春の気配
前回のおさらい
イヴガルムの素材を使い装備を整える二人。
イヴガルムとの激闘から一か月ほどの時が流れた。
第五ゲヘナには季節の概念がないと思われる。
探索者たちは今日も変わらず探索へ向かう。
しかし、その表情にはどこか新しい季節を迎える高揚感があった。
そして、日本は四月。
新年度が始まる季節。
「今日から私たち、高校生じゃなくなるんだね。」
白銀亭の食堂。
朝食を取りながら恵が少し感慨深そうに呟いた。
「ああ。」
蓮も静かに頷く。
高校三年生として過ごした一年。
その一年は、人生で最も濃密な時間だった。
第一から第四ゲヘナでの出会い。
東京、第五ゲヘナへの旅立ち。
魔剣《黒迅こくじん》の誕生。
そして。
迅影竜イヴガルムとの死闘。
卒業式も、普通の学生のようには迎えられなかった。
探索を優先したため、学校へ顔を出せたのは最後の日だけだった。
それでも教師やクラスメイト、友人の翔太、夏鈴が温かく送り出してくれた。
「卒業、おめでとう。」
恵が笑う。
「恵も。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
「もう学生じゃないね。」
「これからは本当の探索者だ。」
その言葉には、不思議と重みがあった。
遊びではない。
命を懸ける仕事。
それを二人とも理解している。
◇◇◇
装備の完成までは、まだ時間が掛かっていた。
イヴガルムの素材は、これまで親方が扱ってきたどんな素材よりも加工が難しい。
一日に進められる作業は僅か。
無理に加工すれば素材そのものが壊れてしまう。
そのため蓮たちは焦らず探索を続けていた。
もちろん、森林地帯限定である。
イヴガルムがいなくなったことで、森には大きな変化が起きていた。
姿を隠していた魔物たちが縄張り争いを始めている。
フォレストベア。
アサルトエイプ。
ブラッドボア。
以前より遭遇率が高くなっていた。
「森の王がいなくなると、こうなるんだね。」
恵がフォレストベアを倒しながら呟く。
「力関係が崩れた。」
蓮は《天眼》で周囲を確認する。
「今は群雄割拠ってところかな。」
とはいえ、二人にとって脅威になる相手ではなかった。
《黒迅》は相変わらず圧倒的な切れ味を誇る。
魔力を10%流すだけでBレート級なら一撃。
30%も流せばAレートの魔物すら正面から切り伏せられる。
恵も負けてはいなかった。
これまで以上に魔法と剣術の連携が洗練されている。
風魔法で加速し、
炎魔法で牽制し、
そこへ細身のレイピアが正確に急所を貫く。
「前より速くなったね。」
蓮が言う。
「ありがとう。」
恵は照れ笑いを浮かべる。
「蓮について行こうと必死だから。」
「俺も負けてられない。」
そんな何気ない会話を交わしながら、二人は森を歩き続けた。
◇◇◇
一方その頃。
鍛冶街。
親方は昼夜を問わず炉の前に立ち続けていた。
「……あと少しだ。」
額から汗が滴る。
イヴガルムの逆鱗を何百回と打ち込み、
翼骨を削り、
魔石へ魔力回路を刻む。
弟子たちはその技術に息を呑む。
「これが……親方の本気。」
「一振りで魔力回路を刻んでる……。」
「真似できるわけがない。」
親方は笑う。
「当たり前だ。」
「これは職人人生全部を懸けた仕事だからな。」
炉の中では黒い鱗が赤く輝き、
巨大な魔石が淡く翠色に脈打っていた。
◇◇◇
そして...
さらに数日後。
蓮と恵は森林地帯から戻ってきたところだった。
討伐依頼を終え、
協会で素材を換金していると、
一人の少年が息を切らせながら駆け込んできた。
「あっ!神代さん!」
鍛冶屋の弟子だった。
「親方が!できたって!装備、完成しました!」
「!」
蓮と恵は同時に顔を見合わせる。
「本当?」
「はい!」
「親方が今すぐ来いって!」
二人は鍛冶街へ走った。
◇◇◇
工房の前には、多くの探索者が集まっていた。
「神代が来た!」
「完成したらしいぞ!」
「見せてもらえるのか?」
噂は既に街中へ広がっている。
工房へ入ると、
親方は腕を組んだまま待っていた。
「遅ぇ。」
「すみません。」
「探索帰りだったので。」
親方は鼻で笑う。
「まぁいい。見ろ。」
工房の中央。
大きな台の上へ二つの布が置かれていた。
まず一つ目。
親方がゆっくり布を外す。
そこには漆黒の防具が並んでいた。
胸当て。
肩当て。
籠手。
脚甲。
全てが黒曜石のような艶を放ち、
所々へ翠色の魔石が埋め込まれている。
重厚にも見えるがすごくスリムだ。
しかし蓮が持ち上げると、
驚くほど軽かった。
「軽い……。」
「だろ。」
親方は胸を張る。
「イヴガルムの鱗は鋼より軽く、遥かに硬ぇ。魔力を流せばさらに強度が上がる。」
蓮は静かに《天眼》を展開した。
すると、解析が始まる。
――――――――――
《飛竜装・黒影》
分類:魔導防具
固有能力
《闇融陰影》
装備者が《黒影》に魔力を流す事で、夜や暗闇に自身の姿を溶かすように同化させ、隠密する。
影や闇そのものになったかのような存在のため、通常の視覚ではほとんど捉えられなくなる。
――――――――――
「固有能力……!」
蓮が思わず呟く。
親方が目を丸くする。
「また見えたのか?」
「はい。」
「《闇融陰影》があります。」
親方は豪快に笑った。
「はっはっは!」
「魔剣だけじゃ飽き足らず、防具まで魔装備か!」
弟子たちも歓声を上げる。
「すげぇ……!」
そして、
もう一つ。
恵の前へ布が置かれる。
親方は静かに布を外した。
「……。」
恵は息を呑んだ。
銀と黒が織り交ざった美しい刀身。
細身でありながら力強さを感じる。
鍔には翠色の魔石。
柄は白銀色の革で巻かれ、
握るだけで手へ吸い付くようだった。
「綺麗……。」
思わず漏れる。
「握ってみな。」
恵はゆっくり手に取る。
「軽い……!」
以前のレイピアよりさらに軽い。
それでいて芯の強さが伝わってくる。
蓮が《天眼》で解析する。
――――――――――
《翠牙》
分類:魔導細剣
固有能力
《風迅》
魔力を流すことで瞬間加速を付与。
突きの速度と貫通力を大幅強化。
風属性魔法との親和性が極めて高い。
――――――――――
「恵。」
「これも固有能力付きだ。」
「えっ!」
恵は目を丸くする。
「本当に?」
「《風迅》。」
「魔力で突きが加速と貫通力が上がる。」
親方は腕を組み、大きく頷いた。
「予想通りだ。」
「牙を芯にした時点で普通じゃ終わらねぇと思ってた。」
恵は嬉しそうにレイピアを胸へ抱いた。
「ありがとうございます!一生、大切にします!」
親方は照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「壊すんじゃねぇぞ。」
「壊れませんよ。」
蓮が笑う。
「親方の最高傑作なんですから。」
その一言に、親方は照れ臭そうに頭を掻いた。
工房には弟子たちの拍手が響く。
魔剣《黒迅》。
飛竜装《黒影》。
魔導細剣《翠牙》。
迅影竜イヴガルムが遺した力は、二人の新たな翼となった。
そしてこの日、神代蓮と一条恵は、新たな装備と共に、第五ゲヘナのさらに奥地へ挑む資格を手にするのだった。
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