魔物氾濫
今回長めです!(話をくぎりたくなかった為)
前回のおさらい
蓮と恵の過去を知る。そして夏休みが終わる。
翌朝。
長かった夏休みが終わり、新学期が始まった。
まだ暑さの残る朝日を浴びながら、蓮は制服へ袖を通す。
昨日の出来事が、何度も頭の中で繰り返されていた。
幼なじみ、交わした約束、忘れていた記憶。
「……本当に思い出したんだな。」
鏡に映る自分を見つめ、小さく呟く。
事故で失われたと思われる記憶。
それは完全に戻ったわけではない。
それでも、一条と過ごした幼い日々だけは、不思議なくらい鮮明に思い出せるようになっていた。
砂場で泥だらけになって遊んだこと。
秘密基地を作ろうとして怒られたこと。
転んで泣く一条へ、自分が必死に絆創膏を貼ったこと。
そして夕焼けの公園で、小指を結んだ約束。
「一緒に探索者になる。」
蓮は自然と笑みを浮かべた。
その言葉と共に家を出る。
今日からまた、普通の高校生活が始まる。
◇◇◇
教室へ入ると、すでに多くの生徒が集まっていた。
「お、神代!」
翔太が大きく手を振る。
「夏休み終わったなぁ……。」
「終わっちゃったね。」
夏鈴も苦笑している。
「宿題ちゃんとやった?」
「ギリギリだけど。」
「絶対そうだと思った。」
三人で笑い合う。
そこへ。
「おはよう。」
優しい声が聞こえた。
振り向くと、一条が立っていた。
「恵、おはよう。」
蓮も笑顔で返す。
その瞬間、一条がほんの少しだけ照れくさそうに微笑む。
昨日までとは違う。
何かを隠している笑顔ではなく、どこか肩の荷が下りたような自然な表情だった。
二人だけが知る秘密。
それを共有したことで、距離が少しだけ縮まったような気がした。
「2人に何かあった?」
夏鈴が聞いてくる。
「いやなにも?」
夏鈴は興奮気味に言ってくる。
「呼び方変わってるじゃん!」
蓮は笑って誤魔化した。
◇◇◇
始業式が終わり、教室では夏休みの思い出話で盛り上がっていた。
旅行へ行った者。
部活動へ打ち込んだ者。
アルバイトを始めた者と様々だった。
蓮も「海へ行った」「夏祭りへ行った」「探索者活動をしてた。」とだけ話す。
もちろん、第三ゲヘナ第二層で特殊個体を討伐したことなど、誰にも話せるはずがない。
昼休み。
窓際でパンを食べながら校庭を眺めていると、恵が隣へ座った。
「ねぇ。」
「ん?」
「今日、放課後空いてる?」
「空いてるけど。」
「じゃあ、一緒に協会行こ?」
蓮は少し驚いた。
「探索?」
「うん。」
一条は笑う。
「約束したでしょ。」
“これからは一緒に探索者、続けよう。”
昨日交わした言葉だった。
「もちろん。」
蓮は頷いた。
「行こう。」
その返事を聞いて、恵はどこか嬉しそうだった。
◇◇◇
放課後。
制服から探索装備へ着替えた蓮と恵は、いつものように探索者協会を訪れていた。
「今日は第三ゲヘナ?」
恵が歩きながら尋ねる。
「そのつもり。」
蓮は頷く。
《魔力付与》を継承してから数日。
まだ一人で試す程度しか使えていない。
実戦でどこまで使えるのか確かめるためにも、第三ゲヘナへ潜るつもりだった。
受付前まで来た、その時だった。
「あの……神代蓮さんでお間違いありませんか?」
受付の女性職員が二人へ声を掛ける。
「はい。」
「協会長がお呼びです。」
「……協会長?」
蓮と恵は思わず顔を見合わせた。
探索者協会支部長。
この支部で最も立場の高い人物だ。
探索者が呼ばれることなど、まずない。
「何かあったんですか?」
蓮が尋ねると、職員は困ったように微笑んだ。
「詳しくは私から申し上げられません。こちらへお願いします。」
◇◇◇
案内されたのは、普段立ち入ることのない協会奥の区画だった。
重厚な扉の前で職員が立ち止まる。
コンコン。
「失礼します。神代さんと一条さんをお連れしました。」
「入ってもらってくれ。」
低い男性の声が返ってくる。
扉が開く。
中は応接室のような部屋だった。
革張りのソファ。
大きな机。
壁には日本地図と、各地のゲヘナ位置を示したモニターが設置されている。
部屋には二人の男性がいた。
一人は五十代ほど。
白髪交じりの短髪に鋭い眼光。
落ち着いた雰囲気を纏っている。
もう一人は育成課長。
「座ってくれ。」
蓮たちは促されるままソファへ腰掛ける。
白髪の男性が口を開いた。
「初めまして。」
「私がこの支部の協会長、相馬だ。」
蓮と一条も軽く自己紹介を返す。
協会長は机の上へ一枚の資料を置いた。
「単刀直入に聞こう。」
静かな声だった。
「第三ゲヘナ第二層に存在していた特殊個体ミノタウロス。」
「討伐したのは、君か?」
部屋が静まり返る。
蓮は数秒だけ考えた。
隠すこともできる。
だが。
協会長が直接聞いてくる以上、何らかの確証があるのだろう。
「……はい。」
静かに答えた。
「僕です。」
恵が驚いたように蓮を見る。
このことは恵にも話していなかった。
協会長は表情を変えない。
「やはりそうか。」
「驚かないんですか?」
蓮が尋ねる。
すると育成課長が苦笑した。
「正直、驚いています。」
「ですが、第二層から特殊個体の魔力反応が完全に消失しました。」
「さらに現場では、大量の戦闘痕が発見されています。」
協会長が続ける。
「そして決定的だったのは。」
机へ一枚の写真が置かれた。
そこには蓮が《前方城壁》を展開し破壊された後の魔力の痕跡が写っていた。
黄金色の魔力残滓。
「この魔力は君のものと一致した。」
蓮は思わず息を呑む。
(そこまで調べられるのか。)
「安心してくれ。」
協会長は静かに笑う。
「隠していた事を責めるためではない。むしろ礼を言いたい。第二層最大の脅威を排除した功績は非常に大きい。」
「……ありがとうございます。」
「確認したいことがある。」
協会長は視線を向ける。
「討伐証明となる物は持っているか?」
「はい。」
蓮は収納ポーチを開いた。
巨大な魔石。
そして巨大な一本角。
テーブルへ置いた瞬間、育成課長が目を見開く。
「これは……。」
協会長も無言で立ち上がる。
《解析》を使用したのだろう。
数秒後。
協会長の表情が変わっていた。
「間違いない。」
「特殊個体の魔石だ。」
育成課長が震える声で言う。
「それに、この角……。」
「特殊個体のミノタウロスの角。だな。」
協会長は深く息を吐いた。
「本当に倒したのか。」
部屋へ沈黙が流れる。
「……詳しく聞かせてもらえるか。」
蓮は戦闘の経緯を順番に説明した。
六人組探索者。
逃がすために時間を稼いだこと。
《刻の支配者》は伏せ、《探知》と《解析》、《魔法盾》を駆使して弱点を突いて倒した事を伝える。
協会長たちは真剣な表情で聞いていた。
そして。
「実は。」
蓮は続けた。
「ミノタウロスが守っていた場所がありました。」
「守っていた場所?」
「はい。」
蓮は遺跡について話し始める。
人工的な通路。
巨大な扉。
宝箱で手に入れた鍵。
石室。
祭壇。
そして。
視界が白く染まり、誰かの記憶を見たこと。
最後に能力継承結晶へ新たな力が宿ったことまで。
部屋が静まり返る。
「継承した能力は?」
協会長が静かに尋ねる。
蓮は少し迷った。
だが。
「《魔力付与》です。」
「間違いないのか?」
「はい。」
蓮は左手に剣を持ち魔力を流す。
ブゥン……
刀身へ淡い黄金色の光が宿った。
部屋の空気が変わる。
育成課長は信じられないという表情だった。
「2つ目のスキル…」
協会長は静かに話し始める。
「スキルを複数持つ探索者は世界に数人しか確認されていない、まあ秘匿している可能性もあるが…な」
数人しか居ないスキルの複数持ちになったのかと蓮が驚いていると。
ビーッ!!
館内へ警報が鳴り響いた。
今までとは明らかに違う。
けたたましい緊急警報。
部屋の大型モニターが自動で点灯する。
『緊急速報』
赤い文字が表示された。
女性職員の慌てた声がスピーカーから流れる。
『協会長! 至急、中央本部との回線を接続します!』
次の瞬間。
モニターへ映像が映る。
燃え上がる街。
崩壊したビル群。
逃げ惑う人々。
その間を、無数の魔物が埋め尽くしていた。
「これは……!」
恵が息を呑む。
画面の下へ字幕が表示される。
イギリス・ロンドン
現地から中継する女性キャスターが必死に叫んでいた。
『イギリス国内で確認されたゲヘナが、史上最大規模の《魔物氾濫》を発生!』
『複数の都市が陥落し、ロンドン中心部へ魔物が侵入しています!』
『現在、Sレート探索者を含む支援部隊が現地へ向かっていますが、制圧の目処は立っていません!』
映像が切り替わる。
空を飛ぶ竜種。
街を踏み潰す巨大な魔物。
戦う探索者たち。
次々と倒れていく人影。
まるで戦争だった。
育成課長が青ざめる。
「こんな規模のスタンピードは……。」
協会長も険しい表情のまま画面を見つめていた。
『イギリス政府は国家非常事態を宣言。』
『国外への救援要請を正式に発表しました。』
『このままではイギリス全土が魔物に占領される恐れがあります。』
部屋が静まり返る。
そして協会長は、ゆっくりと蓮へ視線を向ける。
「神代蓮。」
「君のスキル《魔法盾》《魔力付与》……。もしかすると、その力は世界の命運を左右することになるかもしれない。」
その言葉の重さを、蓮はまだ完全には理解できていなかった。
だが確かなことが一つだけあった。
この日を境に。
神代蓮は、一人の新人探索者ではいられなくなるのだった。
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