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スイート・スイーパー  作者: やまじゆう
鉄組壊滅作戦編
2/18

鉄組壊滅作戦2

 とある街の小さな商店街。

 ここは1年中日当たりが良く、太陽の匂いがすることから、『日だまり通り商店街』と呼ばれている。

 その商店街の中で、1軒の小さな喫茶店が営業している。

『喫茶店ひだまり』。この店は、美里亜が1人で切り盛りをしている。

 店の客のほとんどが、美里亜達、神崎三姉妹目当ての男共だ。イケ面からダサ男まで、商店街の看板姉妹・神崎三姉妹を一目見ようと、連日押し掛けている。

 長女・茉里華は警察官。次女・美里亜は喫茶店オーナー。三女・聖理奈は弁護士。

 それぞれ職種は違えども、仲の良い姉妹である事に変わりはなく、時間が空くと、この喫茶店に顔を出す。

 今日は、茉里華と聖理奈は未だ姿を見せていない。

 平日の昼下がり、客の他愛のない話に耳を傾けながら美里亜はコーヒーを淹れていた。

 そんな中、奥の席で高級ブランドの背広を着こなした50代風の男と、ボサボサ頭でティーシャツにジーパン姿の総介が、何やら密談中だ。


「初めまして。『甘井調査事務所』の甘井総介です」


 総介は、あからさまな営業スマイルで名刺を差し出した。

 年配の男性は、名刺と総介の顔を交互に見比べると、怪訝そうな顔つきへと変わった。


「な、何か……?」


 総介は、ニコやかな表情をしながらも心配げに尋ねた。


「い……いや、私の顧問弁護士から『腕が立つ探偵を紹介します!』と言われて来たんだが……」


(大丈夫だろうか?こんな弱そうな男で……)


 今度は男が総介に自分の名刺を差し出した。男の名刺には、こう書かれてあった。


『弁天屋物産株式会社代表取締役社長・大徳寺虎之介(だいとくじとらのすけ)


 弁天屋物産と言えば、国内でも5本の指に入るほどの総合卸売問屋の重鎮的存在だ。


「そんな大企業の社長様が、こんな所に何用でしょうか?」


 ガンッ……!


 美里亜が、総介の目の前に思いっ切りお冷やを置いた。グラスの中の水は、半分以上こぼれ出ていた。


「『こんな所』で悪うございましたね!お客様、ご注文はお決まりですか!?」


 満面の笑みを浮かべている美里亜だが、その背後からは不吉な『負』のオーラが立ち込めている。


(総介さん、折角のお客様なんですから、何かお飲み物をご馳走した方が宜しいのでは?)


 美里亜が、気を利かせて総介に耳打ちをした。

 総介は、メニューの中でも一番安い280円のアメリカンコーヒーを2つ頼んだ。


「はい!スーパー・デラックス・ロイアル・ストレート・アメリカンコーヒー、2つ入ります!」


 そう注文を繰り返して美里亜は、意気揚々とカウンター奥の厨房へ入って行った。


  (はて……、スーパー・デラックス??)


 総介はメニューを見返したが、そんな物はどこにも載ってい……いや、よく見ると右下の方に小さな文字で何か書いてある。

 総介は眼を凝らしたが、肉眼では読み取れない位の小さな文字だ。仕方なく、ウエストポーチからルーペを取り出し、メニューに(かざ)して見た。

 その瞬間、総介の顔が青ざめた。


『スーパー・デラックス・ロイアル・ストレート・アメリカンコーヒー三千円也』


「こ……これは、いったい何でしょうか?」


 丁度良いタイミングで美里亜がスーパー……アメリカンコーヒーを持って来た。


『スプーンとカップとソーサーは純金製。コロンビア産の早摘み豆を10時間かけて煎り、オホーツク海の流氷を溶かした蒸留水を使用』と書かれた説明書きが添えてあった。


(何て贅沢なコーヒーでしょうか?これは、やられましたねぇ……)


 総介の笑顔は引きつっていた。


「そ……それでは、本題に入りましょうか?」


 総介は、気を取り直して話を進めた。虎之介も険しい表情に変わった。


「実は、恥ずかしい事なのだが……」


「様々な事情をお持ちのお客様が居ります。どうか、お気になさらないで下さい」


 虎之介はコーヒーを一口啜ると、大きく深呼吸をした。


「娘に……、涼音(すずね)に近付く全ての男を排除してくれ!」


「は……?」


 一瞬、店内が静まり返った。他の客も聞き耳を立てていたのだ。


「あの、それは一体どういう……」


「そのままの意味だ!あの子は可愛い!親の目から見ても、充分過ぎるほど可愛い!だからだ!あの子に寄り付こうとする悪い虫を(ことごと)く排除してくれ!」


 虎之介はティーシャツが伸びるほどの力で総介の胸倉に掴み掛かった。

 それにしても、何たる親バカっ振り……。周りのギャラリーは勿論のこと、総介までもが呆れていた。

『娘の用心棒をしろ!』という子離れの出来ない父親の依頼を断ろうと、総介が口を開けた時だった……。


「そのご依頼、お引き受け致します!」


 何と美里亜が総介の意に反して、この親バカの依頼を承諾してしまったのだ。


「み……美里亜さん、ちょっと……」


 総介が身を乗り出すと、美里亜はお盆を総介の目の前にスッと差し出した。お盆の上には、『請求書』と書かれた紙が一枚載っていた。

 総介は、その紙を手に取り開いて見た。すると、彼の笑顔は一瞬にして凍り付いた。


『請求書 甘井総介殿

  家賃6カ月分

  スーパー・デラックス・ロイアル・ストレート・アメリカンコーヒー2杯分……』


 総介は、『ぐう』の音も出ない。彼の事務所兼自宅は、『喫茶店ひだまり』の2階部分を美里亜から幼馴染みの(よしみ)で、安く間借りしている。そのせいか、総介は、大家である美里亜に対して、全く頭が上がらないのだ。


「……では、契約書にサインをお願いしますね?」


 いつ、何処から出したのか、お盆の上には契約書が載っていた。

 美里亜はニコッと微笑んで、虎之介に契約書を手渡した。

 虎之介もデレデレとしながら、契約書にサインをした。大したエロおやじだ。

 ふと、美里亜が振り返ると、ギャラリーの男共は、いつの間にか2人のテーブルを取り囲んでいた。


「はいはい皆さ~ん、お仕事の邪魔ですよぉ~!」


 美里亜は両手をパンパンと叩きながら、男共を追い払った。

 虎之介は、美里亜の顔をジーッと見つめた後、何かに気が付いたらしく、ポン!と手を叩いた。


「お嬢さん、誰かに似てると思ったら、うちの弁護士先生にそっくりだ!」


 それもそのはず。弁天屋物産の顧問弁護士は、神崎三姉妹の三女・聖理奈なのだ。

 聖理奈は、弱冠13才で米国ハー〇ード大学を卒業。帰国後、司法試験を一発合格。その後、神崎グループの出資により、15才にして法律事務所『ハッピー・ロー・カンパニー』を立ち上げた。5年経った現在は、数多くの企業を顧客に持ち、数百人の弁護士を束ねる大手法律事務所の代表を務めている。

 ちなみに、『ハッピー・ロー・カンパニー』本社は、この『ひだまり商店会』に所属している。


「それでは、詳しい話をお聞かせ下さい」


 何と、その噂のスーパー弁護士・神崎聖理奈が、いつの間にか同席して話を進めているではないか!


「せ……聖理奈さん、いつの間に……?」


「たまたま通り掛かっただけよ。あ、美里姉、アイスコーヒーお願い!総ちゃんのツケでね!」


「は~い、ちょっと待っていて下さいねぇ!」


 美里亜は、満面の笑みでカウンターの奥へと入って行った。総介の請求書には、新しく『アイスコーヒー』が追加された。


「何故、聖理奈さんのアイスコーヒー代を僕が支払うんですか?」


 総介は異議を申し出た。


「当たり前じゃない!総ちゃんの事を大徳寺社長に紹介したのは私だよ!アイスコーヒーの一杯くらい良いじゃない!ねぇ、社長ぉ?」


 虎之介もウンウンと(うなず)く。

 まあ、宣伝費と思えば安いものだと、総介は自らを納得させた。


「それでは社長、詳しい話をお聞かせ願いますか?」


 聖理奈が仕切り直す。ビジネスモード全開だ。

 虎之介は、上着の内ポケットから1枚の写真を取り出した。


「これが、私の娘……涼音だ」


 その写真には、黒髪のショートヘアで、瞳の大きな可愛らしい女の子の微笑んでいる姿が写っていた。虎之介の遺伝子を受け継いでいるとは思えないほどの可愛らしさだ。恐らく、母親似に違いない。

 虎之介は、依頼内容を説明した。

 16才の愛娘・涼音が、最近夜な夜な出歩いては朝帰りをするという。

 虎之介は、涼音に問い(ただ)したが、仕事が忙しく、普段は親子の会話すら無いせいか、無視を決め込まれてしまったらしい。

 仕方なくボディガードを付けたり、探偵に素行調査の依頼をしたが、何故か2日ともたずに断られてしまうのだという。

 虎之介は悩んだ末に、顧問弁護士である聖理奈に相談した所、腕の立つ名(迷)探偵・総介を紹介されたという経緯(いきさつ)だ。


「君には『夜、涼音が外出する理由』と『娘に群がる悪い虫の排除』の2点を依頼したい!」


 これが、虎之介の依頼内容だった。


「そのご依頼、アフターケアも含めてお引き受け致します!」


「せ……聖理奈さん、アフターケアって……何ですか?」


 不安げな総介に聖理奈が耳打ちをした。


  (決まってるでしょう!渇いた親子の絆を回復させるのよ!スイーパーだったら、最後はきれいに終わらせなさいね!)


  (それは、無茶ですよ……)


 総介の意思を全く無視して、美里亜と聖理奈は虎之介との契約を結んでしまった。恐るべし、神崎姉妹。


「あらあら、これからが大変ですねぇ、総介さん?」


 美里亜は人ごとの様にニコニコしながら、コーヒーのお代わりを持って来た。

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