精霊魔法
前回のおさらい
森林地帯の探索に向かう。
数日後。
森林地帯での探索にも少しずつ慣れ始めた蓮と恵は、これまでと同じように無理をせず、探索範囲を少しずつ広げていた。
《天眼》による索敵。
危険な魔物を避けながら、戦える相手だけを選んで討伐する。
その積み重ねによって、森林地帯でも着実に経験を積み重ねていく。
アサルトエイプとの戦闘も今では珍しくなくなり、木々を利用した立体的な戦いにも対応できるようになっていた。
それでも。
あの巨大な魔力だけは、未だ一度も姿を見せない。
「あれ以来、本当にいないね。」
帰還途中、恵がぽつりと呟く。
「ああ。」
蓮も森の奥へ視線を向ける。
「あれだけの魔力なら、《天眼》の範囲に入ればすぐ分かる。」
「なのに一度も反応しない。」
森のどこかへ移動したのか。
それとも、さらに深部へ向かったのか。
答えは分からない。
だからこそ、二人は決して油断しなかった。
やがて森を抜け、見慣れた東部草原へ出る。
夕日に染まった草原を横切り、そのまま第一居住区へ戻っていった。
◇◇◇
翌朝。
第一居住区の協会本部は朝から慌ただしかった。
探索へ向かう者。
帰還報告を提出する者。
新たに第五ゲヘナへ配属された探索者の受付も行われている。
「今日は人が多いね。」
恵が周囲を見渡す。
「ああ。」
蓮も受付前に集まる探索者たちへ目を向けた。
その時だった。
「第三ゲヘナから異動です。」
透き通るような声が聞こえた。
自然と視線を向ける。
受付の前に、一人の少女が立っていた。
年齢は十八歳ほど。
腰まで伸びた淡い栗色の髪。
澄んだ青い瞳。
どこか柔らかな雰囲気を纏っている。
探索者用のローブを羽織り、腰には短剣。
その背中には細身の魔法杖が一本だけ背負われていた。
「第四ゲヘナ所属、Bレート探索者。」
「皐月雛乃です。」
受付職員が書類を確認する。
「確認しました。」
「本日より第五ゲヘナ第一居住区へ配属となります。」
その言葉に周囲の探索者たちが少しざわついた。
「十八歳でBレート?」
「珍しいな。」
第五ゲヘナへ来る若い探索者は少ない。
まして高校生ともなれば、蓮たち以来だった。
雛乃は少しだけ緊張した表情で周囲を見回す。
知らない土地。
知らない探索者。
当然、不安もあるのだろう。
その様子を見た恵が小さく笑う。
「なんだか、私たちが来た時を思い出すね。」
「そうだな。」
蓮も頷いた。
その時だった。
受付職員が困ったような顔になる。
「申し訳ありません。」
「本来であれば、本日は先輩探索者による案内を予定していたのですが……。」
職員は周囲を見渡す。
救援依頼や通常探索で手の空いている探索者がほとんどいない。
「案内役が……。」
困り果てた様子だった。
すると桐生が奥から歩いてきた。
「どうした?」
事情を聞くと、腕を組む。
「今日は俺もこれから出る。」
「《黒狼》も全員探索予定だ。」
「他の連中も無理だろうな。」
職員は申し訳なさそうに頭を下げた。
「どうしましょう……。」
その時。
蓮が静かに口を開いた。
「俺たちで良ければ案内します。」
「え?」
職員が目を丸くする。
恵も笑顔で頷いた。
「私たちも来たばかりですけど、最低限のことなら教えられます。」
「それに……。」
恵は雛乃へ笑い掛けた。
「一人だと不安だよね。」
雛乃は驚いたように二人を見た。
「あ……ありがとうございます。」
「でも、ご迷惑じゃ……。」
「気にしなくていいよ。」
蓮は穏やかに笑った。
「今日は探索に出ないし予定もないから。」
雛乃は何度も頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
◇◇◇
こうして三人は第一居住区を歩き始めた。
「ここが探索者協会。」
蓮が建物を指差す。
「討伐報告や素材の換金、依頼の受付は全部ここ。」
雛乃は真剣に聴きながら頷く。
「なるほど……。ほとんど毎日来る場所なんですね。」
「ああ。」
続いて武具街へ向かう。
両脇には武器屋や防具店が立ち並び、多くの探索者が装備を見比べている。
「すごい……。」
雛乃は思わず足を止めた。
「こんなにお店があるんですね。」
恵が笑う。
「私も初めて来た時は驚いたよ。」
「第五ゲヘナは素材も多いから、装備の種類もすごく多いんだ。」
さらに保存食専門店。
魔道具店。
薬品店。
宿泊施設。
長期間探索する探索者のために必要な店が一通り揃っていた。
「ここが白銀亭。」
恵が宿を紹介する。
「私たちもここに泊まってるよ。」
「宿も今は空いてると思うから、おすすめ。」
雛乃は嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。」
「どこへ泊まろうか迷っていたので助かります。」
その後も食堂や共同浴場、訓練場などを案内していく。
歩きながら自然と会話も増えていった。
「皐月さんは第四ゲヘナでは何を?」
恵が尋ねる。
「精霊魔法を使って後衛を担当していました。」
「火、水、風、土の四属性を扱えます。」
「四属性!?」
恵が目を丸くする。
「すごい……。」
雛乃は照れたように笑った。
「でも、一つ一つはそこまで強くないんです。」
「組み合わせる戦い方が得意で。」
蓮も少し興味を持つ。
「精霊魔法は珍しいな…ここに来るまで見た事が無かった。」
「はい。第四でも少なかったです。」
そのまま三人は大通りへ戻ってくる。
一通り案内を終える頃には、雛乃の表情から最初の緊張はほとんど消えていた。
「本当にありがとうございました。」
雛乃は深く頭を下げる。
「おかげで安心しました。」
「気を付けてね。」
恵が笑顔で答える。
「第五ゲヘナは本当に危ないから。」
「はい!」
雛乃は力強く頷いた。
「私も早く第五ゲヘナで通用する探索者になれるよう頑張ります!」
そう言って協会の方へ歩いていく雛乃の背中を見送りながら、恵が小さく笑う。
「真面目そうな子だったね。」
「ああ。」
蓮も静かに頷く。
「努力家だと思う。」
「精霊魔法も珍しい能力だったし。」
「また会うことあるかな?」
「ここなら、そのうちあるだろう。」
その時の二人はまだ知らなかった。
この偶然の出会いが、やがて何度も命を預け合う仲間との最初の一歩になることを。
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