ベテラン
前回のおさらい
パークが統合され《天眼》に。
一時間ほど歩き続けると、第一居住区を囲む巨大な城壁が見えてきた。
「戻ってきたね。」
恵がほっと息をつく。
城門前では帰還した探索者たちが次々と受付を済ませていた。
「探索お疲れ様です。」
職員が声を掛ける。
「本日の活動記録をお願いします。」
蓮は簡単な報告書へ記入する。
『東部草原地帯』
『グラスウルフ二十四体討伐』
『ホーンディア四体討伐』
《天眼》については書かなかった。
新たなパークへの進化。
しかも《探知》と《解析》が統合された能力。
職員は報告書を受け取り頷く。
「初日としては十分な成果です。」
「今日はゆっくり休んでください。」
二人はそのまま居住区へ入った。
◇◇◇
宿へ戻る途中。
通りは昼間とは違う賑わいを見せていた。
酒場からは豪快な笑い声。
食堂には探索帰りの探索者たちが並び、今日の戦果を語り合っている。
「あそこで飛竜に襲われてさ!」
「北の雪原は吹雪で最悪だった!」
「また明日も依頼だ……。」
第五ゲヘナでは、それが日常なのだ。
命懸けで戦い、生きて帰り、食事をして眠る。
そして翌日もまた外へ出る。
蓮はその空気を静かに眺めていた。
「名古屋とは全然違うね。」
恵も同じことを感じていたらしい。
「あっちでは探索者って特別な存在だった。」
「でもここじゃ、それが当たり前なんだ。」
「ああ。」
誰も特別扱いされない。
Aレートであっても、第五ゲヘナでは数多くいる探索者の一人に過ぎない。
だからこそ、自分たちはもっと強くならなければならない。
宿へ戻ると、受付の女性が笑顔で迎えてくれた。
「おかえり。」
「初日はどうだったい?」
「思っていた以上でした。」
蓮が苦笑すると、女性は豪快に笑った。
「みんな最初はそう言うんだよ。」
「第五ゲヘナは甘くないからね。」
夕食を済ませ、二人は部屋へ戻る。
窓の外には居住区の灯りが広がっていた。
◇◇◇
翌朝。
朝食を終えた蓮と恵は、再び第一居住区の大通りを歩いていた。
今日は昨日よりも人通りが多い。
探索へ向かう者。
依頼を探す者。
武器の手入れをする者。
街全体が活気に満ちていた。
「今日は昨日より賑やかだね。」
そんな話をしながら歩いていると、不意に前方から三人組の探索者が近付いてきた。
全員三十代ほど。
全身には幾つもの傷跡が残り、使い込まれた装備から長年第五ゲヘナで戦ってきたことが一目で分かる。
その中の男が、二人の前で立ち止まった。
「おい。」
蓮も足を止める。
「お前ら、探索者か?」
「……はい。」
男は鼻で笑った。
「噂になってるぞ。」
「愛知から来た高校生のAレートだってな。」
後ろの男も肩をすくめる。
「最近の協会も思い切ったことするよな。」
「ガキを第五へ送り込むなんて。」
恵が少し眉をひそめた。
「私たちは協会の正式な任務で来ています。」
「へぇ?」
男は一歩近付く。
「Aレートって言っても、地方のAレートだろ?」
「ここは東京だ。第五ゲヘナは遊び場じゃねぇ。」
周囲の探索者たちも何事かと視線を向け始める。
蓮は落ち着いたまま答えた。
「分かっています。だから昨日も無理はせず、周辺調査だけで戻りました。」
「……。」
その冷静な態度が気に入らなかったのか、大柄な男はさらに詰め寄った。
「本当に分かってるなら、今すぐ愛知へ帰れ。第五は実力だけじゃ生き残れねぇ、何人も死ぬところを見てきた。」
その言葉には怒りよりも、長年最前線で戦ってきた者だけが持つ重みがあった。
蓮は真っ直ぐ男を見る。
「心配してくれているんですね。」
「……は?」
予想外の返答だった。
「ありがとうございます…でも。」
蓮は静かに続ける。
「俺たちも覚悟を決めてここへ来ました。簡単に帰るつもりはありません。」
男は黙ったまま蓮を見つめる。
そこへ、今まで黙っていた細身の探索者が口を開いた。
「リーダー。こいつ。」
「昨日の帰還報告に載ってた奴らじゃないか?」
「……何?」
「東部草原でホーンディア四討伐。」
「しかも二人だけで。」
大柄な男が眉をひそめる。
「本当か?」
「報告書に載ってた。」
「俺も見た。」
もう一人の探索者も頷いた。
「普通の若手じゃ無理だ。」
男は少しだけ表情を変えた。
改めて二人を見る。
若い、どう見ても高校生。
しかし、その立ち姿には無駄な力みがない。
本当に死線を越えてきた者だけが持つ空気があった。
「……悪かったな。」
男は頭をかいた。
「少し言い過ぎた。」
「いや。」
蓮は小さく笑う。
「第五ゲヘナのことを教えてもらえたので。」
その返答に男は思わず吹き出した。
「変わった奴だな、お前。」
「俺は桐生。」
「パーティー《黒狼》のリーダーだ。」
蓮も軽く頭を下げる。
「神代です。」
「一条です。」
桐生は二人を見ながら言う。
「忠告しとく。第五ゲヘナじゃ、強い奴ほど慎重だ。自分を過信した奴から先に死ぬ。その姿勢だけは忘れるなよ。」
「はい。」
「ありがとうございます。」
桐生たちはそのまま城門へ向かって歩いていった。
その背中を見送りながら、恵が小さく笑う。
「最初は絡まれたと思ったけど……。本当は心配してくれてたんだね。」
「ああ。」
蓮も頷く。
「第五ゲヘナで何人も仲間を失ってきたんだろう。だから俺たちにも同じ思いをしてほしくないんだ。」
東京の探索者たちは決して冷たいわけではない。
この過酷な最前線で生き抜いてきたからこそ、新しく来た探索者に厳しく接する。
それが第五ゲヘナの”歓迎”なのだと、二人は少しだけ理解した。
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