闇に潜む飛竜
本日少し長めになりました。
強敵襲来です。
翌日。
まだ夜明けの余韻が森に残る頃、蓮と恵は再び森林地帯へ足を踏み入れていた。
「今日は昨日より少しだけ奥まで行こう。」
蓮が静かに言う。
「うん。でも危なかったらすぐ戻ろうね。」
恵もレイピアへ手を添えながら頷いた。
森へ入ると、ひんやりと湿った空気が肌を撫でる。
高く伸びた巨木が朝日を遮り、薄暗い空間を作り出していた。
葉擦れの音。
遠くで鳴く鳥型魔物の声。
そして時折聞こえる、小動物が草を踏む音。
一見すると昨日までと何も変わらない森だった。
蓮は《天眼》を展開する。
半径一キロ。
無数の魔力反応が頭の中へ映し出される。
アサルトエイプ。
フォレストベア。
その他の魔物。
それらを確認しながら、安全な道を選んで進んでいく。
「……今日は昨日より魔物が多いな。」
「昨日静かだった分かな?」
「かもしれない。」
二人は慎重に歩みを進める。
途中、小規模なアサルトエイプの群れと遭遇したが、《天眼》によって位置を完全に把握していたため、不意打ちを受けることなく短時間で討伐した。
さらにフォレストベアとも一度だけ交戦したが、《前方城壁》で攻撃を受け止め、恵が眼部を貫き、最後は蓮の一撃で仕留める。
戦闘を終えても、二人に大きな疲労は見られなかった。
「だいぶ慣れてきたね。」
「ああ。でも油断だけはしない。」
蓮はそう言いながら《天眼》を維持し続ける。
その時だった。
「……!」
蓮の足が止まる。
「蓮?」
恵もすぐに異変へ気付く。
蓮の表情が一気に険しくなっていた。
「反応がある。」
「え?」
「一キロちょうど……。」
蓮は森のさらに奥を見つめる。
「かなり大きい。」
恵の表情も引き締まる。
「前に感じた魔物?」
蓮は静かに首を横へ振る。
「違う。」
「前の奴じゃない。」
「魔力の質が違う。」
《天眼》へ映る反応。
巨大。
それでいて異様なほど速い。
魔力の塊が止まらない。
木々の間を滑るように移動し続けている。
「速い……。」
蓮が思わず呟く。
今まで見てきたどの魔物とも違う。
フォレストベアとは比較にならない。
アサルトエイプよりも速い。
しかも。
一直線ではない。
森全体を利用しながら、不規則に動いている。
蓮は反応へ意識を集中させる。
距離は約910メートル。
その瞬間。
《天眼》へ映る魔力反応が止まった。
「止まった……?」
蓮が息を呑む。
約900メートル先。
反応が完全に静止している。
森は静まり返る。
風も止んだ。
鳥の鳴き声も聞こえない。
不気味な沈黙。
「蓮……。」
「動かない。」
「……。」
数秒。
いや、十秒ほどだっただろうか。
突然。
反応が動いた。
「!!速い!」
蓮の声が変わる。
800...700...
一瞬で距離が縮む。
「こっちに来てる!」
「そんな!」
恵も剣を抜く。
反応は止まらない。
滑るように。
木々を縫うように。
信じられない速度で一直線に接近してくる。
600...500..400...
「速すぎる!」
300...200...
「蓮!」
「分かってる!」
蓮は《魔法盾》を構えながら叫ぶ。
「恵!救難信号!!《盾神の守護》」
「うん!」
150...70...
《天眼》にははっきりと姿が映る。
全長八メートル。
漆黒の鱗。
巨大な翼を広げながら音もなく木々の間を滑空する細身の飛竜。
暗闇そのものが形を持ったような姿。
そして...翠色の双眸。
その瞳が、真っ直ぐ蓮たちを捉えていた。
「来る!」
蓮が叫ぶ。
距離50メートル。
飛竜が翼をたたみ、一気に地面すれすれまで高度を落とす。
黒い影が、森の木々を縫うように一直線に迫る。
ズァァァァァッ――!!
地面を抉りながら、漆黒の飛竜が二人の目前へ飛び込んできた。
蓮は《天眼》で解析する。
頭の中へ文字が浮かび上がる。
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《迅影竜 イヴガルム》
推定レート:S+
分類:飛竜種
特徴:夜行性。黒い鱗は光を吸収し、暗闇へ溶け込む。飛翔能力は持たないが、巨大な翼による滑空で静かに高速移動する。優れた夜視能力を持ち、暗闇でも獲物を正確に捉える。尾は鋼鉄の鞭のようなしなやかさと破壊力を兼ね備える。爪は巨木すら容易く切断する。極めて俊敏。
弱点:目、胸部
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「グルルルル……」
「これが……S+レート。」
恵が息を呑む。
今まで戦ってきたAレートとは存在感そのものが違う。
魔力だけで肌が粟立つ。
「恵。」
「うん。」
蓮は盾を構えたまま静かに言う。
「まず生き残る。救援が来るまで時間を稼ぐ。」
「了解。」
恵も迷いなく頷いた。
その瞬間だった。
ブォンッ!!
イヴガルムの姿が消えた。
《天眼》が警告を発する。
蓮は反射的に《魔法盾》を右へ向けた。
ガギィィィィン!!
鋭い爪が黄金の盾へ激突する。
凄まじい衝撃。
蓮の身体が数メートル後方へ押し込まれる。
「ぐっ……!!」
足元の地面が一直線に抉れた。
しかし《魔法盾》は傷一つ付いていない。
「速い……!」
恵が目を見開く。
《天眼》がなければ反応できたかどうか。
だがイヴガルムは止まらない。
着地した瞬間、再び木を蹴る。
ズァァァッ!!
今度は頭上。
「上!」
恵が叫ぶ。
巨大な尾が空中から鞭のように振り下ろされた。
「《前方城壁》!!」
ゴォォォォン!!
黄金の城壁が二人の前へ出現する。
直後。
バァァァァン!!
尾が城壁へ直撃した。
爆発のような衝撃。
周囲の巨木が何本も大きく揺れる。
大量の葉が吹き飛び、森が大きく揺れた。
しかし。
黄金の城壁は微動だにしない。
傷一つなく、その一撃を完全に受け止めていた。
「ギュル……?」
初めてイヴガルムの表情が変わる。
理解できないというように城壁を見つめる。
その隙を蓮は見逃さない。
「今だ!」
地面を蹴る。
《魔力付与》で身体能力を強化し、一気に懐へ飛び込む。
「はあぁぁぁっ!!」
黄金色の剣が胸部へ向かって振り抜かれる。
ギィィィン!!
「っ!?」
甲高い金属音。
剣は確かに命中した。
だが、漆黒の鱗が斬撃を受け止めていた。
浅い。
わずかに皮膚を裂いただけ。
「硬い!」
蓮は即座に距離を取る。
その瞬間、イヴガルムの尾が横薙ぎに振るわれた。
ブォォォン!!
空気が裂ける。
「蓮!!」
「《魔法盾》!」
黄金の盾が尾を受け止める。
ドゴォォォン!!
再び凄まじい衝撃。
蓮は十メートル近く吹き飛ばされながらも踏み止まる。
腕が痺れる。
《魔法盾》がなければ、今ので身体ごと吹き飛ばされていた。
「大丈夫!?」
「ああ!」
返事をした瞬間。
《天眼》が危険を告げる。
イヴガルムはすでに背後へ回り込んでいた。
「速っ……!」
恵が飛び出す。
「《剣魔共鳴》!!」
紅蓮の炎を纏ったレイピアが翠色の眼を狙う。
だが。
イヴガルムは首をわずかに傾けただけで刺突を回避した。
「なっ!?」
避けられた。
炎の軌跡だけが空を切る。
次の瞬間。
鋭い前脚が恵へ迫る。
「危ない!」
蓮は《魔法盾》を展開しながら間に入ろうとする。しかし、
ガァァァァン!!
爪が恵に付与されていた《盾神の守護》へ当たる。
直後、恵は15メートル程吹き飛ばさ巨木に直撃。
「恵!!」
《盾神の守護》のお陰で外傷は無いが気を失っている
「くそっ…!」
イヴガルムは一瞬も留まらず、木を蹴って宙へ跳び上がる。
巨木の幹を足場にしながら、音もなく滑空する。
まるで森全体を自分の庭のように使っていた。
「動きが読めない……!」
蓮が悔しそうに呟く。
「いや…」
蓮は静かに息を整える。
「《天眼》で位置は追えてる。」
「問題は……」
翠色の魔力反応が高速で木々の間を駆け巡る。
速すぎる。
それでも見失わない。
しかし。
「攻撃に移る隙がない。」
視界ではなく、《天眼》だけを頼りにイヴガルムの動きを追い続ける。
森の奥では、救難信号の魔道具が放つ赤い光が空高く昇っていた。
だが、その救援が到着するまでには、まだ時間がかかる。
その間、この圧倒的なS+レートの飛竜を相手に、生き延びなければならなかった。
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