新たな剣
前回のおさらい
イヴガルムの戦闘の末、尻尾を切断。
救援部隊が到着し戦闘が終わる。
数日後。
第一居住区の鍛冶街。
カン、カン、カン――。
工房の奥から、一日中途切れることなく金属を打つ音が響いていた。
《迅影竜イヴガルム。》
その黒き鱗は鋼を遥かに凌ぐ硬度を誇り、骨は常識外れの魔力伝導率を持つ。
並の鍛冶師なら加工することすらできない代物だった。
「親方、本当に削れるんですか……?」
若い弟子が恐る恐る尋ねる。
親方は額の汗を拭いながら鼻で笑った。
「削れねぇ。だから削るんじゃねぇ。」
そう言って、真紅に熱した竜骨を巨大な魔導炉へ戻す。
通常の炉では温度が足りない。
第五ゲヘナで発見された高純度魔石を燃料にした特殊炉。
さらに魔力を流し込み続けながら、ようやく加工できる。
「こんな素材……一生に一度あるかどうかだ。」
親方の瞳には職人としての闘志が宿っていた。
「絶対に最高傑作へ仕上げる。」
◇◇◇
その頃。
蓮と恵はいつものように白銀亭で朝食を取っていた。
「剣、まだかな。」
恵がパンを頬張りながら呟く。
「早くても一週間以上って言ってた。」
蓮は苦笑する。
「そんな簡単に作れる素材じゃない。」
「だよね。」
恵は思い出す。
あの巨大な黒い尾。
刃がほとんど通らなかった黒い鱗。
あれを武器へ変える。
想像もできなかった。
「でも楽しみ。」
「うん。」
蓮も静かに頷く。
今は剣がないため、探索は草原地帯で軽く魔物を倒す程度に留めていた。
森林地帯へは近付かない。
イヴガルムが再び現れる可能性もあるからだ。
◇◇◇
さらに十日後。
工房。
「……完成だ。」
親方は静かに呟いた。
作業台の上。
そこには一本の剣が横たわっていた。
全長は以前とほぼ同じ。
しかし、その姿はまるで別物だった。
刀身は漆黒。
黒曜石にも似た深い黒色。
光を受けてもほとんど反射せず、まるで夜そのものを削り出したようだった。
刃先だけがわずかに銀色を帯び、鋭く輝いている。
鍔には翠色の魔石が埋め込まれ、中心には竜の瞳を思わせる紋様。
柄は黒革で丁寧に巻かれ、握るだけで自然と手へ吸い付くような形状をしていた。
だが。
本当に驚くべきは、その内部だった。
イヴガルムの竜骨。
魔石。
そして蓮が長年使ってきた白い剣の柄。
三つを融合させたことで、刀身全体が魔力を蓄積する特殊構造へ変化していた。
親方は静かに呟く。
「……これは。」
「普通の剣じゃねぇ。」
◇◇◇
その日の午後。
蓮と恵は工房を訪れていた。
「出来たぞ。」
親方が静かに奥から布に包まれた一本を持ってくる。
「これがお前さんの新しい相棒だ。」
布が外される。
「……。」
蓮も、恵も。
思わず言葉を失った。
「綺麗……。」
恵が小さく呟く。
以前の白い剣とは対照的だった。
静かな黒。
圧倒的な存在感。
それでいて禍々しさは感じない。
「握ってみろ。」
親方が差し出す。
蓮はゆっくりと柄を握った。
蓮はゆっくり剣を抜く。
驚くほど軽い。
以前の剣よりも軽く感じる。
しかし。
内部には膨大な力が眠っていることが《天眼》ではっきり分かった。
自然と解析が始まる。
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《魔剣・黒迅》
分類:魔剣
素材:迅影竜イヴガルムの尾骨、迅影竜イヴガルムの鱗、高純度魔石、白き剣の柄。
固有能力:《魔力変換》
所有者が流し込んだ魔力を刀身へ変換。
魔力を流すほど切れ味が指数的に上昇する。
魔力供給が続く限り、斬撃性能は限界なく向上。
刀身の耐久力も同時に強化される。
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「……魔剣。」
蓮は思わず呟く。
親方が驚いた顔をする。
「何か分かったのか?」
「固有能力があります。」
「ほう?」
蓮は静かに説明した。
《魔力変換》。
その言葉を聞いた瞬間。
親方は豪快に笑った。
「はっはっは!」
「成功どころじゃねぇ!」
「魔剣になっちまったか!」
弟子たちも目を丸くしている。
「魔剣って本当に存在するんですね……。」
「俺も初めて見た。」
親方は腕を組む。
「素材が素材だからな。」
「S+レート飛竜の骨と鱗。さらに長年使い込まれた剣の柄。全部が奇跡みたいに噛み合ったんだろう。」
恵が目を輝かせる。
「試してみてもいい?」
「もちろん。」
工房の裏庭。
鍛錬用の巨大な鉄塊が置かれている。
親方が指差した。
「あれを斬ってみろ。」
蓮は頷く。
まずは魔力を流さない。
普通に振る。
キィン。
鉄塊へ浅い傷。
「普通の剣くらいだな。」
親方が頷く。
蓮は次に《魔力付与》を発動する。
黄金の魔力が刀身へ流れ込む。
その瞬間。
黒い刀身へ翠色の紋様が浮かび上がった。
「……!」
刃が低く唸る。
まるで剣そのものが喜んでいるようだった。
軽く振る。
ズバァッ――。
鉄塊が真っ二つになった。
「えっ……。」
恵が固まる。
親方も目を見開いた。
「おいおい……。」
蓮自身も驚いていた。
手応えがほとんどない。
紙を切るようだった。
「まだ全力じゃない。」
《魔力変換》は、流し込んだ魔力量に比例して切れ味が増していた。
《魔力付与》は、自分の魔力で強化する技術。
この魔剣は魔力そのものを刀身が吸収し、斬撃性能へと変換している。
「すごい……。」
恵は思わず笑う。
「蓮にぴったり。」
蓮も静かに頷いた。
「ああ。」
柄を握る。
不思議だった。
初めて持ったはずなのに。
何年も使ってきた剣のように手へ馴染む。
旧剣の柄を使っているからだろう。
「ありがとう。」
蓮が親方へ頭を下げる。
「最高の剣です。」
親方は照れ臭そうに笑った。
「礼なら、その剣で生きて帰ってこい。」
「それが職人への最高の報酬だ。」
「はい。」
蓮は力強く頷く。
工房を出る二人。
腰には新たな漆黒の魔剣《黒迅》。
白き剣は役目を終えた。
だが、その意志は柄を通して新たな剣へ受け継がれている。
夕日に照らされた黒い刀身は静かに輝き、まるで次なる強敵との戦いを待ち望んでいるかのようだった。
◇◇◇
そしてその頃――。
第五ゲヘナ森林地帯最深部。
深い闇の中で、一対の翠色の瞳がゆっくりと開かれる。
尾の半ばを失った迅影竜イヴガルム。
切断面はまだ完全には癒えていない。
それでも、その瞳に宿る闘志は少しも衰えてはいなかった。
脳裏に焼き付いているのは、黄金の魔力を纏い、自らの尾を断ち切った一人の少年。
「グルルルル……」
低い唸り声が森の奥へ響く。
獣としての本能が、その存在を決して忘れないと告げていた。
やがて訪れる再戦の日。
その時には、蓮もイヴガルムも、今よりさらに強くなっていることを、この時はまだ誰も知らなかった。
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