激闘の末に
今回少し長めです!
前回のおさらい
イヴガルムとの再戦。両者譲らない戦いを繰り広げる。
蓮は静かに息を整える。
黄金の魔力が全身を巡り、《黒迅》の刀身へと絶え間なく流れ込んでいく。
翠色の紋様は脈打つように輝きを繰り返していた。
対するイヴガルムも姿勢を低くする。
四肢へ力を込め、翠色の双眸は一瞬たりとも蓮から逸れない。
森を包む空気が張り詰めた。
次の瞬間……
ズァァァッ!!
両者が同時に地面を蹴った。
人間の速度ではない。
飛竜の速度でもない。
二つの力が真正面から衝突する。
「はあぁぁぁぁっ!!」
「グァァァァァッ!!」
ギィィィィィィン!!
《黒迅》と鋭い爪が火花を散らす。
蓮は《天眼》で軌道を僅かに先読みし、《魔法盾》と《黒迅》を寸分違わず使い分ける。
イヴガルムもまた、以前とは比較にならないほど戦い方が洗練されていた。
正面から爪。
横薙ぎの翼。
跳躍からの体当たり。
そして、巨木を利用した三次元機動。
森そのものが飛竜の戦場だった。
蓮は歯を食いしばる。
《天眼》がなければ、とっくに致命傷を負っていた。
それほどまでに速い。
だが。
「読める!」
《黒迅》が閃く。
ズバァッ!!
イヴガルムの肩口を浅く切り裂く。
「ギャァッ!!」
飛竜は咆哮を上げながら後退する。
しかし、そのまま巨木を蹴り、一瞬で背後へ回り込む。
だが蓮は既に動いていた。
「《反射》!!」
ギィィィィン!!
爪が弾かれる。
その反動を利用し、蓮は身体を半回転。
「そこだ!」
《黒迅》が弧を描く。
ズバァッ!!
今度は胸元の鱗を裂いた。
赤黒い鮮血が飛び散る。
イヴガルムは怒りの咆哮を上げ、一気に距離を取った。
互いに息を乱しながら睨み合う。
蓮の肩からも血が流れていた。
先ほど翼を受けた際、衝撃を殺し切れなかったのだ。
「蓮!」
恵が叫ぶ。
「大丈夫!」
短く返す。
まだ戦える。
むしろ身体はよく動いていた。
《黒迅》も蓮の魔力へ応えるように低く共鳴している。
(このまま押し切れる……。)
そう思った、その時だった。
《天眼》が異変を捉える。
「……?」
イヴガルムの全身から、見たことのない魔力が溢れ始めた。
黒い…いや。闇そのもののような魔力。
翠色だった魔力が、漆黒へ染まり始める。
「何だ……あれ。」
空気が重くなる。
森全体が震え始めた。
イヴガルムはゆっくりと身を起こした。
全身を覆う漆黒の魔力。
傷だらけの身体から溢れ出すその魔力は、黒い炎のように揺らめき、周囲の木々を軋ませる。
「グルルルルル……」
低い唸り声と共に、大地が震えた。
《天眼》が激しく警告を発する。
ーーーーーーーーーーーー
《迅影竜 イヴガルム》
状態:暴走
危険度:測定不能
身体能力:急上昇
警告
警告
ーーーーーーーーーーーー
「……そう来るか。」
蓮は静かに息を吐く。
ここから先は、生半可な力では届かない。
ならば――。
「決着をつける。」
黄金の魔法陣が幾重にも重なり、歯車のように回転を始めた。
「《刻の支配者》」
カチリ――。
時計の針が噛み合うような澄んだ音が森へ響く。
その瞬間、世界が灰色に変わった。
風が止まったように見える。
舞い散る木の葉は一枚ずつ目で追えるほどゆっくりと漂い、砂埃は空中で静止しているかのようだった。
時間が止まったわけではない。
蓮自身の時間感覚と身体能力だけが極限まで加速し、周囲すべてが極端なスローモーションに見えているだけだった。
《刻の支配者》が残り時間を教えてくれる。
ーーーーーーーーーーーー
《刻の支配者》
残り時間 5分00秒
ーーーーーーーーーーーー
この時間内で決着をつけなければならない。
終了と同時に莫大な反動が襲う。
負ければ終わりだった。
ズァァァァッ!!
蓮は一歩踏み込む。
世界が置き去りになる。
イヴガルムの右前脚がゆっくりと振り下ろされる。
普通なら避けられない速度。
しかし今の蓮には、ゆっくり振り下ろされて見えるほど遅い。
「はっ!」
《黒迅》が閃く。
ズバァッ!!
前脚を深く斬り裂く。
鮮血がゆっくりと宙へ舞う。
だが。
「……!」
イヴガルムの黄金色の瞳が蓮を捉えていた。
完全には追いつけない。
それでも、その視線だけは確かに蓮を見失っていない。
「グァァァァァッ!!」
咆哮。
飛竜は無理やり身体を捻り、巨大な翼を横薙ぎに振るう。
「読んでいた!」
蓮は紙一重で回避する。
直後、背後の巨木が粉々に吹き飛んだ。
(この速度でも反応するのか……!)
森の王。
伊達ではない。
蓮は休むことなく斬撃を浴びせる。
肩。
腹部。
翼。
《黒迅》が次々と鱗を切り裂き、イヴガルムの身体へ新たな傷を刻んでいく。
しかしイヴガルムもまた、野生の勘だけで蓮を追い続けていた。
爪が頬を掠める。
牙が肩を裂く。
尾を失ってなお、その戦闘本能は衰えていない。
「……強い!」
蓮は歯を食いしばる。
ーーーーーーーーーーーー
《刻の支配者》
残り時間 3分00秒
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まだ半分も削れていない。
イヴガルムは傷だらけになりながらも、一歩も退こうとはしなかった。
「グァァァァァッ!!」
闇の魔力がさらに膨れ上がる。
黒い魔力が全身へ集中し、イヴガルムの速度がさらに増した。
《刻の支配者》の中にいる蓮ですら、一瞬その速さに驚く。
「っ!」
ガギィィィィン!!
咄嗟に展開した《魔法盾》へ爪が激突する。
盾は砕けなかった。
だが衝撃だけで蓮の身体は大きく吹き飛ばされ、巨木へ叩き付けられる。
「がっ……!」
肺の空気が一気に抜ける。
それでも立ち上がる。
イヴガルムも血を流しながらゆっくりと向き直った。
互いに満身創痍。
それでも勝負は終わらない。
蓮は《黒迅》へさらに魔力を流した。
《魔力付与》。
80%。
翠色の紋様が刀身全体を覆う。
《魔力変換》が応えるように、刃は低く唸り始めた。
「まだ足りない!」
95%。
切れ味が指数的に跳ね上がる。
ーーーーーーーーーーーー
《刻の支配者》
残り時間 1分00秒
ーーーーーーーーーーーー
あと一分。
ここで決めなければ終わる。
蓮は真正面から踏み込んだ。
イヴガルムも最後の力を振り絞る。
「グァァァァァァッ!!」
黒い魔力を纏った巨体が一直線に突進する。
真正面から激突。
ギィィィィィン!!
爪と魔剣がぶつかり、火花が散る。
互いの攻撃が何十度も交錯する。
その度に鱗が砕け、血が舞い、木々が薙ぎ倒されていく。
残り三十秒。
蓮の呼吸は乱れ始める。
体力も限界だった。
イヴガルムも右前脚が動かず、翼も半ば裂けている。
それでもイヴガルムは退かない。
黄金の瞳には最後まで闘志が宿っていた。
ーーーーーーーーーーーー
《刻の支配者》
残り時間 10秒
ーーーーーーーーーーーー
拾。
蓮は深く息を吸う。
玖。
《魔力付与》最大出力。
捌。
《黒迅》へ残る魔力をすべて流し込む。
柒。
刀身が翠色と黄金色の光を放つ。
陸。
イヴガルムが咆哮する。
伍。
飛竜が最後の突撃を開始した。
肆。
蓮も地面を蹴る。
参。
距離が一気に縮まる。
弐。
互いの瞳が交わる。
壱。
「これで終わりだぁぁぁぁぁっ!!」
「グァァァァァァァッ!!」
黄金と漆黒の閃光が交差する。
ズバァァァァァァァァァッ!!
一瞬、森から音が消えた。
カチリ――。
《刻の支配者》の制限時間が尽きる。
加速していた世界が元の時間へ戻る。
同時に、轟音が森中へ響き渡った。
衝撃波が木々を薙ぎ倒し、砂煙が一帯を覆う。
静寂。
やがて砂煙が晴れる。
蓮は《黒迅》を振り抜いた姿勢のまま立っていた。
その数メートル先。
イヴガルムもまた立っている。
互いに動かない。
数秒後。
イヴガルムの首元へ一本の赤い線が走った。
ゆっくりと、その巨体が前へ傾く。
ドォォォン……。
森全体を震わせながら、迅影竜イヴガルムは大地へ崩れ落ちた。
長きにわたり第五ゲヘナ森林地帯の王として君臨した飛竜は、神代蓮との死闘の果て、その生涯を閉じた。
「はぁ……はぁ……。」
蓮も同時に膝をつく。
《刻の支配者》の反動が一気に押し寄せる。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、視界が揺れる。
「神代ぉぉぉ!!」
森の向こうから桐生の声が響く。
続いて十数人の探索者たちが駆け込んできた。
《黒狼》を先頭とした救援部隊だった。
誰もが倒れ伏すイヴガルムを見た瞬間、言葉を失う。
「……討伐、したのか。」
桐生が呆然と呟く。
その視線の先には、満身創痍になりながらも魔剣を支えに立ち続ける一人の少年の姿があった。
「すぐ治療だ!」
「生存者全員を運べ!」
恵も皐月たちの治療を終え、蓮のもとへ駆け寄る。
「蓮!」
恵が支えようとした瞬間、蓮の身体から力が抜けた。
「なんか……前にも……。」
安堵の笑みを浮かべ、そのまま恵へ身を預ける。
救援部隊は慌ただしく治療を開始し、第五ゲヘナ史上に残る激戦は、こうして幕を閉じたのだった。
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