黒迅の威力
前回のおさらい
数日後。
第一居住区の朝は、いつもと変わらず探索者たちの活気で満ちていた。
協会本部には朝早くから多くの探索者が集まり、討伐依頼を確認する者、素材を換金する者、新たな装備を受け取る者が行き交っている。
その中を、蓮と恵も歩いていた。
腰には、新たな魔剣《黒迅》。
まだ実戦では一度も使っていない。
「今日は草原?」
恵が隣を歩きながら尋ねる。
「ああ。」
蓮は頷いた。
「まずは剣に慣れる。」
「うん。」
二人は協会で簡単な討伐依頼を受けると、そのまま東門から草原地帯へ向かった。
◇◇◇
朝露が残る広大な草原。
穏やかな風が草を揺らしている。
蓮はゆっくりと《天眼》を展開した。
半径一キロ。
魔力反応が一斉に頭へ流れ込む。
ホーンディア、グラスウルフ。
そして少し離れた場所には小型の魔物の群れ。
「今日はちょうどいいな。」
蓮は静かに言った。
「まずはホーンディアから。」
二人は慎重に近付く。
ほどなくして、一頭のホーンディアがこちらへ気付いた。
ホーンディアが角を向け、一気に突進する。
「来た!」
恵が横へ回り込む。
蓮は《魔力付与》を使い魔剣へ魔力を流し込んだ。
すると…
黒い刀身へ翠色の紋様が淡く浮かび上がる。
「……。」
流せる魔力の5割程度。
それでも以前の剣とは明らかに違う感覚だった。
刀身そのものが魔力を吸収し、力へ変えている。
蓮は一歩踏み込んだ。
ホーンディアの角が目前まで迫る。
ギリギリまで引き付け、
横一閃。
ズバッ……。
次の瞬間。
ホーンディアは何が起きたのか理解できないまま、その身体が左右へ滑るように分かれていた。
「……え?」
恵が目を丸くする。
「今の……。」
蓮自身も驚いていた。
抵抗がない。
肉も骨も、まるで空気を切ったようだった。
「これが……《魔力変換》。」
5割魔力だけでこの切れ味。
以前の剣では考えられない。
恵が苦笑する。
「ちょっと強すぎない?」
「俺もそう思う。」
蓮は魔剣を見つめた。
「使い方を間違えたら危ないな。」
「うん。」
恵も真剣な表情で頷いた。
「ちゃんと慣れないと。」
◇◇◇
その後も二人は草原で数体の魔物を討伐していく。
ストーンボア。
ワイルドラビット。
ホーンディア。
どの魔物も、《黒迅》の前ではほとんど抵抗できなかった。
蓮は意図的に魔力を細かく調整しながら戦う。
流す魔力量を変える度に、刀身の輝きも変化する。
翠色の紋様は徐々に濃くなり、
切れ味も比例して増していった。
「なるほど……。」
蓮は戦いながら分析する。
「魔力を流し過ぎる必要はない。」
「相手に合わせて調整した方が効率がいい。」
《天眼》も同時に解析を進めていた。
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《魔剣・黒迅》
現在出力:14%
魔力効率:極めて良好
推奨出力
Bレート以下:5〜10%
Aレート:20〜30%
Sレート以上:未測定
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「表示まで変わった。」
蓮は小さく呟く。
《天眼》が武器の状態まで解析するようになっている。
以前には無かった変化だった。
「便利になったね。」
恵も感心する。
「ああ。」
蓮は静かに頷いた。
「この剣なら、もっと奥まで行ける。」
その言葉には以前よりも確かな自信が宿っていた。
◇◇◇
昼過ぎ。
討伐を終えた二人は草原の丘で休憩していた。
そこへ見覚えのある少女が歩いてくる。
「あっ!」
皐月雛乃だった。
「神代さん!一条さん!」
「こんにちは。」
恵が笑顔で手を振る。
「こんにちは〜。」
雛乃は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「聞きました!新しい剣が完成したんですよね!」
「噂になるの早いね。」
恵が苦笑する。
第五ゲヘナでは、蓮がS+レートの飛竜と戦った話はいまだに語り草だった。
当然、新たな武器にも注目が集まっている。
「見てもいいですか?」
「もちろん。」
蓮は腰の《黒迅》を抜いた。
漆黒の刀身。
陽光を吸い込むような黒。
鍔に埋め込まれた翠色の魔石。
「……綺麗。」
雛乃は思わず息を呑む。
「これが飛竜の素材……。」
「はい。」
蓮は静かに答えた。
「まだ使い始めたばかりだけど…すごい性能だ。」
雛乃は羨ましそうに笑う。
「私もいつか、自分だけの武器を作ってみたいです。」
「きっと作れる時が来るよ!」
恵が微笑む。
「雛乃ちゃんもちゃんと強くなってるし。」
「ありがとうございます!」
雛乃は少し照れながら笑った。
この数週間で、彼女も第五ゲヘナへすっかり馴染み始めていた。
表情にも最初の頃の不安はない。
三人はしばらく談笑し、それぞれ午後の探索へ戻っていった。
◇◇◇
その日の夕方。
第一居住区。
協会本部二階。
桐生は一枚の報告書へ目を通していた。
「……またか。」
机へ置かれた地図。
森林地帯最深部付近。
赤い印が新たに付けられている。
「大型魔物の目撃情報。」
「しかも全部夜。」
隣にいた副隊長が眉をひそめた。
「迅影竜ですか?」
「分からん。」
桐生は腕を組む。
「あいつかもしれねぇし、別の何かかもしれねぇ。」
「だが。」
視線は窓の外へ向く。
嫌な予感がする。」
その頃……
第五ゲヘナ森林地帯最深部。
夜。
月明かりすら届かない深い闇の中。
黒い影が静かに巨木の上を滑る。
迅影竜イヴガルム。
失った尾は再生していない。
それでも以前より動きは鋭くなっていた。
翠色の瞳が静かに空を見上げる。
やがて低く唸る。
「グルルルル……。」
その瞬間。
さらに森の奥…未踏区域のさらに深部から、地鳴りのような重低音が響いた。
ゴォォォォォン……。
イヴガルムの動きが止まる。
耳を澄ませる。
そして次の瞬間、普段は王者として森に君臨する飛竜が、わずかに警戒するように身構えた。
闇のさらに奥で、二つの巨大な赤い瞳がゆっくりと開かれる。
その圧倒的な気配に、周囲の魔物たちは悲鳴を上げるように一斉に逃げ始めた。
まだ誰も知らない。
迅影竜イヴガルムですら警戒する存在が、この第五ゲヘナ最深部で静かに目覚め始めていることを。




