話題の二人#2
前回のおさらい
居住区に帰ってきた二人は瞬く間に有名になり始める。
翌朝。
夜明け前にもかかわらず、鍛冶場からは金槌の音が響き、補給部隊の大型車両が城門へ向かって走っていく。
白銀亭の食堂でも、多くの探索者が朝食を取りながら今日の予定を確認していた。
「昨日の話、もう広まってるね。」
恵が小さく苦笑する。
周囲の席から聞こえてくる会話は、どれも同じ内容だった。
「あの高校生らしいぞ。」
「救援部隊より早く着いて魔物を片付けたって。」
「《黒狼》の桐生さんが認めたらしい。」
「《探知》の熟練度最大なんだとか。」
蓮はパンを口へ運びながら苦笑した。
「情報が回るの早いな。」
「最前線だからじゃない?」
恵が牛乳を飲みながら答える。
「強い探索者の情報って、そのまま生存率にも関わるんだと思う。」
「確かに。」
第五ゲヘナでは、誰がどんな能力を持っているかは重要な情報だ。
協力する時もあれば、救援を求める時もある。
だから実力者の情報は自然と広まっていく。
食事を終え、二人は装備を整える。
「今日はどうする?」
恵が剣を腰へ差しながら尋ねた。
蓮は地図を広げる。
「昨日は東部草原の入口だけ。」
「今日はもう少し奥まで行こうと思う。」
「でも、森林にはまだ入らない。」
恵も頷く。
「蓮が感じた大きな魔力も気になるしね。」
「ああ。」
二キロ先で感じた巨大な存在。
《天眼》で見た、例の魔物。
あれを思い出すだけで自然と気が引き締まる。
「今の俺たちじゃ勝てるかどうかわからない。」
蓮は迷いなくそう言った。
「逃げる判断も必要だ。」
「うん。」
恵も異論はなかった。
◇◇◇
二人が宿を出ると、昨日以上に視線を感じた。
「あ。」
「あの二人じゃないか?」
「《絆》だ。」
通りを歩く探索者たちが、ちらりと二人を見る。
敵意ではない。
純粋な興味と、少しの驚き。
昨日までほとんど知られていなかった高校生パーティーが、一日で有名になってしまったのだ。
「少し歩きづらいね。」
恵が苦笑する。
「慣れるしかないかな。」
蓮も苦笑いを浮かべる。
その時だった。
「おーい!」
後ろから聞き覚えのある声が飛んできた。
振り返ると、桐生が大きく手を振っていた。
「おはようございます。」
「よう。」
桐生は二人の前まで来ると笑う。
「昨日はありがとな。」
「助けてもらった連中が改めて礼を言いたいらしい。」
その後ろには、昨日救助した三人組が立っていた。
年齢は二十代後半くらいだろうか。
全員が深々と頭を下げる。
「昨日は本当にありがとうございました。」
肩を負傷していた男性が真っ先に口を開く。
「あのままだったら、俺たちは間違いなく全滅してました。」
「礼を言うのが遅くなってすみません。」
蓮は慌てて首を振る。
「そんな。」
「無事だったなら、それで十分です。」
しかし三人は頭を上げない。
「借りは必ず返します。」
恵は困ったように笑う。
「借りなんて気にしないでください。」
「困った時は、お互い様です。」
その言葉に三人はようやく顔を上げた。
「……高校生とは思えねぇな。」
一人が苦笑する。
「俺らよりずっと大人だ。」
桐生も豪快に笑った。
「だろ?」
周囲で話を聞いていた探索者たちからも、小さな笑い声が漏れる。
少しずつだが、二人は第五ゲヘナの探索者たちへ受け入れられ始めていた。
◇◇◇
その時。
協会本部の方から一人の職員が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「神代さん!一条さん!」
「はい?」
「黒崎管理官がお呼びです。」
「今ですか?」
「はい。」
二人は顔を見合わせた。
桐生も腕を組む。
「何かあったか?」
「分かりません。」
職員も首を横へ振る。
「ただ、『戻ったらすぐ連れてきてくれ』と。」
蓮は頷いた。
「分かりました。」
二人はそのまま協会本部へ向かう。
◇◇◇
管理官室。
扉をノックすると、中から落ち着いた声が返ってきた。
「入れ。」
部屋へ入ると、黒崎が机の前に立っていた。
「昨日はご苦労だった。」
「ありがとうございます。」
「報告は全て受けた。」
黒崎は机の上へ置かれた報告書を軽く叩く。
「救援対象の全員を無事救出。」
「魔物四十体以上を討伐。」
「負傷なし。」
黒崎は小さく息を吐いた。
「正直、ここまでとは思わなかった。」
恵が少し照れたように笑う。
「運も良かったので。」
「運だけでは説明できん。」
黒崎は二人を真っ直ぐ見た。
「そして神代。」
「はい。」
「《探知》の熟練度が最大という話は本当か?」
蓮は少しだけ迷った。
《天眼》のことまでは話すつもりはない。
「……はい。」
「この前、熟練度が最大になりました。」
黒崎は腕を組み、静かに頷く。
「そうか。」
「なら、お前の能力は第五ゲヘナでも極めて貴重だ。」
部屋の空気が少しだけ張り詰める。
「今後、お前たちには通常探索だけでなく、未踏区域の調査任務も視野に入れてもらう。」
「もちろん、すぐではない。」
「実力が十分だと判断してからだ。」
未踏区域。
その言葉に、蓮と恵の表情が引き締まる。
日本の探索者ですら、まだ踏み込めていない未知の世界。
そこへ挑む資格を得られるかもしれない。
黒崎は静かに微笑んだ。
「焦る必要はない。」
「はい!」
二人は力強く返事をした。
黒崎は満足そうに頷く。
「今日は自由行動だ。」
「好きに探索してこい。」
「ただし」
黒崎の表情が少しだけ厳しくなる。
「決して、自分たちの限界を見誤るな。」
「第五ゲヘナでは、一度の判断ミスが命取りになる。」
「肝に銘じます。」
部屋を出た蓮は、小さく息を吐いた。
「未踏区域か……。」
恵も空を見上げる。
「まだ先だけど。いつか行くことになるんだろうね。」
「ああ。」
蓮は城壁へ視線を向けた。
草原の先。
深い森。
険しい山脈。
そして、そのさらに奥に広がる日本の探索者がまだ誰も踏み入れたことのない未知の世界。
二人の挑戦は、まだ始まったばかりだった。
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