聖理奈は反応を示した。
「デリ……、何でしょうか?」
「茉里姉、今『デリーター』って言ったよね? 何の事!?」
「い、いや……、何でもない。今担当している事件のキーワードの一つだ。失言だった。気にするな」
茉里華は、何とか誤魔化したつもりだが、二人は怪訝な表情を浮かべている。二人は総介に顔を向けたが、『何の事だかさっぱり』というジェスチャーで返されてしまった。
「とにかく二人とも! 総介をあまり甘やかすな。本人の為にならんからな!」
茉里華は、それだけ言うと足早に店を出た。
(あの子たちに総介の過去を知られてはいけない。もし、知られてしまったら……)
(総介の居場所が、なくなってしまう……)




