森林地帯
前回のおさらい
オークションを見学したが価格が凄すぎて驚く二人。
翌朝。
第一居住区はいつもと変わらず、夜明け前から活気に満ちていた。
白銀亭で朝食を済ませた蓮と恵は、静かに装備を整えていた。
「今日は、いよいよだね。」
恵がレイピアを腰へ差しながら呟く。
「ああ。」
蓮は地図を畳み、背負い袋へしまう。
「今日から森林地帯へ入る。」
これまでは東部草原を中心に探索を続けてきた。
十分な資金も手に入り、戦闘経験も積んだ。
今なら、一歩先へ進める。
そんな確信が二人にはあった。
◇◇◇
巨大な城門を抜けると、朝露に濡れた草原が広がっていた。
見慣れた景色だ。
グラスウルフの群れも、ホーンディアの縄張りも、今では《天眼》で位置を把握しながら避けて進める。
蓮は違和感を感じる。
半径一キロ。
さらに直線方向へ二キロ。
無数の魔力反応が脳裏へ浮かび上がる。
草陰で眠るグラスウルフ。
遠くで草を食むホーンディア。
空を飛ぶ鳥型魔物。
そして…
「……。」
蓮は小さく眉をひそめた。
「どうしたの?」
恵が尋ねる。
「いない。」
「え?」
「あの巨大な魔力を持つ魔物。」
以前《天眼》で捉えた一際大きな魔力を持つ魔物。
あれほど圧倒的だった魔力反応が、完全に消えていた。
「移動した……?」
蓮は何度も探知範囲を変える。
東西南北。
しかし、どこにも見当たらない。
「少なくとも、この周辺にはいない。」
恵は少し安心したように息を吐く。
「良かった……。」
だが蓮は首を横へ振った。
「いや。いなくなった理由が分からない。」
巨大な魔物が縄張りを変えたのか。
それとも、さらに奥へ向かったのか。
あるいは……。
「考えても分からないか。」
蓮は苦笑し、剣へ手を添えた。
「予定通り行こう。」
「うん。」
二人は草原を抜け、森林地帯へ向かって歩き始めた。
◇◇◇
十分ほど歩くと、景色が大きく変わり始める。
背丈ほどあった草は次第に減り、代わりに巨大な木々が視界を埋め尽くした。
一本一本が見上げるほど高い。
枝葉が幾重にも重なり、昼間だというのに森の中は薄暗かった。
風が吹くたび、葉擦れの音が響く。
「雰囲気が全然違うね……。」
恵が辺りを見回す。
草原では遠くまで見渡せた景色も、ここでは十数メートル先さえ木々に遮られている。
「視界が悪い。」
蓮も周囲を見渡した。
《天眼》があるから把握できる。
だが、それでも森という地形は厄介だった。
「慎重に行こう。」
「うん。」
二人は一歩ずつ奥へ進む。
森には独特の匂いが漂っていた。
湿った土、苔、樹液。
「止まって。」
蓮が右手を上げる。
「前方30メートル。」
「四体。」
「木の上だ。」
恵は思わず頭上を見上げる。
しかし、鬱蒼と茂る枝葉に遮られ、その姿は見えない。
「《天眼》がなかったら気付けなかったね。」
「ああ。」
蓮は静かに《天眼》のもう1つの能力を使う。
ーーーーーーーーーー
《アサルトエイプ》
推定レート:A
特徴:森林地帯に生息する大型猿型魔物。
高い知能を持ち、連携して獲物を狩る。
腕力は非常に強く、樹木を自在に飛び移りながら奇襲を仕掛ける。
岩や倒木を投げつける攻撃を得意とする。
弱点:胸部、首、眼部。
素材:魔石のみ。
ーーーーーーーーーー
「猿型か……。」
恵がレイピアを構える。
「知能が高いなら、不意打ちが来るね。」
「もう来る。」
蓮が呟いた、その瞬間だった。
「ギャアァァァッ!!」
頭上から黒い影が四つ同時に飛び降りる。
二メートル程の体。
全身は褐色の剛毛に覆われ、両腕は異常なほど太い。
着地と同時に地面が軽く揺れた。
さらに一体が近くの大岩を軽々と持ち上げ、投げる。
「《前方城壁》!」
ゴォォォン!!
黄金の城壁へ巨大な岩が激突する。
轟音が森へ響く。
しかし、《前方城壁》には傷一つ付かない。
砕けたのは岩の方だった。
「腕力すご……。」
恵が思わず呟く。
「行く!」
蓮が地面を蹴る。
一体の拳が唸りを上げる。
普通の探索者なら盾を両手で構えやっと止まる威力。
「《反射》」
ガァァン!!
《魔法盾》が拳を完全に跳ね除ける。
勢いを失い体制を崩したアサルトエイプの懐へ潜り込み、
《魔力付与》。
黄金色の剣が胸元を斬り裂いた。
「ギャァァッ!!」
同時に恵も動く。
木を蹴り、枝へ飛び移る。
「そこっ!」
《剣魔共鳴》。
炎を纏ったレイピアが枝の上へいた一体の首元を貫く。
「ギィィッ!!」
アサルトエイプは木から落下し、そのまま動かなくなった。
残る二体は知能の高さゆえか、すぐに距離を取る。
一体は木の陰へ。
もう一体は枝を飛び移りながら背後へ回ろうとする。
「後ろ!」
「分かってる。」
《天眼》によって位置は全て把握済みだった。
蓮は振り返ることなく剣を振るう。
ズバァッ!!
飛び掛かってきたアサルトエイプが空中で斬り裂かれる。
最後の一体は一瞬だけ動きを止めた。
仲間が一方的に倒される光景を見て、本能的に危険を察したのだ。
「逃げる!」
恵が叫ぶ。
アサルトエイプは木々を蹴って森の奥へ逃走を始める。
しかし、
「逃がさない。」
蓮は地面を蹴った。
《魔力付与》で身体に魔力を纏う事によって一気に距離を詰める。
最後は以後からの一閃。
アサルトエイプはその場へ崩れ落ちた。
静寂が戻る。
「しっかり連携してくるね。」
恵が周囲を見回す。
「ああ。」
蓮は倒れた魔物を見つめる。
「草原の魔物より知能が高い。」
「森林地帯は、ちょっと面倒だな…。」
二人は魔石を回収すると、さらに森の奥へと歩みを進めた。
◇◇◇
さらに奥へ進むにつれ、森はますます深くなっていく。
木々はさらに太くなり、幹の直径だけで三メートルを超えるものまで現れ始めた。
空はほとんど見えない。
昼だというのに夜ような暗さだ。
その時だった。
「……蓮。」
恵が小さな声を漏らす。
「見て。」
視線の先。
巨大な木の幹には、深々と爪痕が刻まれていた。
一本一本が人の腕ほどの太さ。
高さは地上五メートル近くまで続いている。
蓮も静かに近付き蓮は周囲を見渡した。
「ホーンディアじゃない。」
「あんな爪はないよね。」
「ああ。」
森の奥から、微かに鳥の鳴き声が響く。
だが、それ以外は異様なほど静かだった。
「あの魔物かな…?」
《天眼》を最大範囲まで広げる。
無数の魔力反応。
しかし、それらは全て小型から中型。
あの時感じたような、圧倒的な魔力はどこにも存在しない。
「今日はここまでにしよう。」
蓮が静かに言った。
「初日から深入りする必要はない。」
恵もすぐに頷く。
「うん。」
二人は来た道を引き返し始める。
だが、その背後。
《天眼》が届かない森のさらに奥深くで。
巨大な木々の間から、赤眼の瞳が静かに開かれた。
ズシン……。
大地が、ごく僅かに震える。
だが、その振動は遠すぎて二人には届かない。
深い森の闇の中で、何かがゆっくりと身を起こしていた。
第五ゲヘナ森林地帯。
その脅威は、まだ誰にも姿を見せてはいなかった。
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