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開拓都市

前回のおさらい

東京につき東京支部で第五ゲヘナの説明を受ける。

漆黒の裂け目をくぐった瞬間。

ふわり、と身体が浮くような感覚が全身を包んだ。

次の瞬間には、(れん)(けい)は見知らぬ景色の中へ立っていた。

「……。」

「ここが……第五ゲヘナ。」

目の前に広がっていたのは、これまで潜ってきたゲヘナとはまるで違う光景だった。

高い石壁。

整備された石畳の道。

木造と鉄骨を組み合わせた建物が規則正しく並び、通りには数え切れないほどの探索者たちが行き交っている。

露店からは香ばしい肉を焼く匂いが漂い、武器屋では鍛冶師が金槌を振るう音が響く。

遠くでは補給部隊の大型車両が荷物を積み下ろしていた。

まるで一つの街だ。

「想像してたより……ずっと栄えてる。」

恵が驚いたように周囲を見回す。

黒崎(くろさき)が微笑んだ。

「ここは第五ゲヘナ第一居住区。」

「日本が二十年以上かけて築き上げた前線拠点だ。」

見上げるほど高い外壁の向こうには、巨大な監視塔が何本も建っている。

その塔の上では双眼鏡を構えた監視員が絶えず外を警戒していた。

「第五ゲヘナは広大だ。」

「だから探索者は外で野営するほか、この居住区を拠点に活動することが多い。」

「宿、食堂、病院、鍛冶工房、道具店、物資倉庫。探索に必要なものは大抵ここで揃う。」

蓮は思わず周囲を見渡した。

まるで異世界の開拓都市。

だが歩いている人々は皆、日本人だった。

第五ゲヘナという異世界の中に、日本が一つの街を築き上げていた。

「まずは宿を確保してくるといい。」

黒崎が一枚のカードを差し出す。

「長期任務用の滞在証だ。」

「提示すれば協会指定宿へ優先的に宿泊できる。」

蓮はカードを受け取る。

「ありがとうございます。」

「今日は探索へ出なくても構わない。環境に慣れることも重要な任務だ。」

そう言い残し、黒崎は協会施設の方へ戻っていった。


◇◇◇


「まず宿だね。」

「うん。」

二人は居住区の中心街へ向かう。

道幅は広く、荷車や補給車両が頻繁に行き交っていた。

建物の看板には、

『探索者宿・白銀亭』

『武具修理 鉄燕工房』

『ポーション専門店』

『日本探索者銀行』

など様々な店名が並んでいる。

「銀行まであるんだ……。」

恵が感心したように呟く。

「長期滞在する人も多いからな。」

蓮も資料では読んでいたが、実際に見ると想像以上だった。

数十分歩き、二人は協会指定宿『白銀亭』へ入る。

受付には五十代ほどの女性が座っていた。

「いらっしゃい。」

「宿泊かい?」

蓮は滞在証を差し出す。

「協会から来ました。」

女性はカードを確認すると目を丸くした。

「ああ、今日来るって聞いてた子たちか。」

「Aレートパーティーの《(ネクサス)》さんね。」

登録したばかりのパーティー名を呼ばれ、二人は少し照れ笑いを浮かべる。


「二人部屋でも構わないかい?一人部屋は埋まってしまっててねぇ…。」

恵は蓮を見た。

蓮も同じタイミングで視線を向ける。

「……二人部屋でお願いします。」

「はいよ。」

鍵を受け取り、荷物を置いて再び街へ出た。


◇◇◇


「少し歩いてみようか。」

「うん。」

居住区の大通りは昼過ぎにもかかわらず賑わっていた。

探索帰りと思われる一団が笑いながら酒場へ入り、逆にこれから出発する探索者たちは真剣な表情で装備を確認している。

愛知ではAレート探索者を見ること自体が珍しかった。

しかしここでは違う。

「……多いね。」

恵が小声で言う。

「ああ。」

蓮も同じことを感じていた。

すれ違う探索者たちから漂う魔力。

第四ゲヘナで戦ってきた強敵たちを相手にしても怯まないほどの実力者が、当たり前のように街を歩いている。

ここが、日本の最前線。

第五ゲヘナを支える開拓都市なのだ。

広場では協会職員が巨大な地図を掲示していた。

『東部森林地帯 調査隊募集』

『北方雪原 魔物討伐依頼』

『未踏区域探索 Aレート以上』

貼り出された依頼の多くは、これまで見てきたものとは比べ物にならない危険度だった。

恵は静かに息を吐く。

「本当に、ここから新しいスタートなんだね。」

蓮も頷く。

「愛知では第四ゲヘナまで攻略すれば終わりだった。でもここでは違う。」

彼は城壁の向こうへ視線を向けた。

その先には、本州ほどの広さを持つ未知の世界が広がっている。

まだ誰も足を踏み入れていない土地。

日本の探索者でさえ到達していない領域。

その全てが、二人を待っていた。


◇◇◇


城壁へ近づくにつれ、居住区の雰囲気は少しずつ変わっていった。

賑わう商店街とは違い、ここには緊張感が漂っている。

城門前には巨大な鉄製の門。

その両脇には重機関銃のような大型魔導兵器が据え付けられ、自衛部隊と探索者協会の警備隊が厳重な警戒を続けていた。

門の向こうには、どこまでも続く草原が見える。

日本は冬だというのに、一面の草は青々と茂り、遠くには深い森が黒く広がっていた。

「……これが第五ゲヘナ。」

恵が静かに呟く。

蓮も門の隙間からから外を見つめる。

風が吹き抜けるたび、草原が波のように揺れていた。

あまりにも穏やかな景色だった。

とても危険地帯とは思えない。

しかし…。

「見えるか?」

近くに立っていた年配の探索者が声を掛けてきた。

「あの岩山の近く。」

蓮は目を凝らす。

最初は何も見えなかった。

だが、《探知(ディテクション)》を発動した瞬間、表情が変わる。

「……!」

連の《探知》はLv.9。探知可能範囲は半径500メートルに拡大されている。

草原の至る所に、強大な魔力反応が点在していた。

一つや二つではない。

何十、何百という反応が、広大な大地へ溶け込むように存在している。

しかも、その一つ一つが第四ゲヘナ最深部の魔物に匹敵するほど濃密だった。

「気付いたか。」

年配の探索者は苦笑する。

「肉眼じゃ分かりずれぇ。だが、あいつらは確かにそこにいる。」

思わず息を呑んだ。

「だから城壁の外は安全じゃない。」

探索者は腕を組む。

「ここじゃ油断した奴から死ぬ。第五ゲヘナはそういう所だ、気をつけな。」

その重い言葉に、二人は静かに頷いた。

そこへ突然、城壁の見張り台から鐘が鳴り響く。

カン、カン、カン――。

「帰還部隊だ!」

門の外へ視線が集まる。

しばらくすると、草原の彼方から十数人ほどの探索者たちが姿を現した。

全員が傷だらけだった。

鎧は砕け、服は血で汚れ、肩を貸し合いながら歩いている者もいる。

担架で運ばれている探索者も少なくなかった。

医療班が慌ただしく駆け寄る。

「重傷者を優先!」

「回復術師、急げ!」

居住区全体が一瞬で慌ただしい空気に包まれた。

蓮は無言でその光景を見つめる。

愛知では第四ゲヘナまで攻略してきた。

自分たちは強くなった。

そう思っていた。

だが、この場所では、それでもなお、傷付き、命懸けで戦うAレート探索者たちが大勢いる。

ここは、日本の探索者たちが最前線で戦い続ける場所。

第五ゲヘナとは、そういう世界なのだ。

蓮は拳を静かに握り締めた。

「……もっと強くならないとな。」

その呟きに、恵も隣で小さく頷く。

「うん。一緒に。」

二人の視線の先には、広大な草原がどこまでも続いていた。

その果てには、まだ誰も知らない未知の世界が広がっている。

二人の本当の戦いは、これから始まろうとしていた。

誤字脱字等御座いましたら指摘お願いします!

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