再戦
視点は蓮に戻ります。
時は少し遡る。
第五ゲヘナ・森林地帯。
高く伸びた巨木が陽光を遮り、昼間でありながら薄暗い森が広がっていた。
「この辺りまでなら問題なさそうだな。」
蓮は静かに呟き、《天眼》を展開する。
半径一キロ。
無数の魔力反応が脳裏へ映し出された。
フォレストベア。
アサルトエイプ。
そして、恵。
全ての位置が鮮明に把握できる。
「異常なし。」
蓮は頷く。
今日は《黒迅》の実戦訓練も兼ねた探索だった。
以前なら慎重に進んでいた場所も、《黒迅》を得た今では余裕を持って歩ける。
もちろん油断はしない。
強くなったからこそ、慎重さは失わない。
それが蓮の信条だった。
その時だった。
《天眼》が微かに揺らぐ。
「……?」
蓮の足が止まる。
森の奥。
約九百メートル先。
見慣れた魔力反応が一つ映っていた。
巨大で鋭く、闇のように濃密な魔力。
「……イヴガルム。」
蓮の表情が引き締まる。
忘れるはずがない。
あの日、命懸けで戦った相手。
尾を切断した飛竜。
《天眼》はさらに詳細を映し出していく。
反応は以前よりも僅かに大きい。
傷は癒え切っていない。
尾も再生していない。
それでも。
「前より強い…か…。」
魔力の流れが違う。
以前より洗練されている。
森の中を滑る軌道にも無駄がない。
「あいつも強くなってる。」
蓮は小さく呟いた。
その瞬間。
《天眼》へ別の反応が映る。
「……!」
探索者。
位置はイヴガルムから二百メートルほど離れた場所。
「探索者……?」
蓮は集中する。
魔力反応を一つずつ確認する。
そして。
「皐月さん……!」
見覚えのある魔力だった。
皐月雛乃。
以前よりも魔力量が増えている。
他にも探索者が複数。
恐らくいつもの臨時パーティーだ。
しかし。
距離が近すぎる。
イヴガルムは既にその方向を向いていた。
「まずい。」
蓮の声色が変わる。
「恵!」
後方を歩いていた恵が振り返る。
「どうしたの?」
「イヴガルムだ。」
その一言だけで、恵の表情が凍り付く。
「……!」
「あいつがいる。」
「しかも近くに探索者が複数。」
「えっ!」
「皐月さんたちだ。」
その瞬間。
恵は迷わなかった。
「助けに行こう!」
「ああ。」
蓮はすぐ収納袋から救難用の通信魔道具を取り出す。
イヴガルムを探知できる可能性がいちばん高いとして、黒崎さんから通信魔道具を渡されていた。
魔力を流し込む。
「黒崎さん!」
魔道具の向こうから僅かな雑音。
『神代か?』
「森林地帯北東部。」
「イヴガルムを確認しました。」
『……何?』
「探索者が接敵します。至急救援をお願いします!」
数秒の沈黙。
『分かった。』
『《黒狼》その他Aレート探索者に向かってもらう。絶対に無理はするな!』
通信が切れる。
蓮は魔道具を収納した。
「恵。」
「うん。」
「全力で行く……置いていく事になるけど、着いてきて。」
「了解!」
二人は同時に地面を蹴った。
《魔力付与》。
身体に魔力を纏わせ身体能力を最大限まで引き上げる。
ズァァァッ!!
森の景色が一瞬で後方へ流れていく。
枝を飛び越え、
倒木を蹴り、
巨木の根を足場にさらに加速する。
以前の蓮なら到底出せなかった速度。
《黒迅》を腰に下げたまま、それでも身体は風のように森を駆け抜ける。
《天眼》は常に情報を更新していた。
そして。
イヴガルムも動き始めた。
「……!」
飛竜の軌道が変わる。
一直線。
皐月たちへ向かっている。
「速い!」
森を滑る黒い影。
木々を縫うように疾走する姿は、まるで闇そのもの。
《天眼》で追えている。
蓮はさらに魔力を流す。
脚へ。肺へ。全身へ。
「まだ……!」
ズドンッ!!
踏み込むたび地面が抉れる。
距離500メートル。
《天眼》が皐月たちの魔力反応を映す。
まだ気付いていない。
四人は通常通り探索している。
「急げ……!」
蓮は歯を食いしばる。
この距離では叫んでも届かない。
「間に合え……!」
蓮は初めて焦りを覚えていた。
あの日、自分たちは《天眼》があったから生き残れた。
しかし皐月たちにはない。
不意打ちを受ければ終わる。
イヴガルムが急接近する。
「くそっ!」
蓮はさらに速度を上げる。
まだ遠い。
その時。
《天眼》へ強烈な光のような魔力が映る。
救難信号。
真紅の魔力が空高く打ち上がった。
「始まった……!」
蓮の胸が締め付けられる。
《天眼》の反応が激しく動く。
イヴガルム、皐月…探索者たち。
激突。
一瞬で一人が吹き飛ぶ。
二人目、三人目。
「っ……!」
圧倒的だった。
《天眼》が新たな反応を映す。
皐月の魔力が後方に吹き飛び、魔力反応が一気に低下した。
「……!」
蓮の鼓動が大きく鳴る。
《天眼》越し。
皐月の魔力が微かに揺れる……
蓮は左手で剣の柄を強く握り右手に《魔法盾》を展開する。
「絶対に……間に合わせる。」
魔力が爆発する。
《魔力付与》最大出力。
黄金の魔力が全身を包み込み、森へ一筋の光が走る。
ズァァァァァァァッ!!
人間離れした速度で巨木を蹴り抜ける。
そして……。
目視で映るイヴガルムが、皐月へ最後の爪を振り下ろそうとしていた。
「間に合ええぇぇぇぇっ!!」
蓮は森を裂くように跳躍した。
黄金の光と漆黒の魔剣が、戦場へ飛び込む。
迅影竜イヴガルムとの再戦が、今まさに幕を開けようとしていた。
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