vsイヴガルム
前回のおさらい
紙一重で皐月雛乃の元へ駆けつける蓮。
蓮の身体が空を裂く。
黄金の魔力を纏った一筋の閃光は、巨木の間を一直線に駆け抜けた。
イヴガルムの鋭い爪が、倒れた皐月へ振り下ろされる、その寸前――。
「《魔法盾》ッ!!」
ギィィィィィィンッ!!
凄まじい金属音が森中へ響いた。
黄金の盾が飛竜の爪を真正面から受け止める。
衝撃だけで周囲の落ち葉が一斉に舞い上がり、巨木の枝が大きく揺れた。
「……っ!」
イヴガルムの翠色の瞳が見開かれる。
この魔力、忘れるはずがない。
尾を断ち切った、人間……。
地面へ倒れたままの皐月が、霞む視界の中でその背中を見る。
黄金色の魔力。
黒い魔剣。
見間違えるはずがなかった。
「神代……さん……。」
安心した瞬間、意識が途切れそうになる。
蓮は振り返らない。
ただ静かに告げた。
「皐月さん。」
その声は、不思議なほど落ち着いていた。
「もう大丈夫です。」
その一言だけで、皐月の張り詰めていた心が一気に緩む。
「はい……。」
涙が一筋、頬を伝った。
◇◇◇
イヴガルムはゆっくりと後ろへ飛び退く。
距離、およそ5メートル。
互いの視線が交差する。
森が静まり返った。
「グルルルル……。」
低く唸る飛竜。
以前とは違う。
その瞳には明確な敵意だけでなく、警戒と興味が混じっていた。
蓮も静かに《天眼》で解析する。
瞬時に情報が流れ込む。
――――――――――
《迅影竜 イヴガルム》
状態:戦闘可
尾:45%欠損
身体能力:前回比128%
魔力総量:前回比117%
危険度:S+
戦闘能力:上昇
――――――――――
(やっぱり。)
蓮は心の中で呟く。
強くなっている。
尾を失ったことで弱体化したのではない。
それを補うように、身体能力そのものを鍛え上げていた。
以前以上に速い。
以前以上に鋭い。
「……俺と同じか。」
敗北を糧に、強くなった。
イヴガルムもまた、この再戦を待っていたのかもしれない。
その時だった。
「蓮!」
後方から恵が駆け寄ってくる。
すぐに皐月たちの様子を確認し、顔色を変えた。
「ひどい……!」
先輩探索者二人は全身血だらけで倒れている。
もう一人は腕を不自然な方向へ曲げたまま動かない。
皐月も腹部から大量に出血していた。
それでも全員、生きている。
蓮は《天眼》で確認し、小さく息を吐く。
(まだ助かる。)
「恵。」
「うん!」
「治療を頼む。」
「ここは俺が止める。」
恵は一瞬だけ蓮を見る。
以前なら止めていた。
一人で戦わせることなど考えられなかった。
だが今は違う。
目の前の蓮には迷いがない。
「……分かった。」
恵はすぐ皐月の元へ駆け寄る。
「《盾神の守護》!」
蓮の黄金色の光が四人を包み込む。
「お願い……間に合って。」
恵がポーションを使い応急処置を行う。
蓮はその様子を確認すると、再びイヴガルムへ向き直った。
腰の《黒迅》へ手を掛ける。
スッ――。
漆黒の刀身が静かに姿を現す。
森の薄暗い光を吸い込み、刃だけが淡く輝いた。
「……。」
イヴガルムの視線が変わる。
新しい武器。
未知の脅威。
本能が危険を告げている。
「久しぶりだな。」
蓮は静かに構えた。
「今度は、ちゃんと決着をつけよう。」
「グァァァァァッ!!」
咆哮。
同時にイヴガルムが消えた。
「速い!」
以前とは比較にならない。
以前なら見失っていた。
しかし…
「《魔法盾》!」
ガギィィィン!!
《魔法盾》へ爪が激突する。
「まだ!」
蓮は身体を半回転させる。
背後。
尾ではない。
翼だ。
ドゴォッ!!
黒い翼が横殴りに叩き付けられる。
「《前方城壁》!!」
黄金の城壁が出現。
轟音と共に翼が激突し、火花が散る。
イヴガルムは着地することなく、そのまま巨木を蹴って上空へ跳ぶ。
蓮もすぐさま跳躍。
空中。
互いの距離は五メートル。
イヴガルムが両翼を大きく広げた。
その瞬間、《天眼》が異常を捉える。
「魔力……?」
翼へ膨大な魔力が集中していく。
(新しい攻撃……!)
「来る!」
次の瞬間。
バシュゥゥゥッ!!
無数の黒い羽根の様な鱗が弾丸のように射出された。
一本一本が鋼鉄以上の硬度を持ち、凄まじい速度で蓮へ降り注ぐ。
「《魔法盾》!」
ガガガガガガガガン!!
連続する衝撃。
黄金の盾へ無数の鱗が突き刺さる。
しかし盾は砕けない。
蓮は着地すると同時に前へ踏み込んだ。
「今度は俺の番だ!」
《魔力付与》。
40%。
黒迅へ黄金の魔力が流れ込む。
刀身へ翠色の紋様が浮かび上がった。
ブォン……
低く響く共鳴音。
まるで剣が目覚めるようだった。
「《魔力変換》。」
《天眼》が現在出力を表示する。
28%....32%...40%...
切れ味が急激に上昇していく。
「行くぞ!」
蓮は一直線に駆ける。
イヴガルムも迎え撃つように突進した。
双方が交差する。
「はあぁぁぁっ!!」
「グァァァァァッ!!」
ギィィィィン!!
爪と魔剣が激突。
その瞬間。
イヴガルムの瞳が驚愕に染まった。
漆黒の刃は爪を滑るように弾き、そのまま腕の鱗を浅く切り裂いた。
ズバッ!!
赤い血が飛び散る。
「ギャァッ!!」
イヴガルムはすぐ距離を取る。
腕を見る。
傷。
確かに傷付けられた。
以前より浅い一撃。
しかし切断能力は明らかに上がっている。
「黒迅……。」
蓮も手応えを感じていた。
(すごい。)
まだ四割しか魔力を流していない。
それでもS+レートの鱗を切り裂いた。
「まだ上げられる。」
蓮は静かに息を整える。
だが同時に理解していた。
魔力を流し過ぎれば、自分の消耗も激しくなる。
長期戦では不利だ。
必要な瞬間だけ最大火力を叩き込む。
それが最適解。
イヴガルムも再び姿勢を低くする。
互いに理解していた。
先ほどまでの攻防は、ほんの挨拶に過ぎない。
ここからが本当の戦い。
森を吹き抜ける風が止まる。
恵は回復を続けながら、蓮の背中を見つめていた。
(お願い……。)
負けないで。
その想いを胸に祈る。
そして蓮は、静かに《黒迅》を構え直した。
黄金の魔力が漆黒の刀身へ流れ込み、翠色の紋様がさらに強く輝き始める。
人々の希望と、森の王。
互いに一歩も譲らない再戦は、今ようやく本当の幕を開けようとしていた。
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